第52話・回想では褒められた人間じゃないけど、今は良き先輩です

 ・回想、山口伸side


「ヘイヘイ、ヘボピー!何だその守備は!」

「これなら小学生の方がもっと使えるぜ!」

「ちゃんと捕れよー!」

「「「ハハハ!!」」」


 入学して、入部して。

 俺達新入生は、先輩達の洗礼を受ける。

 俺達はまだ、右も左も分からない。

 それでも一つミスすれば、先輩達は容赦なく煽ってくる。

 その的になったのが、国光だった。

 当時から、主力として十分な素質を見せていた嶋とは、真逆の扱いだった。

 もちろんその嶋も、先輩達の洗礼を受けていた部分もあったが。


「国光だっけ?アイツは駄目だな」

「そもそも、センスが無い。ありゃどんだけ頑張っても、スタンドから出られないな」

 先輩達がそういう声は、一年だった俺達の耳にも入る。

 やがて部全体で、国光を、最早集団リンチと言えるほど貶すところまで行った。

 同級生よりも上でありたい。

 そう思っていた俺達も例外ではない。

 その空気に便乗して、国光という選手を、野球部から排除しようという発想になる者もいた。


 夏大会。

 敗退して、三年が引退した。

(やっと俺達も、日の目を見れる!)

(コイツらよりも先に、レギュラーになってやる!)

 下で腐っていた連中はどいつもこいつも、そんな思考に取り憑かれていた。

 案の定、そんな連中が選ばれる事は無く。

 一年からレギュラーを勝ち取ったのは、嶋のみ。

 そしてベンチ入りしたのは、今の主力である星影や鷹山、藤山ら。

 何より驚いたのは。

「国光由謙、お前もベンチだ」

 選ばれなかった一年が皆ひっくり返った。

 逆に、選ばれた者は平気な顔をしていた。

 国光の実力を知っている(つもりだった)者が、監督に抗議した。

 しかし監督は、国光を外さなかった。


 国光が出場する前に、秋大会は終わった。

 俺達の中での国光への認識が変わることは無かった。

 ずっと同期の中では下っぱ。

 だから、気付いたときには追い抜かれていた。

 国光とは、半年以上の努力の差が、ついていたのだから。


 さて、年明け頃の話に戻ろう。

 室内練習場にいるのが国光と嶋だと気付いた俺達は、準備が既に終わっていることもあって、時間があるだろうと思って、様子を伺うことにした。

 どうやら守備練習をしていたらしい。

「結構動けるようになったな」

「練習前にコソコソやってた成果がようやく実感できた……」

「オフの間、ずっと全体練習ないから、実感湧かないかもな」

「チームの中でも主力の選手しか知らない国光の特訓。他の連中が知ったらひっくり返るよ?」

 こちらからは見えないが、星影の声も聞こえてきた。

「それにしても、監督にバレてたんだな。国光が俺達と特訓してんの」

「ベンチに入れたからね。まさかとは思ってたけど……」

「考えてみたら。俺、結構図々しいこと先輩達にやってたよな」

「「「土下座頼みな!!」」」

 後から知ったが、馬鹿にされたことで野球部を離れようとした国光が、嶋達に説得されて踏みとどまったらしい。

 その時、残るからには誰よりも強くなるという決心をし、主力の先輩達全員の前で土下座したらしい。

『俺に、特訓をつけてください!!』

 たった一言。

 その一言こそ、当時の主将が最も嬉しかった言葉らしい。

『先輩を前にして、個人的な頼みごとなんか躊躇うだろう。でも迷いなく頼みこんできたんだ。本当に強くなりたいんだという意思を感じた。だから、伝えられる限りのことは伝えようと思えた』

 後に国光に伝えられる主将の言葉だ。

 国光は誰よりも下手だった。

 野球を辞めようとすらした。

 でも、必要としてくれる奴らがいた。

 ソイツらの期待に応えるため、同期の誰もが考えもしなかった事をやった。

 そして、同期の気付かないところで、主力の選手達に刺激を受け、先輩達に並ぶ選手にまで成長していた。

 この時の俺達は、国光を素直に認められていなかった。


 二年春。

 烏丸達が入部してきた。

「あの烏丸って奴、海王のスカウト蹴ったらしいぞ」

「馬鹿なのか?」

 また、選ばれない者達による陰口が広がり始めた。

 しかし、すぐに実力で黙らされた。

 一年でショートのレギュラーを勝ち取ったのだ。

 これには俺達も黙らざるを得なかった。


 いよいよ夏大会前。

「背番号5、嶋奏矢!」

「背番号6、烏丸御門!」

 夏の大会に挑むメンバーが、背番号と共に発表される。

「背番号10、国光由謙!」

「えっ」

 三年の先輩がエースになるのは予想していた。

 しかし、実質ナンバーツー投手の称号とも言える背番号を、国光が手にした。

 これまでの努力が、認められたのだ。

「背番号17、山口伸!」

 自分が呼ばれたのも気付かないほど、驚いていた。

 夏大は負けたものの、国光は公式戦で初めて登板。

 嶋もホームランを打った。


 秋大会。

 当時のエースが滅多打ちにされ、夏と同じく10番を背負う国光が登板。

 そこで見せたピッチングと言ったら。

「ストライク、バッターアウト!」

「ストライク、バッターアウト!」

「ストライク、バッターアウト、スリーアウトチェンジ!」

 三者連続三振。

 負け試合の中で、圧巻の投球。

 間違いなく、ここで、エースとしての存在感を示した。


 大会後、ボコボコにされた当時のエースが逃げるように退部。

 実質、国光がエース確定となる。

 その事を国光と喋っていると。

「このままじゃ、俺はナンバーツーのままだからな。もっと練習しないと」

 このチームでトップになる。

 前のエースを超える。

 その決意で、今年の春までやってきた


 二人に感化され、俺達全員が、最後の夏に向けて、努力を続けるようになった。

 今の立場を、確約されたわけじゃない。

 絶対に、アイツらに追い付くと、死ぬ気で努力した。

 いつの間にか、全員が国光を認めていた。

 追い付こうとしていた。

 そして、それを素直に受け止められたことこそが、俺達の何よりの成長だった。



 ・菅原迅一side


「何もかもが上手くいったわけじゃないけどな。国光は、努力でエースを掴み取ったんだよ」

「今の三年生も、最初から認めあってたわけじゃないんですね?」

「あぁ。ちょっとずつ成長していった。随分迷惑もかけたが」

「この回想の間、山口さんの小物悪党臭凄かったっすよ」

「言うな。黒歴史だから」


「国光さんの特訓って何だったんです?」

「嶋の打撃指導、星影の守備指導、藤山の走塁指導、先輩達の筋トレ、レギュラー陣全員と一打席勝負とか……」

 練習前後に、それをこなしていた、だと?

「正直なとこ、よく心折れなかったなって思うぜ」

「それだけ強くなりたかった理由って、何なんでしょうね。ただ見返すだけなら、きっと続かなかっただろうし……」

 話している途中で、郷田にノックの出番が回ってきた。

 入れ違いで、国光さんがやってきた。

「珍しい組み合わせだな。何の話だ?」

「お前が一年の時、どんなモチベーションで特訓してたのかって話だよ」

「気になります」

「あぁ……。えー、言っていいのか……?」

「「聞きたい(です)」」

「まぁ、結論だけ言えば、嶋のおかげなんだよ」

「嶋さん?」

「あぁ。俺が退部しようと決意したとき、嶋に言ったんだ。一応、俺らのリーダー格だったし。そしたら……」

 国光さんが、ゴホンと咳払いして、間を取る。

『国光、そんな連中の言葉なんか真に受けなくて良い。野球部には、お前をちゃんと見てくれる人達もいる。そういう人達と向き合っても考えが変わらなかったら、俺も退部は止めない』

『どうせ辞めるなら、限界まで頑張ってみないか。一人じゃなく、俺と一緒にな』

「ってよ」

「声真似する必要あった?」

「ま、まぁ良いじゃないか。大会中の緊迫した空気を、俺なりに和ませようとしただけだから……。それで、嶋が居残り特訓に付き合ってくれたんだ。俺も最初は疑心暗鬼だったんだけど、律儀にやり通してくれるからさ、頑張らなきゃって思うようになって……」

「その頃から嶋さん、リーダーシップの片鱗があったんですね」

「そうだな。あそこで向き合ってくれていなかったら、俺は今頃、教室の隅で退屈に過ごしていただろうさ」

 やっぱり、カッコいい人だったんだな。

 きっとこういう人が上に行くんだろうな。


 一部分だけだけど、先輩達の話を聞けて、楽しかったな。

 きっと、当人達にしか分からないような事がもっとあったんだろうけど。

 それを得ての、今の先輩なんだ。

 俺達も、頑張らないと。

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