第37話・結果

 尾河さんがビデオを映しながら説明を始める。

「今回の対戦校は、鴉沢からすざわ学園高校。東東京ベスト8のチームです。特に目立つのがバッテリー。エース九里くりと四番の捕手比嘉ひが。火山のように多くが強打というわけではなく。霧城のように一人一人が特筆した個性があるわけでもないです。このバッテリーが力でねじ伏せ、点を取るようなチームですね」

「四強に比べると劣りますかね?」

「比べちゃえば、そりゃ劣るよ。でも、油断ならないのは間違いない。ストレート真っ向勝負で平均失点は1。失点が少ない分、少ない得点で勝つことができるってね」

 それを聞いて、烏丸さんが言う。

「……それができるくらい、九里は凄いか」

「九里が変化球任せの投手なら、打てないことは無かったしれない。真っ直ぐ以外の球も織り混ぜるようなリードだったら、必ず捉えられた。でも」

 尾河さんはビデオを切り替える。

 再生して映ったのは九里という人。

 その球は、この場の全員をどよめかせた。

「これが九里のストレート。一年から、ずっとこれだけを磨いてきた。変化球はたった一つだけ。しかも三試合に一球のペースだ。チームがチームなら、これ一つで甲子園で通用しただろうね」

 九里さんのストレート。

 まさしく、豪速球の名にふさわしいものだった。

 郷田の顔を見る。

 もしかしたら、コイツも、こんな球を投げていたのかもしれないんだよな……。

「できる対策は限られます。守備の粗さを突く。基本的にこれ以外は無いと思ってください。今回ばかりは、嶋さんでも得点は難しいことを前提にして、チーム全体でプレッシャーをかけて、とにかくリズムを狂わせるのがポイントですね」



 ・鴉沢高校、九里大門くりだいもんside


「馬鹿野郎、ミート練習用の木製バット容赦なくへし折りやがって!」

「少しは加減しろ!」

「いくらかかると思ってんだ!」

 たっく、酷い言われようだな。

 投げろっつったから投げたのによ。

「加減したら俺の練習にならねぇだろ」

「「加減しなきゃ金がかかるんだよ!!」」


「威力がありすぎるってのも考えもんだな。アイツら、バイト代が消えるって泣かされてるぜ」

「部費から出せば良いのによ」

「結果出してないから学校も出してくれないよな」

「ベスト8って結果にならねぇのかよ」

 ボロボロのグラウンド。

 元々ソフトボール部が使っていたグラウンドを、廃部したので野球に譲ってもらったのを野球用に整備したのだが、フェンス等の設備はやはり古い。

 道具とかは自分達のバイト代で賄うしかない。

 こんな環境だが、ベスト8まで上り詰めることができた。

 比嘉をはじめ、俺との野球に着いてきてくれた。

 今年の夏が、最後の戦い。

 夢の舞台、甲子園。

 ここまで着いてきてくれたアイツらを、どうしてもあそこに連れていきたい。

 その為なら、手加減以外は何だってしてやるさ。


「よっしゃお前ら、俺の本気の真っ直ぐ、打てるようになるまで投げてやる!」

「き、金属で勘弁してくれ!」

「もう金が無いんだ!」

 比嘉。

 俺達で行こうぜ、甲子園。


 さーて、まずは平業ぶっとばす!



 ・森本京平side


 迅一から呼び出しを食らった。

「何だよ話って」

「……新球、完成したぜ」

 ほう。

 わざわざ二人きりにしたってことで、ただ事じゃないとは思っていたが。

「ミットは持ってきてないぞ」

「投手と打者として勝負だ。その方が良い」

 横を見ると、装備一式がベンチに置いてあった。

「何でまた急に?」

「九里さんのストレート、見ただろ。今の俺じゃ、あの人のストレートには勝てない。これが完成しないと、俺のストレートは前に進めない」

「そこまで言うってことは、新球がストレートを進化させる自信があるってことだな?」

「おうよ」

 打席で構える。

 合宿疲れで血迷ったか?

 あれだけ制御できなかった新球が、急に完成するはずがない。

 フォームもバラバラだったし。

 それを直すには、時間が足りなすぎたはずだ。

 しかし。

 それでも、勝負形式で投げるってことは。

 何か掴んだのかもしれないと。

 期待せずにはいられない。

 迅一が振りかぶって、投げる。

 真っ直ぐ?

「おい、新球はどうした」

「これが、何も知らない状態のストレートだよな。お前が知ってるのと変わりない」

「お、おう」

 コイツ、何考えてんだ?

 二球目。

 全く同じフォームから放られた、スピードのある球。

 それは、手元に近付いた瞬間、ストライクゾーンを真っ二つに裂くように、キレよく落ちていった。

「これが完成形か」

「おう。フォーム、変わってないだろ?」

「フォームも、変化もな」

「そいでコイツが真っ直ぐだ!」

 三球目。

 真っ直ぐ。

 これまでと何ら変わりない、暴れる真っ直ぐッ!?

「どうよ?」

「……こりゃ驚いた。ボールが殴りかかってきたかと思ったよ」

 全く同じ球速で、浮き上がるストレート、刀を振り下ろしたかのような新球。

 確かに、これは、ストレートを一つ進化させる。

 これに加え、ツーシンカー、チェンジアップと。

「お前、これどうやって」

「合宿のとき、監督に見てもらったんだよ」

「監督が?」

「あの姐さん平気な顔して捕ってたからな」

 監督のアドバイスでこれほど?

「曲げようとして、手首が寝たり、肩が無意識に力んだりしてたのを直してくれてな。そしたらご覧の通りよ。ビックリしたぜ」

 本当に凄い人なんだな、監督。

「球速以上に速く見せる工夫。ツーシンカーも含め、成長する身体に負担が少ない変化球の投げ方を教えてもらってよ。これなら、真っ直ぐと合わせて勝負できるだろ?」

「あぁ、これなら、通じるかもな」

 何故か歯切れが悪くなる自分。

 自分が見込んだ投手が、想像以上の力を付けているのが、何となく、嫌な予感をさせているのに、まだ気付いてなかった。



 ・菅原迅一side


 水曜日の放課後。

 今日は休息をいただいたので、帰ろうかと思って学校を出ると。

 ピロン。

 携帯から着信音が鳴った。

 画面を見ると、尾上さんからだった。

 同じクラスのバスケットガール。

『今日暇?』

『うん』

『買い物付き合って?』

『俺?』

『もちろん!』

『何でまた急に?』

『直感!(サムズアップ)』

『直感なら仕方ないな』

 というわけで、買い物に誘われました。


「お待たせ~~」

「……したのは俺みたいだな。随分デカい飲み物でいらっしゃる」

「最近流行りのビックサイズクリームコーヒーよ。運動部だから、カロリーは蓄えないとね!」

「痩せてるのに、そんなもん毎日飲んでるのか?」

「無論。女の子は甘いものを蓄えて魅力が増すのです!」

「健康的なスタイルしている女子高生は、実は不健康の塊かい」

「夢の無いことを言わないでよ~~」


 待っていたのは制服ジェーケー。

 ジェーケーって俺が言うとイントネーションがおかしいって言われるんだが、合ってるよな?

「それで、ジェーケー様の本日のお求めの品はいずこに?」

「ジェーケーって何よ、JKでしょ?」

「え、何か違うの?」

「何か、田舎くさい?」

「田舎への偏見が酷い」


「本日の狙い目はズバリ、サポーターです」

「サポーターって、怪我でもしてるのか?」

「しーてーまーせーん。そうじゃなくて、トレーニング用のサポーター。トレーニングの時に、関節に余計な負荷をかけないから、より追い込めるっていうのがあるの。ウエイトリフティングとかの選手がよく使うの見たことあるでしょ?」

「あー、リストストラップとかか?」

「そう!」

 サポーターというより、トレーニングギアのことか。

「で、このショッピングモールにやってきましたってことか」

「そういうことです」

 ここのショッピングモールは、所謂スポーツ用品が多く取り揃えてある。

 ここで探すというなら納得だ。

 ただ一点を除いては。

「改めて聞くけど、何で俺?」

「直感。……と、一つ話があるの」

「話?」

「それは買い物の後ね。行こっ!」

「うぉっ、ちょっと!?」


「終了!」

「めっちゃ買うじゃん。結構重いし」

「とりあえず今月分使いきりました」

 トレーニングベルト、リストストラップにグリップサポーター。

 膝と足首のサポーターも合わせて購入。

 サプリメントもいくつか買ったな。

 ちょうどプロテイン切らしてたし、ちょうど良かったといえば、ちょうど良かった。


 近くのフードコートで席を見つけ、座る。

 これ持って帰るの結構大変だろうな。

 手伝ってあげよう。

 よし、気分を切り換えて。

「で、話とは」

「うん。今の平業の話なんだけど」

「平業の?」

「今、女子部活がシマを広げてるの、何となく野球部なら気付いてると思うんだ」

「ヤクザみたいな言い方止めろ。まぁ、あまり気にはしてないけど、結構女子部活盛んだよな」

「実はその中に過激派がいてね?」

「か、過激派?」

「うん。その人達が、男子部活の廃止を学校に申し出ているらしいんだ。その部費を女子達に回せって」

「は?」

「ね、そうなるでしょ。応援団とかまさに女の花園で、男を下に見るって変な思想が蔓延っているんだよね。学校も女子達の主張に反論できないんだって。こういうご時世だし」

「……あぁ、女子の立場向上なんたらって言う」

「だからここで一つ忠告しといた方が良いと思って。男子主体の部活が結果出さないと、もしかしたら今年、廃部の方向でかなり動くかもしれないって」

「マジかよ……」

「私もその花園に勧誘されたけど、やってることは迫害だし見てて正直気分悪いし、ふざけてるならまだしも、本気で頑張ってる人からまで居場所を取り上げるなんて、私は納得いかない。しかも女子部活だけ応援に来るんだよ、練習中まで。ふっつーうに邪魔なんだけど!」

 尾上さんは本当に嫌そうな顔をしていた。

 応援団、一体何やってるんだ……?

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