第40話・開幕

 7月某日。

 夏の甲子園予選、東京大会、開会式当日の朝。


「デカっ!」

「流石神宮球場、雰囲気あるなぁ」

「今までは見る側やったけど、これからは戦う立場になるんやな」

 俺達一年はその雰囲気に圧倒されていた。

「おっ。おいでなすったな」

「西東京四強、か」

 海王高校、火山高校、千治高校、そして霧城高校。

 やっぱり四校揃うと迫力が違う。

 他の高校ほとんど退いてるし。

 主将同士で話し合ってるのが見える。

 互いに意識しあってんだなぁ。


 その様子を見ていると。

「菅原~~!」

 聞き覚えのある声が耳に入る。

 振り向くと、火山高校のエース、笠木鈴さんだった。

「あ、どうも」

「他人行儀だな。しばらく会わないと関係がリセットされんのか?」

「決してそんなことは……。鈴さんこそ良いんですか。向こうにいなくて」

「まぁ、どうせいても暇なだけだしよ。それよりかお前と話したくて仕方がなかったんだわ」

「話すことあります?」

「無かったら来たら駄目なのか?」

 この人、マウンドにいるときと随分違わない?

「聞いたぜ。嶋さんが倒れたってな」

「倒れてないです。今いるし」

「まぁまぁ、似たようなもんだろ。で、どうなんだ。このまま大人しく敗退するとでも言うのか?」

 声のトーンが下がる鈴さん。

 どうするって、そんなの決まってるじゃないか。

「生意気にもアンタらとやりあった一年がいるチームですよ。このまま終わらせるわけないでしょう?」

「……ハハハッ、違いねぇ!」

 笑いながらバンバン背中を叩いてくる。

 その笑みは疑いの一つも感じさせず。

「よーし、そんだけ言えれば充分だ。準決勝で待ってるぜ、菅原!」

 ワーハッハッハ、と高笑いしながら帰ってく鈴さん。

 疲れる人だな……、準決勝まで進むの確信してんのかよ。

「流石笠木鈴だな。自分達が勝ち進めるという自信が、色んなところに出てる。お前との勝負が楽しみなのも、本心だろうけどな」

「あぁ、そうだな。……って!」

 ビックリしたァ!

 気付いたら後ろに神木が立っていた。

 図体の割には気付かないものだ。

「よう。悪かったなこの間は」

「いや、気にするな。俺の個人的なアレだしよ」

「しかしまぁ、不運な話だよな。三回戦で霧城、準々決勝で千治、準決勝で火山って。お前ら今回最高難易度だぜ?」

「四強のうち三校が同じ山ってのも面白すぎるけどな。何よりそのうち二校と対戦経験があるってのがより難易度上げてるな」

「ま、手の内見せてるわけだしな。で、どうだ。新球完成したのか?」

「したよ。ま、二回戦まで行けたら見せてやれるわ」

「じゃあ勝て。死んでも勝て」

「うおっ。お、おう」

 迫真の真顔で迫ってくる神木。

 ビックリしました。


「あっれっれっー、そこにいるのは迅一クンじゃないのかーい?」

 ゾワッ。

 自分の名を呼んだ声が耳に入った瞬間、寒気がした。

 他人からソイツの話を聞くよりも、ソイツ自身の声を聞く方が遥かに気分が悪い。

 声の方を向くと、そこにいたのは。

「俺様のことを覚えているかね。新宮煌雅様だよ!」

 知るかボケェ!

 と叫びたかったが、ぐっと堪えた。

 コイツと関わるとロクな目にあわない。

 目線を合わせないように下を向いてフェードアウトしようとすると。

「おや、覚えていない?まさかこの俺様のことが記憶に無いとでも?まさか君のような雑魚にも覚えられていないとは、俺様もまだまだだなぁ、ハッハッハ!」

「……」

「何無視してんだよ雑魚の分際で。お前ごときが声をかけてもらえるだけ、ありがたいと思えよゴミクズ!」

「……ハイハイアリガトウゴザイマス」

「この野郎、偉くなったもんだなぁ迅一クンよ!この俺様にそんな態度をとって許されるとでも、思っているのか!?」

「いや知らねぇし。第一、中学でもそんなに話さなかっただろうが。何で今になって絡んでくるんだよ」

「俺様はな、雑魚がグラウンドに立つことが許せないんでね。雑魚にはしっかり身の程を教えておこうと思った次第よ。まさか、君ぃ選手として戦うつもりじゃ無いだろうね?」

「無論そのつもりだが?」

「カーッ!これは驚いた!雑魚でゴミクズで凡人の君が!マウンドに立つと!俺様の聖域を汚すと!これは許せん!許されませんよアンタねぇ!」

「相変わらず二人称安定しねぇな」

「黙れ!口を開くなゴミクズ!」

「雑魚かゴミクズかで統一してくれよ」

「ゴミ雑魚!」

「……もうそれでいいや」

 疲れる。

 つか、さっきから敵チームの近くでまぁ罵詈雑言の嵐だけど気付いてんのかコイツ。

 つか新宮って自分以外全員ゴミだと思ってるから、誰が何してもゴミって言いそうだけども。

 千治の人コイツをコントロールできてんのかしら。

「おい、今圧倒的にアウェイだぞお前」

「おっといけない。では迅一クン、もしキミと戦うことがあれば、その時は容赦なく潰してあげよう!光栄に思いたまえ!ハーッハッハ!」

「……うるせぇな」

 引いていた神木が、ご機嫌に去っていく新宮と入れ替わる形で戻ってきた。

「騒がしい奴だったな。煌めいてはいたが、雅さもまるで無かった」

「まぁ、そういう奴なんだよ、ずっとな」

 あー気分悪い。

 アイツと戦うんだもんなぁ。

 その前に霧城だもんなぁ。

 ……夏の大会めちゃくちゃピンチじゃん。



『えー、本日は大変……』

 広すぎ、人数多すぎ、暑すぎで、会長さんの声はほとんど聞こえてこない。

 つか何で平業の隣が海王高校なんだよ。

 圧ヤバすぎだろ。

 意識が浮わつきながらも、開会式は無事、終わった。


 午後3時。

 一回戦、第二試合。

 平業の対戦相手は矢岳工業高校やたけこうぎょうこうこう

 守備の良いチームだ。

 昨年の夏はベスト8まで勝ち進んでいる。

 春大会では悔しい思いをして、一回戦で平業と当たる形になったようだ。

「まぁ、矢岳選手諸君には当然舐められている。だから、遠慮なくその甘さを突かせてもらおう」

 三原監督の指示はシンプル。

「とにかく得意なプレーで点を取れ。一回に二点とれば五回でゴールドだ。萎縮したプレーで相手に調子付かせるよりも、大胆なプレーでプレッシャーをかけろ。相手は気付いたら追い込まれているからな」

 自分のプレーを積み重ねる。

 それこそが、平業の勝利への近道。

「先発は堂本。試合後半は泉堂を上げる。菅原はライトに。主砲はいない。だが、攻撃力が落ちたわけじゃない。嶋がいないからこそできる攻撃で、相手の守りを攻め崩せ!」

「「「応ッ!!」」」


『お待たせいたしました。西東京大会、本日の第二試合、矢岳工業高校対平業高校の試合を開始いたします。先攻、矢岳工業高校の選手を紹介いたします。一番……』


『引き続きまして、後攻、平業高校の選手を紹介いたします』

『一番、ショート、烏丸君。烏丸君。背番号6』

『二番、センター、藤山君。藤山君。背番号8』

『三番、キャッチャー、森本君。森本君。背番号2』

『四番、ファースト、郷田君。郷田君。背番号3』

『五番、ライト、菅原君。菅原君。背番号18』

『六番、レフト、鷹山君。鷹山君。背番号7』

『七番、セカンド、星影君。星影君。背番号4』

『八番、サード、山岸君。山岸君。背番号15』

『九番、ピッチャー、堂本君。堂本君。背番号10』

『審判の紹介をいたします。球審……』


 両チーム選手、ベンチ前に並ぶ。

 いよいよ試合開始。

 球審が宣言する。

「整列!」

「「「行くぞォォォォッ!!!」」」

 両チーム、主将の一声で一気に駆ける。

 整列し、審判の一声で始まる。

「礼ッ!」

「「「シャァァァッス!!」」」


 夏の大会、甲子園をかけた球児達の熱き戦いが、いよいよ開幕。

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