第51話・国光の思い


 ・国光由謙side


 初戦から、三回戦まで。

 チームメイト達の健闘。

 去年までとは違う、目覚ましいほどの活躍に喜びを感じるのと同時に。

 負けそうになると、去年の先輩達の涙が、脳裏に過った。

 その度に、試合に出られない己に、不甲斐なさを感じた。

 背番号1を託されたからこそ、尚更。


 大会前。

 嶋の怪我の経過観察の為、近くの病院へ、監督と行くことになった。

 そこに、俺が同行することになった。

 監督直々の指名だった。

 嶋の診察が終わり、準々決勝には必ず出られると分かって、一安心。

 とは、いかなかった。

「あー、国光君」

 嶋を診察してくれた医者に呼ばれる。

「はい?」

「ちょっと、足、見せて」

 言われた通りに足を見せる。

 足を色々弄られると。

「いっ……!?」

「やっぱり」

 足首に痛みを感じた。

 普通にプレーしてても気付かなかった。

「歩き方が歪んで見えたからね。指摘されるまで気付かなかったということは、小さい怪我みたいだけど。ただ、足首の怪我は、選手生命どころか、日常生活まで奪いかねないんだ。これ、今気付けて良かったね」

 だが、夏の大会はもう直前なんだ。

 エースになれたのに、この程度の怪我で、引っ込むわけには……!

「気持ちは分かる、国光」

 後ろから三原監督が声をかけてくる。

 どうやら、考えが顔に出ていたらしい。

「だが、エースだからといって、怪我をしている選手に、投げさせることはできない。すまない」

 でも、もし負けたら。

 俺は、一度も投げられないまま、夏を終えることになるじゃないか。

「大丈夫だ。今年のウチなら、勝てるさ」

「嶋……」

 奴は主将として、チームを見てきた。

 その嶋が言うなら、きっと……。

「……分かりました。治療を受けます」

「了解」

 俺は、医者先生に足首を診てもらうことになった。


 三回戦。

 ここまで、アイツらは勝ち続けてくれた。

 そして、四回戦。

 いよいよ、登板が許可された。

「国光。登板はさせるが、完投はさせられない。まだ本調子ではないことを忘れるなよ」

 監督は試合後はしっかり通院するように忠告してくれた。

 ……黙ってりゃ、俺が無茶するってバレてんだな。


 濱に受けてもらう。

 うん、身体を休ませてたからか調子が良いな。

 ストレートが伸びてる。

 菅原にも負けてないんじゃないか?

 それに、濱も上手くなってるな。

 これなら良いコンディションで、四回戦に挑めそうだ。

(怪我の事を知っているのは嶋と監督、森本だけだった……。チームの皆には色んな方向で迷惑かけちまった。取り返さねぇと)

 ここまで勝ち上がって来れたのは、アイツらのおかげ。

 さぁ、俺の番だ。

 平業には、俺がいる。

 後輩だけじゃない。

 このチームのエースは、まだ生きてる。



 ・菅原迅一side


(国光さん、フル調子だな……)

「力のある球投げるよな」

「あれでも、平業で一番化けたからな」

「「おぉぅ……」」

 後ろから急に山口さんが現れた。

 この人、そこそこ体格あるから、急に来るとびっくりするんだよな。

 郷田と二人してひっくり返ってしまった。

「知ってるか、国光の一年の時の話」

「き、聞いたこと無いです」

「アイツ、一年の時、投手辞めようとしてたんだぜ」

 え?

 あのレベルの投手が?

「嶋や烏丸だって、初めからあんなんじゃなかったって言ってたろ?国光もなんだよ。何だったら、俺達の代で一番下手だった」

「一番……」

「当時、俺達のほとんどが、どうせ勝てないと手を抜いていた時期があった。でも、嶋や国光は努力し続けたんだ。その差が、今まさに表れてる」



 ・山口伸やまぐちしんside


 俺達が一年の時、年明け辺りの話だ。



「今日も室内かー」

「冬なのに、ただ寒いだけで雪の一つも降りやしねぇ」

「ウエイトはもう良いっての……」

「休み中も合宿で満身創痍だったし、彼女もできなかったぜ……」

 当時、夏秋共に初戦敗退。

 しかし、厳しくなり続ける練習。

 俺達一年のモチベーションは、下がるとこまで下がっていた。

 レギュラー陣が頑張っているだけ。

 努力しても、試合に出られない選手は出られない。

 弱小校の戦力ではそんなものだ。

 最初から強い奴が選ばれる。

 俺達のような人間の努力が報われるのなんて、それこそ創作物の中での話だ。

「あーあ。何のために、高校生の青春を費やしてまで野球続けてんだか」

 俺達の中の誰もが、心の片隅でそう思っていた。


「おい、室練場に誰かいないか?」

 一緒にいた奴が、気配を感じたらしい。

 先輩達だろうか。

 一年が先に来て準備しておくのが、今年の代の暗黙の了解。

「ヤバいヤバい!先輩達来てたら、また何か言われんぞ!」

「急げ!」

「いつものんびりしてんのに、何で今日は早いんだよ!」

 足取りが少し早くなった。

 俺達の心配は杞憂だった。

 何故なら、そこにいたのは先輩ではなく、同期だったからだ。

(あれは、国光と嶋?)


 チームの中で一番下っぱの国光。

 ずっとそう思っていた俺達が、アイツの努力に気付いた頃には。

 国光は嶋と並ぶ程の選手に、なりつつあったのだ。

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