第33話・オタクナアオヤマガアラワレタ!
「スポドリはよし。あ、あと救急用具も買っとくか」
合宿前日。
要するに練習試合翌日。
俺は合宿に持っていくものを買い集めていた。
スポドリ、軽食、野球道具の手入れ用品、その他諸々。
あと、救急用具。
マネージャーさん達が用意してはくれるものの、自分でも持っていた方が何かしら便利だろうし、買っておくに越したことはない。
そう思って、ショッピングモール内のドラッグストアに向かおうとすると。
何やら、おおよそ人のものとは思えぬ動きをした人影が見えた。
「に、忍者……?」
通り道だし、ついでに付いていくことにした。
忍者が入ったのは書店兼CDショップ。
そこまでで見失ってしまったので、向かいの通路のドラッグストアに行って、必要な物を買った後、またその書店に向かってみた。
ちょうど忍者が出てきた。
ただ、何かを買ってホクホクしていたのだろうか、さっきより動きが鈍っており、その正体がはっきり見えた。
「あ、青山?」
「っ、菅原、君!?」
忍者の正体はチームメイトだった。
み、見られた!
みたいな顔をして道の真ん中で枯れてしまったので、とりあえず隅っこに移動させ、話を聞いてみた。
聞いてないことまでベラベラ喋ってくれたのだが。
「へぇ、この漫画新作出てたんだ」
「し、知ってるの!?」
「お、おう。本誌読んでないから単行本いつ出るかまでは追えてないけど」
「じゃ、じゃあ、十七巻の、アリスとローゼスの正義と悪、両サイドのヒロイン決戦も見たの!?」
「見た見た。珍しく漫画読んでて声出しちゃったわ」
好きな漫画が同じだったから、随分と二人で盛り上がってしまった。
「いやー盛り上がったね」
「だな。この作品、人気っぽいけど周りで読んでる人少ないんだよな」
「アニメ化されてないと、中々大衆の目には止まらないからね」
「でもそんな遠くないだろうな。楽しみだなぁ、主人公と師匠の殴り合い、あれ動くんだろ?」
「きっとね。でも、ヒロイン同士の再会も名シーンだよね」
「あそこからドロッドロの戦争恋愛路線が始まるわけだしな。……青山はこういうの好きなのか?」
「うん。私の人生は、読んだ漫画がきっかけなところがあるから、切っても切り離せない縁なんだよね」
「野球もか?」
「うん。大好きな野球漫画があって、それに影響されて野球始めたんだ。リトル、シニアって補欠だけど」
「補欠……?」
青山のプレーを見る限り、荒巻と競るくらいの技術だったと思うが。
「気が弱くて、周りの男子と比べられて、萎縮して。だから、交代したとき指差されないように練習だけは沢山したんだ」
プレーに対する自信。
それは努力や才能だけでなく周囲からの目も、大きな影響を与える要素になる。
周りの目を恐ろしいと思う。
これは俺と青山とで似ているところかもしれない。
「青山のプレーは、凄いさ。難しい当たりにも、迷いなく飛び付いてたじゃないか」
「あれは、まぐれだよ」
青山がスタメンだった、有洛との試合。
三遊間の難しいフライに、思い切り飛び付いてボールを捕ったファインプレー。
決してまぐれなどではない。
諦めずにアウトを取るという強い意思、それが無ければできないことだ。
それは、当たり前のことだけど簡単なことではないはずだ。
「自信持って良いと思うぜ。例え周りがまぐれだと思っているとしても、自分にはああいうプレーができたんだって、凄い自信になると思わないか?」
「……そうかな」
「そうだぜ」
少しの無言のあと、うん、と軽く頷いて上を向く青山。
「ありがと、菅原君。私、もっと自信持てるように、頑張る」
「おう」
その顔は、ちょっと明るくなっていた。
・嶋奏矢side
バッティングセンター。
俺の野球の始まりは、ここだった。
小学生のとき、じーさんに誘ってもらって初めて来て、そこで親友とも呼べる存在に出会った。
背番号5。
小、中、高。
サードにとって、エースナンバーにも等しい番号。
この番号に恥じないプレーをするため、俺は努力してきた。
勝てなくても、血を吐くほどの努力を重ねてきた。
泣いても笑っても、長くてあと二ヶ月。
国光。
入部からこれまで、エースの器まで最も大きくなったのがお前だ。
烏丸。
お前は凄いよ。
出来損ないって言われてた去年の春から、今じゃ関東を代表するショートだ。
新チーム、お前がいればきっと大丈夫だ。
鷹山。
俺を主将に指名してくれた時、嬉しかったよ。
お前と誰よりも喧嘩してた俺を、信じてくれてよ。
山岸。
捕手がいなくなったとき、自分から名乗り出てくれたよな。
お前がいてくれなかったら、今頃チームは成り立ってなかったかもしれねぇ。
横山。
お前がどんな送球も受け止めてくれるって思ったから、俺は全力で投げられた。
星影。
よくチームを温めてくれた。
どんなどん底にいても手を引いてくれた。
藤山。
中学から四番打者。
俺が四番になったとき、悔しいはずなのに祝福してくれたな。
俺はお前をいつも尊敬するばかりだ。
菅原。
お前がマウンドに立ったとき、いつも熱くさせてもらってるよ。
森本。
ウチに来てくれてありがとうな。
お前は絶対関東、いや、日本トップのキャッチャーになれる。
三原監督。
俺を見つけてくれて、ありがとうございます。
このチームで、本当に良かった。
この三年間で、色んな奴に会ったなぁ。
コイツらと野球できんのは、今だけなんだよな。
勝とう。
勝って、甲子園に行こう。
アイツらなら、もっと先の世界を見せてくれるだろう。
俺は、このチームで勝ちたい。
これでラストセットだな、とメダルを入れて構える。
残り二球まで打ったところで。
後ろから声が聞こえた。
「奇妙な縁ってのはあるもんだな。まさか、ここで会うなんてな」
その声に思わず空振りしてしまった。
後ろを見ると。
「よう。去年の夏以来だな」
「……天豪」
海王高校、キャプテン、その人である。
そして、小学生以来の親友でもある。
「最初に会ったのもここ。最後の夏に会うのもここ。奏矢とは切っても切れない縁だな」
「ああ。ここが俺らの始まりだったな」
リトル、シニア、高校まで。
同じチームになることはなかったが、ライバルとして、親友として、お互いを高めあってきた。
去年の夏、ボコボコに叩きのめされて以来会ってなかったが。
「見たぜ。ネットニュース。お前のとこの後輩、大活躍じゃねぇか」
「ああ。本当に凄い奴だよ。本人に自覚は無いみたいだが」
「そりゃ怖いな。戦ってみたいもんだぜ」
「それこそ怖いわ」
天豪と俺。
片や強豪の主将で甲子園出場。
片や弱小の主将で予選落ち。
随分と差が開いてしまった。
そう思っていると天豪が口を開く。
「今年は行けんだろ。四強のとこまでよ」
「え?」
「長らく不在だった絶対エースの復活、黄金捕手の加入、攻撃力、守備陣の発展。平業は間違いなくデカくなってる」
「強豪で目の肥えたお前にもそう見えてるのか」
「目が肥えたのは否定しないが。そうだな。お前の存在がチームをデカくしてきたのは間違いない。あの火山と、互角にやりあったなら間違いなく今年のお前らは強い」
声のトーンが下がる天豪。
どうやらこれは本音らしい。
「天豪がそう言うなら、間違いないんだろうな。なら言わせてもらうか。長らく待たせちまったな」
「本当だぜ。今年こそ、満足いくまでやりあえそうだ」
「それで良いのか。そんな余裕なら、今年のウチが勝っちまうかもよ」
「言ってろ。今年の海王は歴代最強だってのよ」
お互い、目がギラギラ燃えていたと思う。
親友として、ライバルとして、お互い尊敬しあう選手として、両チーム主将として。
色んなものを背負って戦う。
「上で会おうや。
「首洗って待ってろ、
約束は交わされた。
この合宿でレベルアップして、アイツらのとこまで行くしかねぇな。
覚悟しろよ、後輩共。
今年の合宿は血を吐くどころじゃねぇぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます