第48話・最後の……

「いやー、燃えたなぁ!」

「まさか平業が勝っちまうなんて!」

「一年対決、熱すぎるぜ!」

「俺は神木応援してたけどなー」

「何言ってんだ、菅原だろ!」

「いや、森本も良いぞ!」

 外野の声が多過ぎて、何言ってるか聞こえない。

 けど、何やら盛り上がったようだ。

 本当に……、激しい試合だった。


 グラウンドを出て荷物を持って移動する。

 後ろから見る感じ、先輩達も落ち着かないらしい。

「おい、どうするよ。シード校に勝っちまったよ……」

「まさかあの霧城に勝てるなんて……」

「鳥肌が止まらねぇわ…」

「おい馬鹿、震えすぎだ。ドリンク落としちまうぞ」

 ……実感が湧かずに、大喜びとはいかないみたいだが。

「えー勝っちゃったのー?」

「また来なきゃいけないの?怠くなーい?」

「もうほっといて良いんじゃない?」

「どうせ次負けるっしょ!」

 応援団の面々に至っては、最早勝ったことを面倒そうにしている。

 俺らも俺らで、またアイツらに応援されんのか……?

「ホクホク」

「嬉しそうだな郷田」

「八回表のファインプレー、ヤバかったもんなー!」

 八回表、神木を三振に取った後。

 五番打者の、あわよくばライト前ヒットという打球を、郷田が捕ったのだ。

 落ちると思っていた三塁ランナーの三番打者は飛び出していたので、元投手の強肩によってサードで刺された。

 そのおかげで、八回表は三人で終わり、九回表を三者凡退にさえすれば、あの人と勝負せずに試合を終えられる状況になった。

 郷田様々だぜ。


「あっ」

 誰かが声を発したことで、全員の動きが止まる。

 平業の前に現れたのは、霧城の野球部員。

「よぉ」

 霧城の圧倒的威圧感。

 平業も勝ったとはいえ、四強のオーラにはやはり萎縮してしまう。

 試合終了後の整列の後の涙を見ているだけに、気まずい。

 霧城の選手の一人が口を開く。

「お前ら……」

 何を言われるのかと身構えた瞬間。

「凄かったぜ!!」

 ……。

 急な誉め言葉にポカンとする平業一同。

「まさかあんなに強くなってるなんてな!」

「正直逆転されるなんて思わなかった!」

「まさか富樫を攻略するなんてな!」

 え、え?

「あ、ありがとう?」

 流石の嶋さんも戸惑いが隠せないようだ。

「嶋と戦えなかったのが心残りだなー」

「怪我大丈夫か?」

「山岸も良かったぜ!」

「烏丸、何小さくなってんだ!野球談義しようぜ!」

 霧城の選手に揉みくちゃにされる俺達。

 何が何だかと思っていると。

「皆、お前らと話したいんだとよ」

「神木」

 怪物神木が話しかけていた。

 帽子を深く被っているので顔は見えない。

「先輩達にとって自分達を負かした相手だ。それくらいには付き合ってやってほしい」

「それは良いけどよ……」

 見渡してみると、一人いない。

「あれ、富樫さんは?」

「あの人なら……」

 神木が指差す方向を見ると、木の下でタオルを被って座っていた。

「話しかけてやれ。きっとこれが……」

「ん、どうした?」

「いや、何でもねぇ」

 二人で富樫さんの元へ近付く。

 俺が声をかける前に気付いたようだ。

「さっきぶりだな」

「今日はありがとうございました」

「ワシも楽しませてもらった。ありがとうよ菅原」

 まともに話したのはこれが初めて。

 しかし、それでも分かる。

 明らかに声に覇気が無い。

 右腕が震えている。

 え?

 いや、そんなはずは。

 だってさっきまで普通に投げていたじゃないか。

 きっと疲労か何かで……。

 ……さっきの神木の反応、もしかして富樫さん、本当に?

「富樫さん、まさか、その右腕……」

「ちょっと無理したわな。元よりイカれた腕で、いつ壊れてもおかしくなかった」

「病院行った方が良いんじゃ……」

「医者からは、壊れる覚悟で投げるなら、後悔は残すなと言われとる。そして今日は最高の試合だった。後悔など、あるはずがない」

「富樫さん……」

 その視線は、霧城で共に戦ったチームメイトに向く。

「アイツら、泣いておった。それでも、あれだけの笑顔になれるのは、平業と戦えたからだ。お前らは、霧城全員が認める程、強くなったってことだ」

 顔を上げる富樫さんの顔が見えた。

「代表して言わせてもらう。お前らと、平業と、戦えて良かった。ありがとうよ」

 マウンド上の落武者はもういない。

 その笑顔は、年相応のものになっていた。


 野球談義を終え、二つのチームは別れた。

 平業はスタンドで試合を観て、学校のグラウンドに帰る。

 片付けて、自主練して、帰る。

 今日は色々あったなぁ……。

 ピロン。

 スマホが鳴る。

 何事かと思って見てみると。

『河川敷にて貴様を待つ』

 神木だった。



 ・神木咲良side


 ……。

 河川敷で菅原を待つ間、考え事が止まらなかった。

 人通りは少なく、遠くから車の音が微かに聞こえるのみ。

 大会中はあまり落ち着かずに叫び続けていたからか、これだけの静寂を感じたのも久しかった。

 試合が終わってから、もう数時間。


 試合後。

「礼!!」

「「「したぁッ!!!」」」

 整列後、礼をして、校歌が流れている間。

 いや、その後のスタンドへの礼の時も。

 先輩達の涙は、試合中の汗に負けないほど流れていた。

 最後の戦い。

 霧城のユニフォームを着て、グラウンドに立つことは、もうない。

 三年間の努力が無駄になったのか?

 そんなはずはない。

 全てをやって、その上で、平業は霧城を越えた。

 ただそれだけなのだ。

 だからこそ、負けたことが悔しかった。

 もっと、野球をしたかった。

 その後、平業と話終わって。

 学校に戻って。

 先輩達は、泣きながらも笑っていた。

 地獄のような練習から、甲子園を目指すプレッシャーから、解放されたから。

 強くなったチームと戦えたから。

 夏、思いっきり野球ができたから。

 感情がごちゃ混ぜになって、悔しさ、嬉しさ、楽しさ、何もかもが一気に出てきている。

 涙は、笑顔は、俺に色んなものを、伝えてくれた。


 最後の打席で、三振しなければ。

 あの時の菅原に、負けなければ。

 一回でもホームランを打てていたら。

 俺にできたことは、もっとあったはず。

 今更のたらればだが、不可能ではなかったはずなんだ。

 俺は、先輩達の力に、なりきれなかった。

 一年で四番という立場まで託されたのに。

 これほど重いのか。

 高校野球の敗北というものは。

 そんなつもりは無かったが、怪物などと言われて、浮わついていたらしい。

 そんな己が情けない。

「情けねぇ……。結局のところ俺は……」

「そんなことねぇだろ」

 後ろの声に驚く。

「呼び出しといてその反応は無いだろ」

「……菅原」


「何だ、試合終わってその日に呼び出しやがって」

 菅原は疲れていると顔に出ている。

 そりゃそうだな。

 一年生で夏の大会、球数126球。四強相手に完投勝利。

 仲間のミスも絡んで7失点するも、奪三振は9。

 心折れそうなもんだが、コイツは折れることなく投げきった。

 俺はたった1回の三振で折れた。

 コイツと俺の差は何なのか。

 試合中には分からなかったことを知るために。

「俺とここで勝負しろ」

 俺は、この男を呼び出した。

「は?」



 ・菅原迅一side


「やたらと覇気のある言葉だったから何事かと思えば……。理由を言え。お互い試合後だろうが。敵同士、気まずくて仕方ない」

「俺は、お前に負けた。今の俺とお前との差を確かめたい。ただそれだけだ」

「……嫌だと言ったら?」

「……」

「俺が勝ったのは最後の打席だけだ。実力は間違いなく神木の方が上だろう。それに、俺はただ、京平の、相棒のリードに従っただけだ。俺一人で勝ったわけじゃない」

「そう。俺達の勝負には常にアイツがいるんだ。だからこそ、タイマン張れんのはこういう時だけだ」

「……あくまでも平業バッテリーではなく、菅原迅一と戦いたいと?」

「そうだ」

「……面倒くせぇが、それがお前の望みなんだよな?」

「あぁ」

 コイツと初めて戦ってから、勝ったのはたった二回。

 どちらも試合を決する程の場面での勝負。

 神木は、勝負時に俺に負けているのだ。

 それが引っ掛かりになっている。

 あくまでも1対1で。

 お互いの実力のみで戦いたいと言っているらしい。

「分かった。その代わり、10球だけだからな」

「……充分だ」

 河川敷のグラウンドで。

 マウンドに俺。

 打席に神木。

 キャッチャーなし。

 壁に向かって投げる。


 初球、ストレート。

 空振り。

 二球目、チェンジアップ。

 ゴロ。

 三球目、チェンジアップ。

 ライト前ヒット。

 四球目、ストレート。

 センター前ヒット。

 五球目、ツーシンカー。

 空振り。

 六球目、ストレート。

 空振り。

 七球目、スプリッター。

 センター前ヒット。

 八球目、スプリッター。

 フライ。

 九球目、チェンジアップ。

 空振り。

「やる気あんのか」

「何がだ」

「さっきからいらねぇボール球まで全部空振りやがって。そんなバッターじゃねぇだろうが。何を力んでんだよ」

 十球目、ストレート。

 コースはほとんど同じ。

 さっきの試合、最後の打席と。

 神木のバットに捉えられ、打球は河川敷グラウンドのフェンスを越えた。

「これだよこれ。打てたじゃねぇか」

「……あぁ。打てたよ」

 神木の様子がおかしい。

 勝った者の反応ではない。

「……何で、何で打てる!何で今なんだ!打てたんだよ俺は!何で、あの時、打てなかったんだよ!!」

 神木は膝から崩れ落ちた。

 この男がここまで取り乱すなんて。

 それほど今回の敗北が、コイツの中に響いているのか。

「もし俺が、打てていたら、霧城は勝ってたんだよ!四番の俺が、負けなけりゃ!先輩達にあんな涙を流させる事は無かったのに!」

 きっと。

 神木にとって、初めてなのだ。

 心の底からの敗北。

 チームの勝利の鍵の、怪物だったコイツにとっての、大きすぎる敗北。

 己の力不足を確かめたかった。

 でも、勝ってしまった。

 この結果が、神木咲良には何より効く。

 できたはずのことが、大事な場面でできなかった。

 俺達にとって、あの三振は大きな希望。

 それと逆に、霧城にとっては大きな躓きだったのだ。

「教えてくれ、菅原……。お前は俺との戦いを、どう感じてた……?」

 神木に対し、何を感じていたか。

 ずっと、越えなければならない怪物だと思っていた。

 それはチーム全体の思いでもある。

 ……俺個人の話であれば。

「勝負時も、そうでない時も。俺達にとっては同じ怪物だったよ。変わりはしない。どこまで行っても怪物パワーヒッターだ」

 良くも悪くも、神木咲良は強大なまま。

 勝負時にスイッチが入ると言われる俺とは違い、波が無い。

 それが、あの時の敗因になったのかもしれない。

 そういう意図での言葉だ。

 神木には、発した言葉のみで伝わったみたいだが。


 敗北してきた勝者と、勝利しか知らなかった敗者。

 言葉は悪いが、今この場にいるのは、この二人。

 俺は神木が立ち直るまで、傍に居続けた。


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