第54話・因縁

 四回戦当日、試合前。

 平業高校は、グラウンドに到着した。


「何か、騒がしくね?」

 バスから降りた時、妙に空気がざわついていた。

 そればかりか、何やら視線を感じる。

「平業だ……」

「あれが、霧城を倒したっていう」

「しかも一年バッテリーでだろ……?」

「まぐれじゃねーの?」

「分からねぇよ、もしかしたら千治も倒しちまうんじゃ?」

「流石にそれは、ねぇ?」

 コソコソ話しているのが、少しだけだが聞こえてきた。

 声の発声源は主に他校生。

 先日の観客の反応とはうって変わって、プレーヤーから見れば、四強を倒したことは、心底驚くべきことだったらしい。


「良い雰囲気とは言えないな」

「出る杭は打たれるって言うからな。俺達は四強のうちの一校を倒した。それだけで、十分に潰すべきイレギュラーだろう」

 先輩達は空気に飲まれず冷静。

 そう。

 四強を倒し、勝ち進むということは、それだけ注目を浴びる。

 それはほとんど、悪い方向に作用する。

「周りが何と言おうと、やるべきことは変わりない。勝つ。それだけだ」

 嶋さんが、実にシンプルな言葉で俺達の空気を纏めてくれた。

「ていうか、お前らが勝ってくれないと、俺が試合に出られないんだよ。ズルいぞ皆」

 ……。

「え、どうした。笑うとこだぞ」

「「「笑えねぇよ!!」」」

 冗談のつもりだったのか……。


 グラウンド入り。

「ヤバい。緊張してきた」

「今更か?」

「今だからだよ。俺達、一応は霧城倒したチームとして四回戦にいるんだぜ?」

「まぁな」

「てことは、変な目で注目されちゃうだろ」

「考えすぎじゃね?」

「神木や富樫さんの分まで背負うなんて、何かもう……」

「背負わんで良い。別に俺達に託したわけでもないだろ」

 うーん。

 それはそうなんだけどなぁ……。

 京平、随分冷静だな。

 勝ち進むことに慣れている者と、そうでない俺との違いか……。

「京平。何でもないような顔しとらんで、素直に言えや。練馬と戦うのにえらい緊張してるって」

「ちょ、馬鹿、マキ!」

「菅原、気にせんといてええぞ。京平は昨日の晩から、「ヤバいヤバい!!」ってずっと言っとったからな」

「え、えぇ……?」

 京平、頑張って緊張を隠そうとしてたの?

「昔から、周囲には緊張を隠そうとしとるみたいやけど。よく見てみ。緊張してる時の京平は眉毛が落ち着かないんや」

「……本当だ」

 ずーーっと眉毛がヒクついている。

 なるほど、これが……。

「京平、これが新しいサインだな?」

「違う、つか、試合中見えねーだろ!」


 試合前日。

 スタメンが発表された。

 一番ショート、烏丸さん。

 二番センター、藤山さん。

 三番キャッチャー、森本。

 四番ファースト、郷田。

 五番ライト、菅原。

 六番レフト、濱さん。

 七番セカンド、星影さん。

 八番サード、山岸さん。

 九番ピッチャー、国光さん。


「クリーンナップ一年固め、か」

「一回戦と似てるな」

 監督曰く。

『練馬の球筋を知っている森本と郷田は、四回戦の得点源だ。選球眼のある菅原も続けておいて、早いうちに捉えたい。それが、投手エース交代対策にもなる』

 今の寺商のエースは練馬ともう一人。

 練馬を捉えても、次のエースが出ると、また捉え直しだ。

 早い段階で練馬から点を取り、エースに代わったら防御に徹する。

 それが今回の作戦だ。

「そんなに上手くいくかねぇ」

「まぁ四回戦ともなれば、いかないだろうけどな。そういえば、濱さん久しぶりの外野手出場じゃん」

「サード、レフトで捕手勢揃いだな」

 監督曰く。

『捕手としての力が付いてきた濱には、より広くグラウンドを見てもらう。……これから終盤まで、きっとそれが役に立つ』


(あれは一体、どういう意味だ?)

 俺は監督の発言の意味を考えながらベンチに入った。

 捕手としての力が付いたなら、捕手として出場させるのではないのか。

(でも、監督の作戦、最初は疑ってても、意外と結構上手くいってるんだよなぁ……)

 今回も何かしら意味があるのだろう。

 よし、深くは考えず、試合に集中しよう。


「チッ。ふざけやがってあの野郎……」

「ん?遅かったじゃねぇか京平。……どうしたよ」

「あ、いや。何でもない。早く準備しないとな……」

 妙に苛立った様子の京平達が、遅れてやってきた。

 トイレに行っていたようだが。

 後ろにいた郷田と島野に尋ねる。

「トイレで何かあったのか?」

「まぁ、な」

「会った。そして、あったッス」

「え?」

 何か、あったという言葉に対する俺と二人のニュアンスに差があるような?

「早い話が、練馬に会ったんや。そこで一悶着あった」

 おぉ。

 今は敵同士でも、かつてのチームメイトとの再会。

 四ヶ月程度だが、懐かしさを感じていただろう。

 しかし、一悶着ってのは……。

「挑発やな。君達は、僕達に勝てない、と」

「それを出会い頭に言われたもんだから、京平ちゃん、滅茶苦茶キレたッス」

「……なるほど」

 俺達の中の誰か一人は、相手の選手と因縁作ってから試合になるよな、いつも……。



 ・???side


 菅原迅一、か。

 春からの練習試合での投球のビデオ。

 ウチの盗撮魔の活躍で安易に手に入れることができたが。

 随分と、謎の多い投手だ。

 負けに対する変な虚無感を感じるのと同時に、勝利に執着する、負けず嫌いのようなプレーも見せている。

(まるで、別の人間が投げているかのようだな……)

 火山との練習試合、霧城との三回戦。

 比較すると一目瞭然だ。

 前者は闘争心剥き出しで、必ず抑えるという野性に近いようなプレー。

 後者は思考を巡らせているような、どちらかと言えば理性的。

 失点してはいけないと分かっていても、ゴチャゴチャ考えて、自分の思ったままに投げてしまう。

 京平のリードと噛み合っていないタイミングがいくつもあって、そこで失点してしまっている。

 神木や富樫氏との対決では、闘争心が顔を出しているところもあるが。

(闘争心と思考。野性と理性が、独立してしまっている、か)

 周りから見れば、不自然な性質に見えるだろう。

 投手としての性質がバラバラすぎる。

 別人クラスに。

 勝つための野性、敗北に無抵抗な理性。

 これが、一人の人間に共存する性質。

 過去に何があれば、こんな投手になってしまうのだろうか。

(これが、菅原迅一のクラッチの正体か)

 勝てる可能性が見えたとき、その野性に火が点く。

 逆に実力差が歴然としたとき、その理性は敗北に対して受け身を取ろうと、理由付けの思考を巡らせる。

(平業に勝つには、国光氏を崩し、菅原を理性状態のままに倒す。これが勝利の方程式)

 平業の重要な試合でのキーマンは恐らくこの菅原だろう。

 野性を封じれば、大した力を持つ投手ではない。

(この試合、もらったぞ、京平……!)

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