第53話・四回戦の相手

「四回戦の相手、寺之戸てらのと商業だってよ」

「寺商?おぉ、てことはアイツおるわ」

「アイツ?」

「俺らの元チームメイトや。懐かしいのぉ」

「……そのエセ関西弁、エセって分かるのに何でそんな貫禄感じるんだ……?」

 郷田の関西弁は、作ったものだ。

 だから本場の人が聞けば違和感があるだろう。

 しかし、この関西弁のせいか、年寄り臭い口調で話した時のような、変な貫禄が出る。

 ツッコミをしづらいものだ。


 閑話休題。

 四回戦の相手は寺之戸商業高校。

 文字通り、仏教系の商業高校だ。

『仏は、努力によって得た富を尊び、その富こそが太平をもたらす』

 という、中々な教えを校風としている。

 仏なのに、物欲で太平を目指す。

 現代ならではの宗派分岐だったのだろう。

 でも実際、努力して得た富なら、堂々と誇れるもんなぁ。

 あながち間違ってないのかも。

「その寺商に、チームメイトがいるってのか?」

「あぁ。ソイツは投手なんやけど、敵に回ると恐ろしく厄介な奴でな」

「お前らは大概敵にすると厄介だろ」

「あれは頭二つくらい抜けとる。ポジションは違えど、京平以上の厄介者や」

「そこまで……?」

 どんな投手なのかと気になっていると。

「集合!」

 嶋さんの号令がかかる。

「やっべ、急がねぇと」


「はいどうも、尾河です」

 電話対応か。

「知ってる人もいると思いますが、四回戦の相手は寺之戸商業。四強の影に隠れた、中々の強豪。去年は初戦で海王に潰されたけど、実力は間違いなく本物。今年はウチと同じく黄金戦力が加わったことで、四強に勝らんとしているチームです」

 黄金戦力……京平達の、元チームメイトの事だろう。

「去年の秋からレギュラー入りしている選手は、更に身体が大きくなって、長打力が増している印象ですね。対四強用の、得点力増強でしょう」

「元々技巧派が多かったからな。あれにパワーが着いたのは厄介だな」

「そうです。嶋さんの言うとおり、ミート力が自慢だったチームが、ボールを運べるようになったのが大きな進化。そして、我々の壁となる部分です」

 尾河さんの作ってくれた資料を見る感じ、確かに投手には厄介だ、けど。

「でも、過去の試合のデータだと、結構乱打戦多いですよね。てことは、ウチの打線なら行けるんじゃ?」

「良い質問だね菅原君。そう、寺之戸は打線は安定していても、投手層の薄さが課題でした。だから、投手を打ち崩せば、勝機はあります。特に今年の打線なら、と言いたかったところなんですが……」

「ですが?」

「二年のエースに加えて、今年の一年……練馬ねりま君が、また凄いんですよ。詳細については、森本君が詳しいと思います」

「はい」

 尾河さんに促されて、京平が前に出る。

「寺之戸に加入した投手の練馬は、かつての俺のチームメイトです。マキ……投手時代の郷田とエース争いをしていた選手です。コイツが、俺達平業最大の壁となります。間違いなく、断言できる」

 京平が、ここまで言い切る……?

 烏丸さんが問いかける。

「どんな投手なんだ?」

「俺達は精密機械と呼んでました。制球お化けです。コーナーを突かせたら、奴の右に出るものはいないでしょう。郷田と制球力だけで並んだ男ですからね」

 制球力だけで並んだってどういうことだろうか。

 これまでも制球の良い投手なら何人も戦ってきた。

 でも、ウチは同等にやりあってきたはず。

(それが脅威に……?)

 もちろん、簡単には勝てないと分かってはいるが、鈴さんや富樫さんに比べれば、まだチャンスはあるのではと思ってしまう。

「これまでの笠木さんや富樫さんの変化球、九里さんの真っ直ぐを相手にしてきた皆さんには、制球力だけの投手はインパクトに欠けるかもしれません。なので、中学時代の練馬のビデオを持ってきました。今大会のビデオと合わせて見てください」

 ビデオを再生する。

 すると……。


「あぁ、なるほど……」

「これは……」

「うーん、打てるか……?」

 レギュラーの人達が呟きはじめる。

 俺も驚いている。

 ビデオに映る京平は、ミットを一瞬も動かさない。

 練馬がドンピシャで投げているのだ。

 特に、外角のストレート。

 これが鋭く決まっている。

 まるで機械人間だ。

 

 高校での投球も、そのまま。

 威力が増しているだけだ。

「あの制球に、球威が加わった。投手側に崩せる要因はほとんどありません。捕手のリードミスでもなければ、まず引っ掛けられるでしょう。明後日の試合までに、正確にミートする練習ができるかが鍵です」

 ミーティングで分かった情報はここまで。


 その後、俺は京平と素振りを始めた。

「失礼ながら、血も涙も無いような表情だった」

「まぁ、鉄仮面ではある。顔に出ないってのは、それだけで打者へのプレッシャーになるしな」

「しっかし、郷田の球速に匹敵する制球力、ねぇ……」

 寺商の、二人目のエース。

 機械的なコントロールで、名だたる強豪に競り勝つ。

 この事実の、どれだけ凄いことか。

「寺商にも世代ごとに好投手はいたけど、その一枚岩で勝てる筈もなく。長年の夢、ダブルエースになったことによる快進撃による追い風は凄まじい。その勢いに、呑まれないようにしないとな」


 四回戦、ここで躓くわけにはいかない。

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