第46話・夏、霧城高校、その参
勢いに乗った平業打線。
それに負けじと霧城打線も対抗。
両チーム、六回までに5対5の同点。
ここからは七回に突入する。
「これまでが嘘かのような打点だな」
「向こうも打ってはいるが、こっちも打てている」
富樫さんは四回以降、フォークを一球も投げていない。
ストレートを増やし、それを狙い打つ平業に点を取られている。
「まぁ何にせよ、ありがたい展開だ。迅一、球数も増えてきた。ここからは、より慎重にな」
「了解」
マウンドに立つ。
先頭打者は六番。
後ろからの声がけも、初回より大きくなっている。
5失点。
相手は強力な打線ではあるが、これ以上の失点は試合を決めかねない。
この回、きっちり抑えなければ……。
初球ストレート。
「ボール!」
際どいところだが、外してしまった。
(高い、力んでるぞ!)
京平がサインで注意してくる。
(すまん!)
俺も目で返し、気持ちを切り替える。
アウトコースにストレート、二球目!
「ボール!」
(ありゃ?)
また外してしまった。
その後何度投げてもストライクゾーンに入らず、結局……。
「ボール、フォア!」
歩かせてしまった。
(疲れか、思ったより力んでる……?)
その後、七番も歩かせてしまい、二者連続フォアボール。
「すみません、タイムをお願いします」
「タイム!」
京平がマウンドに駆け寄ってくる。
「どうした迅一。急に乱れたぞ」
「おかしいな……。力んでるのは分かるんだけど……。失点引きずってんのか?」
「疲労もあるだろうしな。自分で分かってるなら良い。際どいコースは減らそう。投げやすいとこに構えるから、パワー乗せて思い切り投げろ。まずはゾーンにしっかりな。緊張する必要は無い。打たれても、頼もしいバックがいるからな」
「悪い。ちゃんと投げるわ」
京平に気を遣わせてしまった。
(緊張、か。一人でこれだけ投げるの、中学以来だもんな……)
中学時代は勝利への意識が低く、緊張などする理由は無かった。
しかし、高校に来て初めて、勝つために野球をプレーしている。
そのプレッシャーを、大会のマウンドに立ったことで感じているらしい。
(切り替えろ。気持ちで負けるな。俺が霧城に勝てるのは気持ちだけだろうが)
八番打者。
初球からストレート真っ向勝負。
六球目まで粘ってワンボールツーストライク。
七球目、チェンジアップ。
タイミングを外して、空振り三振に打ち取る。
ワンアウト、一二塁。
そしてこの人。
九番、富樫観月。
・森本京平side
先程から、迅一の様子がおかしい。
確かに5失点という結果は良いものではない。
しかし、負けや失点を引きずるような投手ではない。
むしろそれをバネに燃えるような奴だ。
霧城打線を相手に、最早四強のエースを相手に、互角以上に渡り合えてる時点で大したものだ。
球も走っているし、失投も明らかに減っている。
それなのに、何だというのか。
この、嫌な予感は。
「菅原は、壁に来たな」
打席の富樫さんが呟く。
「壁……?」
「目の前の強敵と投げ合っている己に対する違和感。それが壁となって、己の成長を妨げる。心のリミッターじゃ」
「何を今更……」
「練習試合と、公式戦での緊張感の差。中学までと高校からの野球に対する自分の差。それが奴の中で落とし込めない限り、壁を超えることはなかろう」
菅原迅一は、弱いチームで戦ってきた。
平業も、結果を出していない弱いチームだと思っていた。
蓋を開けてみれば、甲子園を争えるチームになっていて。
いきなりチームに必要とされた。
予想と現実、過去と現在、自分と相手。
そのギャップは、俺達には到底想像できなかった、アイツだからこその悩み。
(気付いてやれなかった……)
その胸中に、気付いてやれなかった。
アイツに勝手に期待しておいて、俺自身がアイツを見てやれなかった。
捕手として、あるまじき失態だ。
(すまねぇ、迅一!この試合、絶対に勝たせる!)
試合が終わったら、ちゃんと話し合おう。
まずはそのためにも、目の前の相手に、集中するんだ!
この試合、ストレート中心で回してきた。
パワーはまだ乗っている。
とはいえこの落武者を抑えるためには、コーナーを突かなければ、単純なパワー勝負で押し負ける可能性がある。
四球で満塁、ツーアウトならまだしも、ワンアウトでは迷うところだが。
二塁ランナーが走る気配も無いし、刺すのは期待できない。
(内野前進。迅一、こうなりゃパワー勝負に賭けるぞ!)
(マジ?)
全体にサインを送る。
迅一は驚いた表情をしている。
だが、この人を抑えられるかどうかで試合の流れが大きく変わる。
初球、アウトローのストレート。
(外しても良い、迷うな、思い切り来い!)
力強いストレートはバットに引っ掛かる。
「ファウル!」
ボール球でも振ってきた。
やはり打ち気が強い。
外し方が甘かったら飛ばしてくる。
(ストレートの力は、まだある。ランナーは気にするな。今、お前は、勝負できてる!)
二球目。
同じコースへのストレート。
低めに外れたが。
(ちょ、まっ!?)
富樫観月のバットは、遠慮なく襲いかかってくる。
「ファウル!」
ライト線、ギリギリ切れてファウル。
(危ねぇ!)
悪球打ち大好きかよこの人。
しかし、外低めのボール球も外野まで飛ばすのか。
心底、恐ろしいパワーだな。
三球目。
強気の相手には強気。
こういう場面での最高の武器。
(インハイ!)
(ストレート!)
((力押し!!))
バッテリー最強のストレートは、富樫さんのバットに打ち返される。
打球は地面に叩き付けられ、サード前に転がる。
「山岸さん!!」
捕球しようとする山岸さん。
しかし。
(打球の回転が!?)
強烈な力で回転した打球は、グラウンドで跳ね返ると同時にその勢いを増す。
そして。
山岸さんのグローブの中から、その勢いで飛び越えていった。
「ヤバい!烏丸さん、カバーを!」
烏丸さんがカバーに入ろうとするも、テンパった山岸さんがボールを掴み、ファーストに暴投。
二塁ランナーが三塁を蹴る。
「急げ!バックホーム!!」
言葉が荒くなるが、焦りでそんなことに気付く暇もない。
石森さんのカバー、そしてバックホーム。
俺のミットにボールが届く頃には、
「セーフ!」
二塁ランナーが帰っていた。
霧城の勝ち越しである。
この後、一番打者の犠牲フライで一点。
二番打者を何とか抑え、平業の七回裏の攻撃に突入する。
7対5。
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