第44話・夏、霧城高校、その壱
富樫さんのフォーク。
落差、キレ、共に最高峰。
恐らく鈴さんのフォークを超える。
いや、あれ一つで、鈴さんの変化球と並ぶ出来のはずだ。
あれをストレートと組み合わせようものなら、並の打者なら、実力のある打者でも、初見は捉えられないだろう。
「横から見ても分かる。ありゃ簡単には打てねぇぞ……」
想像以上のフォークに、平業サイドは戦慄するばかりだった。
一回裏、平業は三者凡退。
いきなり厳しいな……。
俺、あんな人と投げ合うのかよ。
「攻めた結果のフォアボール、被安打は仕方ない。強敵の時こそ、強気に、逃げ腰のプレーを見せるな。攻め続ければ、必ず勝機は見えてくる!」
「「「はいッ!!!」」」
二回表、七番、八番を三振に取り、九番の富樫さん。
(確か点も取ってるよな、この人……)
過去の記録を見ると、打者としても活躍している。
難しいコースも平気で飛ばしてくるから、怖い打者には違いない。
少しでも甘く入れば……。
初球を大事に。
京平と俺との、決め事。
これをゾーンに決められるかが勝負。
アウトローへ、真っ直ぐ。
ミットの乾いた音が鳴る。
「ストライク!」
よし!
二球目、同じコースへ。
「ストライク!」
振ってきた。
……何てスピードだ。
これが投手のスイングかよ。
もし当たったら……。
ゾッとする。
三球目、インコースを外してボール。
四球目。
これで決めるという京平のサイン。
アウトロー真っ直ぐ、行け!
腕の感覚がスッと軽くなる。
いつもより振り抜けた。
全身の力が球に伝わった感覚が伝わる。
その球はミットに向かって突き進み。
しかし、そこに収まることはなく。
富樫さんのバットに引っ掛かり。
打球は烏丸さんのグローブに収まった。
「アウト!」
ショートライナー。
三者凡退で乗り切った。
『二回裏、平業高校の攻撃は、四番、ファースト、郷田君』
「よっしゃーー、行こうぜ郷田!」
「振って行こうぜ!」
「当たりゃ何とかなる!」
ベンチの声は大きくなった。
諦めなければ、必ず攻略法は見つかるはずだ。
とにかく、気持ちを持っていかれるわけにはいかない。
「正直、打てる気がしないぜ……」
烏丸さんが呟く。
「烏丸さんでもそう思う程ですか?」
「あぁ。球速の変化もほとんど無いし、手元で一気に落ちるんだ。見分けがつきにくい」
「あれ、その特徴って……」
「スプリットに近いな」
スプリット。
ストレートに近い球速で落ちる球。
国光さんの、球速の落ちた、大きく落差のあるフォーク。
鈴さんの、手元でキレるフォークに、落差は小さいが速いスプリット。
富樫さんは、速く、手元で大きく沈むフォーク。
「富樫さんのフォークは、まさにウイニングショット。それを崩すのは至難の業だ。本当に恐ろしい人だぜ……」
烏丸さんをして、これほどの言葉。
間違いなく関東を代表する投手だろう。
郷田は三振に打ち取られた。
その後、平業は三者凡退。
三回表。
先頭打者は一番から。
・森本京平side
二回表を三人で乗り切れたのは大きい。
何とか勢いを塞き止められた。
この回、一番打者を食い止めることができれば、少なくとも、こちらのリズムは安定するはず。
(初球、強気に。インハイへのストレート、来い!)
綺麗な回転で突き進む球は、外れてボールになった。
しかし、相手が仰け反ったことで、強烈なインパクトになったことが伺える。
次、アウトローへのストレート。
これはストライクになる。
面食らったような顔をする打者。
打者に最も近いインハイ。
最も遠いアウトロー。
ストレートだからこそ、この二つのコースが物を言う。
再びアウトローへストレート。
構えたところにドンピシャな球は一番打者のバットに引っ掛かり、ピッチャーゴロになる。
よし!
・菅原迅一side
ふぅ。
何とか一番打者を抑えられたな。
二番と三番も手強いが、一番が出るのとそうでないとでは大きく違う。
これで、落ち着いて守れる。
二番にはチェンジアップ、三番にはストレートで、ライトフライに打ち取る。
ランナーを溜めない状態で、次の回、神木と対戦することになる。
三回裏。
さて、守りだけでは勝てない。
攻撃を何とかしないとな。
「せめて一回でもランナーを出さないと、試合を動かしようが無いんだよな」
「何でだ?」
「打席からだけでなく、後ろからもプレッシャーをかけられるからな。それで相手がどう動くのかを見られれば、どう崩していくのか見やすくなる、んだけども」
「ストライク、バッターアウト!」
「固いんだよな、投手の壁が」
富樫さんは四強のエース。
それを崩すのは至難の業。
ましてや平業の総合的な攻撃力は、並かそれ以下。
希望があるのは、上位打線のみ。
「じゃあどうするよ。このままだと、パーフェクトにされちまうぞ」
「とにかく見るしかねぇな。あの人、投げる球全部凄いから、前半はとにかく目を慣らさないと、対策の立てようが無い」
『九番、ピッチャー、菅原君』
いよいよ俺の打席。
とにかく、ストレート、フォークと稀に投げてくるカーブ。
これらは全部見ておきたい。
(現状、フォークを投げられるとどうしようも無いんだよな……)
幸い、フォークの負担を考えれば、そんなに数を投げないってことは考えられるんだけどな……ん?
負担?
あの人、今一打席につき、二球は投げてるよな?
それも結構なペースで。
ということは……?
カット。
カット、カット、カット。
ストレートとカーブをカットし続け、ファウルの山を築く。
今何球目だっけ?
つか、そろそろ来いよ。
折角フルカウントなんだしよ。
あと一つ、ストライク欲しいだろ?
なら、投げてこいよ。
こんなしつこいバッター、さっさと下げちまおうぜ。
ストレート、カット。
カーブ、カット。
三回裏スタートの時点で20球だっけ?
前の二人で7球。
俺だけでその半分は投げたんじゃないか?
つか、全然投げねぇなフォーク!
そろそろ来いよ!
次の球を放る。
速い。
来たのは……。
(ッ、フォーク!)
待ちに待たされた、ウイニングショット。
考える前に身体が動いた。
大袈裟なくらいに下に振ったバットから、一際大きな打撃音。
内野の頭を越え、打球はセンターのグローブに捕まれる。
センターフライ。
平業、得点ならず。
ベンチに戻ると。
「惜しかったな菅原!」
「お前凄ェよ!」
「投手のくせに、どんだけ粘るんだよ!」
「熱すぎんぜお前!」
先輩達の熱烈な歓迎に揉まれた。
その中で、後ろの方で、京平が何か呟いているのが耳に入った。
「19球、一人でこれだけ粘ったのかよアイツ……一人だけ、頑張らせたままじゃ、奴の相棒は語れねぇよな……ッ!」
・富樫観月side
「ガハハハハ!!」
「富樫さん、何か嬉しそうですね」
「嬉しくないわけがない。期待していた投手が、ワシとこれだけやりあえる打者でもあったとはな!」
「期待通りですか?」
「期待以上。久しぶりにこれだけ飛ばしたんじゃ。もっともっと盛り上がらんとな!」
霧城ベンチは、更に熱くなったわ!
さぁ菅原、そして平業高校!
もっと熱くさせてくれや!
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