第45話・夏、霧城高校、その弐

「随分粘ったな~」

 ベンチに戻ると京平にガッツリ怒られた。

「失点は許されないからなるべく疲れないで欲しいんですけど~」

「お、おい、顔怖いぞ……」

「それとも何ですか、俺達は打者としてそんなに頼りないですか~?今日ノーヒットだからですか~?」

「落ち着け、んなこと言ってないだろ!大体俺もノーヒットだし!」

「ふーん?」

 京平、この短時間で何があったの……?

「とまぁ冗談はここまでとして……」

 急にテンションが切り替わる京平。

「お前一人に試合を作らせたりなんかしないぞ。点を取るのはチーム全員の仕事だ。俺達にも託してくれないか、お前のプレーを」

 その言葉にハッとする。

 いつの間にか俺は自分一人で試合をしようとしていたらしい。

 そうでなくても、皆にはそう見えてしまったようだ。

 俺一人であれだけ粘る必要は無かった。

 これは反省だな。

「分かった。頼むぜ相棒!」

「承った!」


 四回表。

 先頭打者は四番、神木。

 ランナーを気にしない状態で、真っ向から戦える。

(ツーシンカーとチェンジアップ、増やしていくぞ!)

 変化球のサインが増えた。

 まずはアウトローへのストレート。

 これは外れてボール。

 二球目。

 膝下へ突き刺さるツーシンカー。

 これは空振り。

(振ってきたな……)

 リードしているから欲しがる可能性は少ないと思っていたけど……。

 いや、その少ない可能性が当たったのか。

 四強として、平業に一点差じゃあ示しがつかないのだろう。

 どこへの示しだろうか。

 まぁいいや。

(この怪力に加えて、バットコントロールもあるんだよなぁ、コイツ……)

 普通ならチームバッティングに徹してくれた方が、狙いが分かりやすくてありがたいらしいんだけど。

 単純に打力高すぎて、そこに徹してても長打の可能性は十分にあるんだよな……。

 三球目。

 インハイへのストレート。

 強気すぎる。

 しかし、これこそ、勝つためのリード。

 どこへ投げても打たれるなら、もっとも力の出るコースへ。

 見逃しストライク。

 四球目。

 アウトローへのストレート。

 これはわざと外す。

 ツーボールツーストライク。

 五球目。

 再びインハイへ。

 これは引っ掛かってファウル。

 六球目。

 外へのツーシンカー。

 外からゾーンへ。

 神木のバットは球を捉え、打球は高く飛んだ。

(捕ってくれ!)

「レフト!」

 レフトへの打球は。

 地面にバウンドしてグローブに捕まれた。

 レフト前ヒット。

(長打を警戒して外野を下げたのが仇になったか……ッ!)

 京平の顔にも悔しさが滲み出ている。

 未だ神木は無敗。

 ここで打たれっぱなしじゃ、終われない。


 五番打者。

 失投が増えやすいセットからの投球。

 ランナーの神木はリードして盗塁アピールをしてくる。

(サウスポーだから気が散る……!)

 視界に入ってくるのだ。

 一球牽制をいれる。

 余裕をもって戻っているので、プレッシャーをかけるためわざとやっているのが、よく分かる。

(とりあえずバッター集中……)

 自分の中で意識を切り替え、勝負に専念する。

 とにかく外中心の攻め。

 ストライクゾーンの最も遠いところ。

 ストレート力押しのサインを出すということは、ストレートが信頼されているということだ。

 裏切るわけにはいかない。

 三球続けてアウトローストレート。

 二球ファウルで、ワンボールツーストライク。

 神木は走る素振りは見せるものの、京平の威嚇で進むことはできない。

 四球目。

 外、高めいっぱい、真っ直ぐ。

 指の感触は良かった。

 スピンの掛かったストレートは、バットの芯を外れ、打球はグラウンドに叩きつけられる。

 セカンドの星影さんが捕球。

 そこはちょうど。

「ゲッツーコース!!」

 二塁で神木を刺し、一塁でもアウト。

 これでツーアウト、ランナーなし。


 続く六番、七番が出塁するも、八番をセンターフライに打ち取り、スリーアウト。

 四回裏。

 打順は一番の烏丸さんから。

「ゾーンに入ってきた球は、積極的に打ちに行け。食らい付くことができれば、打ち頃の球は必ず来る!」

 三原監督は冷静だ。

 俺達が焦る前に、言葉をかけてくれる。

 その言葉を背に、打席に立つ烏丸さん。

 狙い球を絞ったところで、富樫さんは崩せない。

 来た球を素直に打つ。

 烏丸さんはそう言っていた。

 そして、初球。

 烏丸さんは、打った。

 右中間へのツーベースヒット。

 平業高校、初安打。

「うぉぉぉぉぉ!!」

「烏丸さん!!」

「烏丸、ナイスバッティング!!」

 こちらサイドからは一際大きな歓声が沸いた。

「よっしゃ、来てる来てる!!」

「藤山さん、続きましょう!!」

 続く藤山さん、華麗なるセーフティバントを決める。

 ノーアウト、一三塁。

 平業、この試合初めてのチャンス。

「石森ィーー!!」

「頼んだぞーー!!」

 この場面、流石の霧城バッテリーも緊張するのか、タイムで間を取ってきた。

 石森さんは平業打線のチャンスハンター。

 この場面での狩りは、あの人の十八番。

 各自が定位置に着いて、試合再開が宣言される。

 打席での立ち方は、インコースを封じ、アウトコース狙い。

 富樫さんの性格上、お構いなしにインコースに投げそうだが。

 石森さんは、待ってましたと言わんばかりに引き付けて、打ち抜いた。

 ライト前ヒット。

 そしてそれは同時に。


 烏丸さんの生還を意味する。


「「「うぉぉぉぉぉ!!」」」

 更に盛り上がる平業ベンチ。

 ついに一点。

 ここで攻めきれたことは、何より大きい。

「烏丸ァ!!」

「お前最高だぜぇ!!」

 チームメイトに、祝福の意を込めて揉みくちゃにされる烏丸さん。

 それを抜け出して、俺の前に来る。

「これで振り出しだ。ちょっとは楽に投げられるか、黄金ルーキー?」

 この人も気にしてたのかよ。

 全く、本当に。

「ええ。最高ですよ烏丸さん!!」

 俺と烏丸さんはグータッチをした。


 平業高校は、郷田のヒットで追加点を得る。

 その後、霧城高校は鷹山さん、京平、星影さんを、何とか抑え込んでチェンジ。

 1対2。

 平業高校、この回、逆転である。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る