第39話・背番号

「今日集まってもらったのは他でもない。レギュラーメンバー20名、そして背番号を発表しようと思ってな」

 遂に。

 夏の大会を戦う20名が決まる。

 三年生15名。

 二年生12名。

 一年生7名。

 この中で選ばれないのは14名。

 誰が選ばれてもおかしくはない。


 監督が背番号を手に、発表する。

「背番号1、三年、国光由謙くにみつよしかね!」

 まず呼ばれたのは国光さん。

 この日をもって、このチームのエースが決定した。

 ガッチガチの国光さん。

「私がこれを渡す意味、分かるな?」

「はい、この番号に恥じぬよう、全力で頑張ります!」

「うむ。よくぞ、ここまで来たな。これからも期待してるぞ」

「はい!」

 その背中は、堂々としていた。

 カッコいいな。


「背番号2、一年、森本京平!」

「背番号3、一年、郷田真紀!」

「背番号4、三年、星影祐一!」

「背番号5、三年、嶋奏矢!」

 呼ばれた。

 嶋さんが、背番号5を渡された。

 それが意味するメッセージは。

「戻ってこい。必ず。共に勝とう」

「はい。俺はまだ、諦めてませんよ」

 なんだ。

 俺らが落ち込む必要なんか無かった。

 本人がこの調子なんだから。

 俺達は、勝つことで待ってりゃ良いんだ。


「背番号6、二年、烏丸御門!」

「背番号7、三年、鷹山陽平!」

「背番号8、三年、藤山泰成!」

「背番号9、二年、石森風太いしもりふうた!」

「背番号10、二年、堂本篤どうもとあつし!」

「背番号11、二年、泉堂大地!」

「背番号12、二年、濱航はまわたる!」

「背番号13、三年、横山勇平!」

「背番号14、一年、荒巻薫!」

「背番号15、三年、山岸理貴!」

「背番号16、一年、島野勇!」

「背番号17、三年、樋川万智ひかわまち!」

「背番号18、一年、菅原迅一!」

「背番号19、三年、菊谷一平!」

「背番号20、二年、緑川喜介みどりかわきすけ!」


「以上だ。選ばれなかった三年生は残ってくれ。その他は、自主練とする」


 あれ、何だ、この空気。

 皆、下を向いて……。

「菅原、行くぞ」

 嶋さんに背中を押され、俺はその場を離れる。

 その時、残った六人の顔が一瞬見えた。


 ーー泣いていた。


 え。

「見るな。これがアイツらの、最後なんだ」

 最後。

 選ばれなかった。

 すなわち、それは、彼らが最後の夏に、グラウンドで戦えないということ。

 自分達は、その人達の代わりに、戦うことを託されたのだ。

 その自覚は、俺の中に一瞬にして駆け巡った。

「あ……えっ」

「何も言うな。その言葉が、アイツらの悔しさを薄められるわけじゃない。俺達のやるべきことは、戦うことだ」

 選ばれたことは素直に嬉しかった。

 だが、実際に選ばれたことで怖くなった。

 最後の夏に戦えない人の思いを背負っているということ。

 誰かが勝つということは、誰かが負けるということ。

 それが勝負の世界。

 本当に、怖くなった。



 ・森本京平side


 翌日、放課後。

「迅一、明らかに調子悪いな」

「昨日からずっとあの調子や。まぁ、余計な事考えて、変に気負ってるんやろうけど、こればかりは本人の問題やしなぁ」

「大会直前だし、何とか立ち直ってもらいたいんだがな」

 俺とマキ、迅一。

 ストレート、チェンジアップ、ツーシンカーに新球スプリッター。

 縦スラとスプリットの中間のような変化なのでスプリッターと名付けた。

 現在時点で、迅一の手札はかなり増えた。

 ストレートに近い感触で投げられるので、感覚さえ覚えてしまえば使い勝手が良いものばかりだ。

 後はそれをどう配分するか、それを今日である程度まとめてしまいたかったのだが。

 制球も乱れ、息の上がりも早く、何より気持ちが乗っていない。

「これまで、色んなチームの最後の夏にかける思いに触れてきたからこそ、味方のそれに余計思うところがあったのかもしれないな」

「本人が思ってる以上に球に気持ちが乗りやすいだけに、メンタルが悪ければそれも顕著に出やすいと。調子とはまた別の問題やし、解決も難しいな」

「だからってこのままにしとくのもな。リリーフで迅一がいつでも投げられる状態でないと、先輩達も変に緊張するだろうし」

「せやなぁ……」

 難しい。

 気持ちのムラは、調子のムラと違って他人が立て直せるものでもない。

 だからって、放置しとくと余計に悪化するかもしれない。

「とりあえず今日の練習は様子見だな。どこかで気持ちが切り替わるかもしれないし、大会前にあまりたくさん投げさせるのもあれだしな」

「せやな」

「迅一、今日は終わりで明日仕切り直しだからな!」

 そう言って室内練習場を出ようとすると。

「ちょっと待ってくれ森本」

 三年の先輩達が声をかけてきた。

 昨日、レギュラーから外れた先輩達だ。

「森本。菅原と勝負させてくれないか」

「え?」

「ちょっとだけ練習見せてもらった。随分しょっぺぇピッチングしてたからよ。喝入れてやろうと思ってな」

「喝って、今不調で投げさせて変な癖が付いても困るんです。それに、昨日の今日でアイツにストレスかけたくないんですよ」

「お前の言うことも分かる。だからすぐ終わらせる。アイツの不調はシンプルに俺らが原因だ。なら、俺らに解決できるかもしれねぇだろ」


 フル装備で打席に立つ先輩。

「おい菅原。何だそのザマは。それが俺らの代わりにフィールド立つ野郎のプレーかよ」

「今からでも俺らと代わるか?」

「投げてみろよヘボピー。マウンド立てなくしてやるぜ」

 先輩達の挑発。

 つか、投げられんのかアイツ。

「……言ってくれますね。自分で言うのもなんですが、今の俺は絶不調です。当てるかもしれませんよ」

「当ててみろよ。当たったところで、痛くも痒くもねぇぜ」

「……知りませんよ」

 本当に大丈夫かよ。

 つか若干キレてない?


 打席に立つのは山口さん。

 とりあえずアウトコースに。

 迅一は構え、否、首を横に振った。

 拒否された……。

 まさかと思ってインコースに構えてみる。

 縦に振る。

 嘘だろオイ。

 本当に当てるつもりじゃないだろうな。

 当てるなよ、当てるなよ!

 迅一の放った球はミットに収まった。

 あれ?

 今、球走ってた?

 もう一球インコースに。

 二球目、バットに擦って再びミットに収まる。

 三球目、アウトコース、ストレート。

 三球三振。

 三球全て、ドンピシャ。

 これは……。


 その後、六者連続三振にとった迅一。

 勝負を終えた先輩達は笑っていた。

 投げた迅一本人は、驚いていた。

「それだよそれ。投げれんじゃねぇか。その球が見れたから、俺達はお前に託せんだよ、俺達の三年間をな」

「悔しくないと言えば嘘になる。でも楽しみでもあるんだぜ。自分達の代わりに選ばれた一年共が、どれだけの戦いを見せてくれるかをよ」

「余計な事考えてねぇで、シンプルにベストなピッチングすりゃ良いんだよ」

 皆さん、その顔は、晴れやかだった。

 迅一に、期待しているのだ。

 自分達の夏を預けようと思うほどに。

 恨んでなどいないんだ。

 迅一、お前にはこれだけ信頼してくれる先輩がいたみたいだぜ。

 最後に山口さんが。

「頑張れよ菅原。アイツらに、甲子園を見せてやってくれ。俺達も最後までサポートするからよ」

 その言葉を聞いて。

 迅一は涙を流しながら、頭を下げた。

「……はい、ありがとう、ございます」


 思いは背負った。


 後は戦い続けるのみ。


 いよいよ、夏の甲子園予選大会、開幕。

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