第41話・夏の涙

 ・矢岳工業高校、監督side


「どうなっているんだ、これは……」

 今ウチが戦っているのは、本当に平業高校なのか?

 ウチが大差をつけられて負けている?

 平業高校程度に?

「か、監督、どうしますか!?」

「と、とにかく、点をとれ!守備の穴があればとにかく崩せ!」

 しかし、相手の先発は顔色一つ変えずに、ウチの打線を抑えてしまう。

「去年の秋とはまるで別のチームだ。一体、何があったんだ……!?」



 ・菅原迅一side



 堂本さんの好投により、平業は無失点。

 打線はバントやスクイズを駆使して、必ず一点を取る。

 それを積み重ねて、五回裏で7点目。

 矢岳ベンチは唖然としている。

 それもそのはず。

 舐めてかかっていたはずの平業に、大量の点差をつけられているのだから。

 先発が5失点。

 二番手投手が2失点。

 矢岳の勝利のイメージが、着々と崩されている。

 六回表。

 クリーンナップから。

 三番打者に徹底したアウトコース攻め。

 絶妙なボール球に手を出させて内野ゴロに抑える。

 続く四番打者。

 変わらずのアウトコース。

 変化球を織り混ぜた緩急によって翻弄し、結果は内野フライ。

 打球が内野の頭を越えることはできない。

 そして五番打者。

 真っ直ぐで追い込み、五球目、カーブで三振をとる。

 打線は勢いに完全に呑まれている。


 六回裏。

 先頭打者は二番藤山さん。

 甘く入った変化球を打ち返し、ショートの頭上を越えさせる。

 続く三番京平。

 バッターボックスの立ち位置をホームベース寄りにして、インハイストレートを誘い込んで、右中間を綺麗に抜けさせる。

 ランナー、二三塁。

 そして四番郷田。

 コイツはもう言うまでもない。

 動揺してすっぽ抜けたカーブを叩き、バックスクリーン直撃の弾丸ライナー。

 ということで、六回コールド。

 平業、一回戦突破である。


 試合後、すぐにグラウンドを出て荷物を積み込む。

「レギュラー陣は現地解散とするから、残って試合を見ておけ。他は戻って練習してもよしとする。気温もピークだし、各自体調と相談して行動すること」

 三原監督の指示で俺達は球場に残ることになった。


「今日は第四まであるんだっけ?」

「おう。第四はベスト8のチームだ。見ておいて、損はない」

 試合を見ながら話す京平。

 コイツ、攻守で大活躍だったな。

 先輩達にも力負けしていなかった。

 そういえば、聞きたいことがあったんだった。

「京平ってアベレージヒッター寄りだよな。何か意識とかあるのか?」

「意識?」

「おう。例えば、特別重心にこだわっているとか」

「あー……、無いわけじゃないけどよ。教えたらお前すぐ吸収しちゃうじゃん。大会中に変な感覚覚えてほしくないんだけど」

「何だよ変な感覚って」

「俺には俺の黄金比があるんだよ。お前に全く同じように教えても、それがお前にハマるとは限らないからな。まず打者としてのタイプが違うし、教えたくない」

「俺と京平ってそんなに違うか?」

「違うって」

 京平はスタンドで行われる第三試合を横目に説明してくれる。

「まず、アベレージとかアーチストとかは置いておいて、部類をざっくり分けるとミート型とパワー型。前者はチームバッティング向きで、後者はここぞという時の得点源を任せられる」

 前者は烏丸さんや京平のタイプで、後者は嶋さんや郷田のタイプだ。

「迅一も俺も、同じミート型。でもさっき俺はタイプが違うって言ったよな?」

「おう」

「打席での意識で、スイングスタイルは大きく変わるんだ。迅一、打球の方向はどこを意識してる?」

「方向……。右中間かな」

「ちなみに俺は一二塁間だ。この時点で、飛ばそうとする距離が違うよな。違いはここなんだ。その意識に準ずるスイングになるんだよ。俺は逆らわずコンパクトに、お前は引っ張ろうと少し大きなスイングになる。角度も、片や水平で片やアッパー気味ってな」

「なるほど……」

「これはソイツの打撃の根本に関わることだから、直そうとするとどうしても基本を見失いやすい。大会中にスタイルを教えたくないってのはそういうことだ」

 色々考えているのだ。

 京平の発言全てを、俺が正しく受け止められているとは思わないが、少しコイツの強さの理由が分かった気がする。

 ここから理解を深めていけば、リードの意図も少しは分かるようになるだろうか。

「よく分かったぜ。悪かったな無茶なこと言ってよ」

「いや、俺もケチくせぇこと言ったわ。まだ先はあるんだ。じっくり変わっていこうぜ」

「おう」


「やっべぇ、夢中になりすぎて我慢しすぎたわ」

 襲い掛かる尿意に耐えきれず、トイレに走る。

 何とか間に合って、出すべきところに出して流す。

 ふぅ、スッキリした。

 スタンドに戻ろうと思ってトイレを出て元の道を行くと。

「うっ。うっ……」

「お前達はよく戦った。残念な結果には終わったが、お前達の積み重ねてきたものは、決して無駄ではない。この三年間、本当にご苦労だった」

「監督、さ、ん年間ッ、あり、がとう、ございました……ッ!」

「それはこちらのセリフだ……。本当にありがとう」

 俺達と戦った矢岳工業の選手達が泣いていた。

 ……そうか、この人達の夏は、もう、終わったのか。

 俺達の手によって。

 誰かが勝つことは、誰かが負けること。

 この涙は、とても重い。

 なるべく目が合わないように、素早くその場を後にする。

 彼らの悔しさを、無駄にするわけにはいかない。


 同日、夕方。

「一応学校戻るか」

 現地解散とは言われたが、まだ誰か練習してるかなと思って学校に戻ることにした。

 バスを降りて、少し歩いて学校のグラウンドに向かう。

 案の定、誰か練習しているのが見えた。

 よく見たら、国光さんだった。

「国光さん」

 近くまで行って声をかける。

 汗だく。

 俺らより先に帰って、かなりの時間練習していたようだ。

「おぉ、菅原か。直帰しなかったのか」

「はい。誰かいるかなと思って来たんですけど、国光さんだけですか?」

「アイツらなら今は室練にいるよ。相当滾ってたみたいだし、暴れたくて仕方ないんだろうな」

「試合、出られないんですもんね」

「ああ。悔しさはまだまだ消えてないだろうからな。水入らずで発散させてやろう」

「はい」

 俺は今日、チャンスの場面で得点を逃したところがある。

 投手としての出番が無くても、打者としての仕事が求められている以上、半端な仕事をしてはいけない。

「日に日に、顔付きが良くなっていくな」

「え、そんなに悪かったですか?」

「いや。戦う者の顔付きになってるってことだよ」

 国光さんと話をしながら、俺はバットを振り続けた。

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