第55話・対寺商高校、その壱

 夏の甲子園予選、西東京大会、四回戦。

 寺之戸商業高校対平業高校。

 先攻、寺商先発、牧谷。

 後攻、平業先発、国光。


 ・菅原迅一side


「「「練馬じゃねぇのかよ!!!」」」

 監督含め、チーム全員が心の底から叫んでいた。

「完全に練馬対策しかしてなかった……」

「いや、別に牧谷エースが来てもおかしくないんだけどさ……」

「順序的に絶対練馬だと思うじゃん……」

「三回戦で牧谷は完投してたしな……」

「四回戦も続けてくんのかよ……」

 二年生の先輩達の、……付きザワザワは徐々に恒例となってきている。

 チームのほとんどの選手が思っていること全部言ってくれるので、ありがたい。


 牧谷大樹まきやだいき

 二年、寺商のエース。

 去年、海王にボッコボコにされた。

 寺商の投手不足で、準備も不十分に、夏の大会に登板したのだ。

(ビデオでは、海王が強すぎてあれだったけど……)

 良い投手だ。

 調子のムラが少なく、失投暴投もほとんど無い。

 鉄人のスタミナ。

 そして、スパイクカーブ。

 実際、海王打線はスパイクカーブを捉えきれていなかった。

 というより、他の球に狙いを絞っていたのだろう。

 対スパイクカーブの打率はそれほど高くなかった。

 それほどの武器なのだ。

「牧谷さん攻略の鍵は、このスパイクカーブでカウントを取らせないこと。強力な変化球とは言え、そう連続して投げられるもんでもない。狙い球絞って打っていくしかないな」

「そう考えると、鈴さんって凄いよな」

「あんなに変化球バンバン投げて、平気な顔してんだもんな」


「礼!!」

「「「シャァァァァス!!!」」」


『一回の表、寺之戸商業高校の攻撃は……』


「さて、立ち上がり重要です、っと……」

 今日はライト出場。

 京平の事だ、積極的に三振を狙うリードをしていくことになるはず。

 それでも、打たれる時は打たれるから、バックの俺達のミスは極力減らしていきたい。

 センター、ショート、セカンド、ファーストと、それぞれのポジションを見ながら立ち位置の調整をする。

 合宿での課題、一人一人の位置取り。

 全員がそれぞれ目視しながら、位置を変えていく。

(こうして見ると、外野の守備範囲って広いよなー)

 前に出れば、フェンス際を守れない。

 しかし後ろに下がれば、内野との間に空白が生まれ、ランナーを無駄に進ませてしまうことになる。

 ちょうど良いという位置が無い。

 特に、普段マウンド周辺の狭い範囲でのフィールディング感覚でいる俺は、他の選手に比べ、外野の守備範囲は広い方では無い。

 立ち位置は特に意識する必要がある。

(さて、京平は国光さんをどう組み立てるかね……)

 あの二人は、俺から見ても凄く良いバッテリーだ。

 若干、これが見たいが為に打撃練習頑張ったまである。

 注目の初球……。



 ・森本京平side


「国光さん。今日は変化球中心の組み合わせで行きましょう」

「変化球?」

「長く投げられれば、真っ直ぐ中心で温存して行くんですが、継投が決まっているので。少ない球数で引っ掛けて交代して、次の試合に疲労を残さないようにしたいんです」

「なるほどな。変化球を打たせて拾っていく感じか」

「はい。一打者に、一、二球が理想ですね」

「オーケー。しっかり合わせるよ」

「お願いします」

 俺は定位置キャッチャースボックスに座る。

 監督が言うには、国光さんは長く投げさせないらしい。

 そのオーダーに合わせるとしたら、なるべくゴロかフライにするのが最短だ。

 ランナーが出ても、俺が刺す。

(とは言え四回戦ともなれば、簡単にボール球は振ってくれないだろうし。なるべくゾーンに余裕をもって集めて、と)

 初球、フォークのサイン。

 国光さんが放る。

 コースも変化も完璧だと思った。

 が。


「ファースト!」

 内野を抜かれた。

(マジかよ……ッ!)

 フォークを初見で見切られた。

 国光さんの変化球は、それを武器にしている選手にはやや劣るものの、三種全てが必殺級の特徴を持っている。

 その内の一つを初見で叩いてきた、ということは。

(ヤッベー、勝負難しいぞ、これ)

 難しい球を、当たり前のように当ててくる打者ほど面倒なものは無い。

 考えてみれば、投手層の薄さから、だ。

 打撃に関しては、他のチームよりもノウハウが強い筈だ。

(なーんで気付かなかったよ、俺は)

 前言撤回、こいつは想像以上の長期戦になりそうだな……。


 二番打者。

 初球、二球目、共にインコース真っ直ぐ。

 三球目、インコースにフォーク。

 詰まらせることに成功し、サードフライに抑える。

 三番打者も、ファーストゴロ。

 そして。

『四番、ピッチャー、牧谷君』

 エース対決、開幕。


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