第43話・いよいよ

「いよいよ明日の朝、だな」

 窓越しに夜の空を見て、一人呟く。

 あれ、何かこれ、風情がある?


 結局、応援団は来るらしい。

 来たところで、実質アウェーになるだけなのだが。

 尾上さんにそれを話したら、良かった良かったと言っていた。

 尾上さんも、男子部活の応援に行くよう色々手を回していたらしい。

 あの人、何者なんだろうか……。


 ピロン。

 携帯から着信音が鳴る。

 出る、と。

『俺だ俺』

 ガチャン!

 携帯だからそんな音はしないのだが、受話器タイプならそんな音がするだろうなという勢いで、切ってしまった。

 再び着信音。

『何故切る』

「俺の知り合いに、俺だ俺さんはいない」

『そう言うな。俺とお前の仲だろ』

「人が打てないのを喜ぶような野郎に仲など無いわ」

『敵チームが不調なら喜ぶだろ』

 ぐぅの音も出ない。

「本当に何なんだよ。明日試合だってのに、喧嘩売りに電話してきたのか?」

『普通に冗談だろ。これでも心配してたんだぜ。板先の時は調子良かったみたいだし、安心はしてるけどな』

 神木に心配されるとは、意外だった。

『これで明日は、心置きなくやれるよな』

「……あぁ。どっちが勝っても文句は言うなよ」

『言ってろ。練習試合での三振の借りは返させてもらうぜ』

 神木咲良。

 霧城高校の怪物スラッガーの一年。

 俺は、明日、コイツと戦うのだ。

「『絶対負けねぇ!』」



 ・森本京平side


 試合前日の夜。

 俺は、昼に監督に言われたことを思い出していた。

「菅原を先発にする。向こうが誰を出してこようと、菅原には投手戦を戦い抜いてもらわなければならない」

 矢岳にも板先にも、ウチの打力が通じてコールド勝ちできた。

 だが四強相手には、話が変わってくる。

 攻守共に一気にレベルが跳ね上がる。

 おそらくフルで戦うことになる。

 自分も含め、打点は多くは期待できない。

 そうなれば迅一には一試合投げ抜いてもらう必要がある。

 いかに失点を防げるか、それは迅一だけの問題ではなく、捕手の自分の責任もある。

 ふぅ。

 気負いすぎるのも駄目だな。

 今日受けてみた感じ、悪くは無かった。

 後は本当に信じるしかない。

「まぁでも、楽しみだよな。アイツと俺が、どこまで通用するのか」



 ・菅原迅一side


 翌朝、試合当日。

 球場入りを済ませ、アップも終了。

 後は試合開始を待つまで。

 先攻は霧城、後攻は平業。


 平業のオーダーは、

 一番ショート烏丸さん。

 二番センター藤山さん。

 三番ライト石森さん。

 四番ファースト郷田。

 五番レフト鷹山さん。

 六番キャッチャー森本。

 七番セカンド星影さん。

 八番サード山岸さん。

 九番ピッチャー菅原。


 監督の予告通り、俺が先発。

 国光さんは温存するようだ。


「いよいよだな」

「ああ」

「初の公式戦のマウンド、力むなよ?」

「分かってるよ」

「「行こうぜ、相棒!」」


「礼!!」

「「「シャァァァッスッ!!!」」」


 霧城高校

 対

 平業高校


 夏の甲子園予選、西東京大会、三回戦、開幕である。



『一回表、霧城高校の攻撃は、一番、セカンド北澤君。背番号4』

「プレイ!」

 審判のコールでいよいよ始まる。

 先頭打者。

 この人を抑えるか出すかで、試合の流れは一瞬で決まる。

 スタートダッシュの流れを断ち切るのは、困難と言える。

 だからこそ、先頭だけは抑えなければならない。

 まずは、初球。

 いきなりインコースにストレート。

 それ、本当に大好きだよな!

 パァァァンッ!

 ミットから快音が響く。

 よし、良い球だったな。

「ボール!」

「ありゃ!?」

 嘘だろあれ外したの!?

 恥ずっ!

「オーケーオーケー、良い球だ!」

(紙一重、だな。ここはボール扱いってことか。迅一、今日の審判は厳しいぜ)

 京平が目で訴えてくる。

 迂闊にインコース厳しくいけないってことかよ。

 かなりゾーンが狭くなるな。

 二球目。

 またインコース真っ直ぐ。

 詰まった当たり。

 これはセカンドがしっかり捕ってアウト。

 よし、まずは一つ目。

 勢いに乗って二番を打ち取る。

 三番はライト前に打球を運ばれ、ツーアウト一塁。

『四番、ファースト、神木君』

 いきなり勝負かよ。



 ・森本京平side


(嫌な場面だな……)

 前回と違って、完全にフルメンバーで挑んできた。

 三番に運ばれたのは大きい。

 やっぱり研究されてるよな。

 さーて、どうするか。

 ストレート、アウトコースで見るか、それともインコースで強気に?

 いや、初球チェンジアップもありか?

 左打者だし、チェンジアップが甘くなれば危険すぎるしな……。

 まだスプリッターを出すのも危険。

 ならば真っ直ぐ。

 アウトロー厳しく!

 迅一が放る。

 その球が俺のミットに届くことは無く。

 金属音が耳に入るだけ。

(おい、待て待て。嘘だろ)

 あれを、捉えるかよ。

 ボールは右中間へ落ちる。

 既に走り出していた三番打者はホームへ帰ってくる。

 打った神木は二塁へ。

 霧城、いきなり先制点。

(良い球、だったけどな……)


 五番が出塁して、六番をショートフライに打ち取ってスリーアウト、チェンジ。

 1対0。

 いきなり神木に、その打力を見せつけられる展開となった。

 もし甘く入っていたら、スタンドか。

 いや、甘くないさっきの球でもフェンス手前だった。

 本当に化物だな。

 ベンチに戻る。

「迅一すまん。俺の見立てが甘かった」

「いや、大丈夫だ」

 何やら声色がおかしい。

 悔しさもあるが……。

(笑ってる?)

「京平、やっぱアイツすげぇわ」

「迅一、お前……」

 その瞳は、燃えていた。

「……負けてらんねぇよな!」

 へへ。

 心配は必要なかったか。

 熱い男になったな、迅一。



 ・神木咲良side


「神木、ナイバッチ!」

「良いねぇ、流石怪物!」

 ベンチに戻ると、先輩達が笑顔で迎えてくれた。

「先輩方のおかげですよ。次はスタンドまで運んで見せます」

「言うねぇ!」

 いや本当に。

 よく打ったと自分でも思う。

 あのストレート。

 球速があるわけではないが異常に伸びる。

 だからこそ、振り遅れかけた。

 あと一瞬でもズレていたら、アウトになっていたかもしれない。

 そんな紙一重の一瞬の勝負。

 第一戦は俺の勝ちだが、実質引き分けのようなものだ。

(これだよこれ。こういう勝負を待ってたんだよ、菅原!)

 この試合、まだまだ、熱くなれそうだな。



 ・菅原迅一side


「あれが富樫さん……」

 フォークが武器の右腕。

 霧城高校の、エース。

「何というか、落武者?」

「物々しい雰囲気だよな」

「本当に現代の高校生かよ……」

 ウチのベンチは言いたい放題だ。

 だけど確かに、只者ではない気がする。

 滲み出る闘志に、球速も140後半。

 制球も良さそうだ。

 嶋さん曰く、

「富樫は笠木鈴と張り合う、いや、投手としての出来なら、笠木を超える。まず間違いなく、地区最強の投手として候補に上がる選手だな」

「そ、そんなに……?」

 あの鈴さんを超える……?

「荒々しい奴だが、プレイヤーとしては一流なのには違いない。コイツを崩せない限り、ウチに勝利はないと思え」

 烏丸さん、お願いします……!


 つーか、応援団ってどうなってんだ?

 来てはいたけど。

 すると、吹奏楽の音と共に、応援団の声が聞こえ……。

 ……にくい!

 弱い!

 やる気が無いのが伝わる!

 面倒なんだろうな、きっと!

「かっとばせーー、烏丸!!!」

「団長の声だけやたらデカいな」

(あの人、嶋さんが見れないのショックなんだろうな……)


 初球、外へ真っ直ぐ。

 二球目、三球目を外して、四球目はストライク。

 カウントツーツー。

 五球目……。

 その時、信じられないものを見た。

「な、何だ、あの、フォーク……!?」

 その言葉を、誰が言ったか覚えていない。

 否。

 誰が言ってもおかしくなかった。

 その場の誰もが、同じ気持ちだったのだから。

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