第31話・対火山高校、終

「球は悪くなかった。あそこまで飛ばされたのは、向こうを褒めるしかないぜ」

 京平はベンチに戻った俺にそう言った。

 自分としても、指の感触は良かった。

 それだけに、悔しさがある。

 力負け。

 自分のその時のベストで戦って尚、負けたというのは事実である。

 己の力不足を、痛いほど実感した日となった。


 八回表、粘りの打撃は得点に結び付かず交代。

 八回裏、先頭打者は、ここまで得点なしの笠木久実主将。

 ここで打たれたら、負け越しとなる。

 なので勝負を避けるのが無難。

 だが。


 京平はミットを構えた。

 勝負しようと、ここでこの人に立ち向かわなければならないと。

 それが、甲子園を目指すということなんだと。

 優勝という領域には、怖いバッターとの対戦を避けて通ることはできない。

 何より。


 笑ってんだよなぁアイツよぉ!

 せっかく散るなら派手に散ろうぜなーんてツラしやがって!

 良いぜ、やってんやんよ!

 死なば諸共、心中だこの野郎!


 フルカウントになって七球目、アウトコースに放った、最も良いストレート。

 それは笠木久実のバットの芯に捉えられ。

 今日最も響いた金属音と共に、それはそれは綺麗な放物線を描き、フェンスの向こうに落ちていった。


 完敗。

 でも、心はどこか晴れやかだった。

 ここから、上がるのみ。

 夏までにもっと、強くなる。



「アウト、ゲームセット!」

 九回表。

 疲労が溜まる中、ギアを上げてきた鈴の変化球にしてやられ。

 3対4。

 火山高校、接戦の果てに勝利を収めた。


「礼!」

「「したァ!」」


「負けはしたが、四強相手にここまでの戦績を残せたのは大きな追い風になる。後は無いものを克服し、強みを磨け。そしたら、このチームにも勝ちはある!」

「「応ッ!」」

 三原監督も、満足とは言わないが、チームに自信を持てたらしい。


「いやー、ありがとうございました。三原監督。かなり仕上がっているじゃないですか、平業の選手諸君」

「いえ、まだまだです。ですが、この試合で得られた経験は、選手達に大きな刺激、自信をくれたと思います。ここから更に上げて、夏までにもっと大きくしていきますよ」

「それは恐ろしいことだ。ウチもかなり苦しめられましたよ。良い刺激になりました。次の試合も良かったら、見学させていただきます」

「ええ。こちらこそ是非、よろしくお願いします」



 次の試合の準備中。

 グラウンド整備を終え、ベンチに入らない俺はグラウンド外のテント下に移動する。

 アイシングをしながらじっと試合を見ていると、誰か近付いて来た気配を感じて、後ろを振り向く。

「一人で寂しそうだな」

「……笠木さん」

 その気配は、笠木鈴のものだった。

 笠木さんは俺の隣に腰かける。

「鈴って呼べ。兄貴もいて、ややこしいだろうし」

「鈴さん、チームの方は良いんですか?」

「炎天下でクソ暑いし、日影の方がアイシングのぬるくなりにくいしで避難してきた。それにお前と話したかったんだよ、菅原迅一」

 何でこの人俺のフルネーム知ってんだ。

「兄貴、驚いてたぜ。あんなに堂々としたピッチングするなんて、てな。それに途中で見せたあの球。外れはしたが、危うく振ってたら当たらなかったってよ。一年が投げるとは思えぬ変化球だってさ」

「あれは自分でも制御できてない未完成品ですよ。あの人相手だから使ったってのもありますけど」

「ぶっつけ本番玉砕覚悟ってか。カッコいいねぇ」

 勝ち越しされた時の久実さんの打席。

 実は新球を試していたのだ。

 チェンジアップ最後の1つと、郷田監修の必殺(候補)の変化球。

 外れても良いって覚悟でボールカウントが少ない時に投げたのだ。

 外れた上に、振ってもらえなかったけど。


「悪かったな。序盤、舐めた試合しちまってよ」

「仕方ないですよ。ウチは弱小無名ですし。自分が火山高校の選手だったとしても、同じ事してたと思いますよ」

「だとしてもだ。強豪校とか抜きにして、一人の野球人として、リスペクトに欠けるプレーだったのは事実だ。だから、チームを代表して謝らせてくれ」

 律儀な人だ。

 このままじゃ頭を上げてくれないだろう。

 序盤そうだったとしても、この人は本気で勝ちに来るプレーをしてくれた。

 チームはともかく、俺個人としては満足なのだが。

 いや、こういう人だから、凄いエースになれたのかな。

「分かりました。謝罪を受け取ります。だから頭を上げてください。この試合でその認識が変わったなら、それで充分ですから」

「……ありがとう」


 その後、試合を見ながら鈴さんと話す。

 練習のこと、試合中のこと、久実さんとのエピソード。

 この人、何だかんだ楽しい人なのが分かった。


「そういえば、俺の名前、どこで知ったんですか?」

「ん? これだよ」

 鈴さんのスマホには、例の記事が……。

「ギャアーッ! 見られてたーーッ!」

「そりゃ見るだろ。ライバル校の霧城に勝ったってんだ。そりゃ気になるさ。途中登板の一年生投手、無失点で霧城打線を封じ込め、打撃でも大活躍……」

「ウワーーッ! 読み上げるなーーッ!」

 うぅ。

 やっぱりスポーツ記事って、目立つのかしら……。

 これからもこんなことあるのかなぁ……。


「よし、そろそろ行くわ。三和に怒られそうだし」

「あっ、お疲れ様でした。試合、またやりましょう!」

「おう、頑張れよ迅一。ベスト4で待ってるぜ」


 何だかんだ仲良くなって、スマホには笠木鈴の連絡先が登録された。



 ・笠木鈴side


「随分と楽しそうだったね、鈴」

「何だ、妬いてんのか? ま、三和と話すよりは楽しかったな。お前すぐ怒るし」

「君がフラフラどこか行くからだ! 今日の試合の反省だってしなきゃいけないし、試合を見て学ばなきゃいけないことだってあるんだ!」

「真面目かよ。そんなんで野球楽しいのか。迅一と話してこいよ。面白いぞアイツ」

「敵と親しくなってんじゃねーッ!」

「ワハハ、怒った」


 実際、凄かった。

 打者として出場したら、俺のスライダーを最初に見れたのはアイツだし、インコースへの真っ直ぐにも、アウトにはなったが反応できてた。

 投手としては、強打者相手に真っ向勝負。

 捕手を信じて最高の球で応える。

 ウチの打線でも、一歩間違えれば……。

 もし、この敗戦をきっかけに、アイツが、平業が、更にレベルアップして勝ち上がってきたら。

「監督、この試合、思ったよりウチには悪手だったかもしれませんよ」

 未来のライバルチームに、着火してしまったのだから。



 ・神木咲来side


「富樫さん。満足しましたか?」

「そうじゃのぅ。菅原は次の試合は登板せんだろうし、ここまでだな」

「そんなに興味湧きます? あのビデオだけで」

「そりゃそうだろ。強い投手ってのは何人いてもええもんじゃい。あれはまだまだ荒削りだが、ええ球投げよる。ここから夏までに伸びるぞ、あれは」

 富樫さん、一応偵察という名目で来てるのに隠れようともしないから、菅原にバレてんの気付いてない。


 結局平業は、火山高校に勝ち越されて敗北した。

 エース候補の国光の再燃。

 菅原の力負け。

 平業高校のチームとしての成長。

 笠木兄弟の怪物性。

 色んな収穫があった。


 負けはしたが、菅原の成長も凄まじかったな。

 一度きりだが、笠木久実に投げた変化球。

 あれが完成すれば、一気に四強のパワーバランスをひっくり返す投手になるかもしれない。

 富樫さんが隣で燃えているのを静めながらも、俺もまた、菅原と、平業との対戦に闘志を燃やすのだった。



 ・笠木久実side


 練習試合を終えて、第2試合を観戦中、一年捕手の森本君に声をかけた。


「やぁ。今日は良い試合だったよ。ありがとう」

「そりゃ良かったです。大人げないホームランご馳走様でした」

「ハハハ、勝負の姿勢を見せてきたのはそっちじゃないか。俺は受けて立っただけだよ」


 本当に面白い選手だ。

 きっと三年になるころには日本を代表する捕手になるかもしれない。

 あの菅原君とのバッテリーには痺れた。


「一つ聞いても良いかな。何で君は平業だったんだい。他の強豪が君を見逃すはずないだろう?」

「……強豪に行っても面白くないでしょ。それに、アンタなら分かるはずですよ。バッテリー組みたい奴が進む学校分かったときの感情」

「……ああ。なるほど。それなら平業を選ぶわけだ」

 本当に本能までもが捕手なんだな、彼。

 ……最高だ。

 俺は、その世界から足を洗ってしまったからな。

 森本君を、尊敬するばかりだ。


「それが聞けて良かった。今度会うのは夏の大会だ。その時は、完膚なきまでに叩きのめさせてもらうよ」

「遠慮なくどうぞ。最後に笑ってるのはこっちですから」

「言うねぇ」


 今年の夏は、思ってる以上に熱くなれそうだな。


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