第50話・エース登場
俺が落ち込んでいるのと同時刻。
一方その頃。
・森本京平side
三原監督に呼び出された。
「四回戦から、余程のことが無い限りは国光を使う」
……遂に。
「森本、お前はよくやってくれたよ。国光というエース無しに、ここまでチームを勝ち進めてくれた」
「それは、自分の力だけではありません。選手一人一人の努力の結果です」
「そうか」
監督は窓際に立つ。
「一つ、聞いてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「正直言って、迅一……菅原を完投まで引っ張った理由です。今回は富樫さんが故障を隠していた事もあって、打ち崩すチャンスがありました。しかし、もし、万全の状態で、得点が望めないって時にまで、あの失点だったら。何故代えなかったんです?」
ずっと疑問だった。
確かに、迅一は良い球を投げていた。
乱打戦で、甘い球を狙われての失点もあった。
しかし、それを抜きにしても、霧城戦は明らかに相性が悪かった。
それに、流れを絶ち切ってしまった
迅一の心が折れていたかもしれない。
投手の完敗は即ち、チームの敗北。
あまりにもリスキーなその采配に、疑問を抱かずにはいられなかった。
「その前に、逆に聞こう。お前が交代を進言しなかったのは何故だ?」
「それは……」
交代を考えなかったわけではない。
続投がチームの選択なら、出来る限り戦おうと思った。
その続投は成功で、神木を抑え、チームの流れを掴み取った。
「菅原一人を霧城と戦わせたことで、チームが負ける可能性は高かった。それは認める。しかしあの試合、平業は菅原迅一という投手を支えにしていた。それを代えることは、その支えを取り払うことになってしまう。だから代えられなかった。怖くなったんだよ」
確かに……。
チームの誰もが、迅一に、何かを感じていたのだ。
その何かとは……。
「あれには間違いなく、試合の雰囲気を左右してしまうだけの、何かがある。本人は、何とも思っていないようだがな。それは、まさにエースの風格だな。だが、まだ奴をエースと認めることはできないだろう」
「前にも言ってましたよね、それ」
迅一はスイッチが入ると、エースと呼ばれるに相応しい投手になる。
皆を、実力で支える投手。
だが、三原監督は、それでは足りないと言う。
「マイナス思考……、というより、勝利する自分のイメージが無いことだな。これが著しく欠損しているんだよ、菅原は」
「確かに……。ですが、それは別に、傲慢になるより良いのでは?」
「そりゃな。だが、エースを目指そうってんなら話は変わる」
監督は手元の水をぐびぐび飲んで、話を続ける。
「良くも悪くも、ウチのような少数チームってのは、キーマンとなる選手によって仕上がる。野手なら、嶋や烏丸がキーマンになりやすい。勝利への気力も、強者との勝負による緊張も、キーマンの行動次第で大きく変わるんだ」
「投手の勝利イメージは、チーム全体の勝利イメージ。それが無いことが、エースに届かない理由だと……」
「そういうことだ。キーマンとなる投手が勝利のイメージを持つことで、力を発揮し、それをチームに伝染させる。平業が勝つには、それが手っ取り早いし、多分向いてる」
ふむ、なるほど……。
「まぁ、それは本筋じゃないんだ。菅原迅一は恐らく壊れている。中学までに何があったかは知らないが、部員アンケートの記載と言い、個人面談での発言と言い、思考が常に負けそうな自分から始まっている」
確かに、それは良くない。
勝ちに向かっている流れを、常に自分から絶つようなものだ。
「その考え方が変わらん限り、あれにエースナンバーを任せることはない。傲慢になれとは言わんが、もう少し自信があっても良いんじゃないか?どうすれば変わるのか……。自分の精神的な障壁を越えられれば、変わるきっかけになるんだろうがなぁ……」
迅一の精神的障壁……。
誰か該当者がいたと思うんだが……。
誰だったかな……。
その頃。
「ヴェックショイ!!」
「どうした?」
「誰かが俺様の噂をしているようですねぇ。まぁ、天才に噂なんてついて回るものですので、お気になさらず~~!」
どこかのチームで変な奴が変な感知をしていたことを、俺は知らない。
・荒巻薫side
「とりあえず改善点の通りに投げられるようになったか?」
「フォームが直ったことで、失投は極端に減った。あとは、試合でこの通りに投げ続けられれば完璧や」
(フォームを正しただけでこんなに……。迅ちゃん、本当に弱小出身なのかしら……。ていうか、これだけの投手が何で無名だったのかしら?)
フォームを直した迅ちゃんを相手に、アタシが打席に立って勝負する。
マッキーに指摘された部分を微調整しながら、最終的に仕上がったフォームで勝負したところ、ヒット性の当たりはほとんど無かった。
アタシのパワー不足は認めるところだけれど、ミートにはそこそこの自信があった。
それでも捉えることは難しく、詰まらされた。
「超回転のストレート……。サウスポーでこんなに伸びてくると、余程の強打者でなければそうそう長打は打てないわね」
「せやな。後は俺らバックの守備次第。難しい当たりも増えるやろうし、それを逃さんようにせんとな」
「おいおい、ここまでやってまさか……」
「守備練習ね」
「守備練習や」
「嘘だろおい……」
ガクッと肩を落とす迅ちゃん。
試合後間もなくこれだけ投げてからの守備練習だものね。
まぁ、ここからはアタシの得意分野。
ここからはちょっとは良いところ見せないとね。
「「おぉ……」」
二人の感心したような声が聞こえる。
今はアタシがノックを受けている。
烏丸先輩と二遊間を組んで、ゲッツーの練習だ。
「良いじゃねぇか、荒巻。星影さんに負けてねぇぞ」
「ありがとうございます」
「おいおい勘弁してくれよ烏丸。守備でまで一年生に負けたら、三年の威厳っていうのがね……」
「大丈夫ですよ。まだまだ星影さんの方が上ですって。それに、威厳なんて元々無いでしょうよ。あるのは嶋さんとか国光さんくらいですからね」
「厳しいなぁ……」
星影先輩はチームでも細く、基本下位打線にいる。
もちろん、打撃が悪いとかではなく、守備に期待がされている。
実際、星影先輩の守備力に驚かされるところは何度もある。
難しいフライを積極的に取りに行くし、あわやタイムリーとなりかけたピンチを乗り切るダイビングキャッチを見せたこともある。
タイプが似ている選手だけに、学ぶことは多い。
「でも、荒巻さん本当に凄いな。軟式出身って聞いたけど、これだけの守備は相当な訓練をしていたよね?」
「そうですね……。決して強いチームではなかったので、女子なのもあって、パワーでの貢献は難しいですからね。自分は守備のミスを減らしてチームに貢献しようと思って、これはかなりやりましたね」
「だよね。こりゃ俺はすぐにでも追い抜かれそうだな」
「そんなことないですよ」
私はまだまだ、勢いだけで乗り切っているところも多い。
その為、荒くなったり、ギリギリの送球になったりすることがある。
星影先輩の守備判断はかなり的確で、悪送球もほとんど無い。
経験と、練習と、実戦。
私には、まだまだ足りてない。
「そういえば、有洛との練習試合の時、少しストレートに力負けしてたよね?」
「あー、お恥ずかしながら……」
「まぁ、まだまだ経験積んで、身体もできてきたら変わるんだろうけど。良かったらパワー付ける練習、やってみる?」
「え、良いんですか?」
「良いとも。俺もある方じゃないけど、改善はするはずだ。未来の正二塁手に、やれる限りのことはやらないとな」
「私より上手な先輩はいますって」
「ううん。あまり大きな声では言えないけどさ。正直、荒巻さん以上のセカンドは、このチームにはいないよ。自信持って、何なら俺から奪うつもりでも良い」
星影さんの言葉は、そのままの意味には聞こえなかった。
奪うつもり、というより、奪えって言ってるような……?
「それじゃ、後10本、集中していこうか。少し休憩したら、筋トレ行くよ」
「は、はい!」
・烏丸御門side
「……」
「烏丸さん?」
「ん?あぁ島野か。悪い、邪魔だったか?」
「あ、いや。そうじゃないんですけど、星影先輩がどうかしましたか?」
「ちょっとな。……島野、今の星影さんがどう見える?」
「どうって……。相変わらずの守備のキレだなって」
「そうか……」
「あ、でも」
島野は一旦間を置いて言葉を放つ。
「庇ってますよね。怪我か何か。それも、大会前から」
驚いた。
一年生にして、この観察力。
正直、チームの誰も気付いていない。
俺も、この間の霧城で気付いたほどの、小さな小さな違和感。
この男、大会前から気付いていたのか?
「気付いてて言わなかったのか?」
「言えなかった、が正しいですね。確信はありませんでしたから。プレーに問題も無かった様子だったんで、指摘しにくいっす」
確かに、プレーに支障は無い。
少しくらいの怪我は、球児なら誰でも抱えているものだ。
その類いなら良いのだが。
しかし、どうにも俺の中では、この違和感が引っ掛かっていた。
・菅原迅一side
荒巻達がノックを受けているのを観察しているその近くで、国光さんが投げていた。
良い音鳴らしてるなぁ。
「……あれ、京平戻ってきてる?」
「まだ監督のところやないか?」
え、じゃあ今受けてるのって。
ブルペンを覗いてみる。
国光さんと組んでいたのは……。
(濱さん……?)
ミットの音は、投手の球はもちろん、キャッチングの技術も関わってくる。
国光さんは相変わらずのピッチング。
ということは。
(濱さん、キャッチング上手くなってる)
正捕手の京平との練習で、濱さん自身も、捕手としての経験値が上がってきたのだ。
(今までは逸らすのも多かったけど、国光さんに付いていけてる……)
背番号12。
これまでは外野手メインだったが、今年からは正式に捕手として戦力にカウントされていることが、濱さんの中で意識を変えたのだろう。
(今度受けてもらおう)
そう思った。
この日、調子の良かった国光さん。
いよいよ、四回戦。
エース、満を持しての出陣である。
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