第30話・対火山高校、その参

 三点はデカい援護もらったな。

 よし、俺も頑張ろう。

「よし、この三点は大きい! この勢いで、勝ちに行くぞ!」

「「応ッ!」」


「選手交代! ピッチャー、菅原!!」

 俺はマウンドに。

 ライトには濱さんが入る。

 元々外野手であり、外野手としての力は確かなので起用された。


「初球、真っ直ぐでしっかり腕振ってくぞ。ストライク先行で、変化球四種、それぞれ試していくからな」

「了解。まずはコース、しっかり狙ってくってことだな」

「そういうことだ」



 ・桃崎三和side


 一年生、菅原迅一。

 まさか投手だったとはね。

 良いよ、今度こそその心へし折ってやるからね。


 まずは様子見で、とッ!?

 反射的に身体を反らす。

 インハイへの真っ直ぐ。

 ボールがこっちに向かってきたように見えたので避けてしまったが。

(今、当てるつもりだったのか……?)

「ストライク!」

「え!?」

 入った?

 今、かなり顔に近かったはずだぞ?

 渋々納得して、構え直す。

 二球目。

 また真っ直ぐ。

 アウトローに。

「ストライク!」

 え。

 何が起こったか、一瞬理解が止まった。

(あれ、何だこれ……)

 さっきのインハイ、今のアウトロー。

(ストライクゾーンって、こんなに広かったっけ……?)

 三球目、意識が集中しないまま、構える。

 アウトロー、いっぱいの真っ直ぐ。

(あ……ッ!)

「ストライク、バッターアウト!」

 三球三振。

 こちらがバットを振ることなく、真っ向勝負で敗北した。


 ベンチに戻ると、皆がドンマイドンマイと声をかけてくれた。

 井田監督は、グラウンドを見たまま背後の僕に声をかける。

「横から見ていれば、決して打てない球速ではない。避けるような球でもない。しかし、お前が打ち取られたということは……」

「……打席では、理由は分かりませんが、球がこちらに襲いかかってくるように見えました。その後、あのアウトロー。インハイでのこともあって、尚更外れて見えました」

 そうか、と監督は一言言って無言になる。

「今ここで、鈴に打者として勝負させるのは悪手だろうな」

 ボソッと呟いて、

「鈴!」

 打席に向かう鈴が振り向く。

 監督の、何もするなのサイン。

 鈴に神経磨り減らしてまでバットで勝とうとするなという指示。

 後ろの上位打線に託せという指示。


 ……そうだ、まだ、できることはある。

 鈴一人に試合を背負わせるな、点は皆で取れば良い。

 僕は捕手として、鈴を支えるんだ!



 ・笠木鈴side


 一年生投手。

 この試合でそこに立つってことは、エースとしての可能性を期待されているのだろう。

 自分もそうだったから、ある意味楽しみだ。

 桃崎が当てることすらできなかった真っ直ぐ。

 さぁ、見せてくれ。


 初球、アウトロー、ボール。

 際どいとこ。

 これは振るかどうか迷うのも無理はない。

 二球目、同じコース、ストライク。

 このバッテリー勇気あるな。

 同じコースに同じボール、並みの投手なら普通に飛ばされてる。

 それでも投げたのは、単純に信頼があるからこそ。

 投手は捕手を、捕手は投手を。

 お互いがベストだと思ったものを、ぶつけあっている。

 個人の能力はともかく、バッテリーとしてのレベルや完成度は、俺達より遥かに高いかもしれない。

 それが入部して二ヶ月程度の一年生なのだから尚更恐ろしいことだ。


 ふぅ。

 ベンチからは休んでろって言われたけど。

 せっかくの練習試合なんだ。

 菅原の気迫に、試合中ずっと本能を刺激されまくって、もう抑えられようもない。

 火山高校のエースとしてではなく、一人のプレーヤーとして、コイツを倒したい!

 三球目、外への真っ直っ。

 スゥッ。

 ボールは、待っていたタイミングでは手元に来ない。

(なっ、チェンジアップ!?)

「ボール!」

 外れたとはいえ、バットを振っていれば確実に捕られていた。

 奥行きも使えんのかい。

 最高だぜ、菅原迅一!

 こんなにも熱くなる勝負は久しぶりだ!


 四球目、インコースへチェンジアップ。

 これはストライクを取られる。

 五球目。

 どっちだ?

 真っ直ぐか、チェンジアップか。

 あるいはまだ手札があるのか。

 来いよ。

 どんな球でもバットに当ててやる。

 投げたのは、真っ直ぐ。

 来た。

 インコース!

 鈍い金属音。

 くそっ、振り遅れた、内野越えろ!

 サードのグローブは、ボールに。


 届かなかった。

 レフト前シングルヒット。

 今日のところは、俺の勝ちだな菅原。



 ・森本京平side


 やられたな。

 チェンジアップで上手く惑わせたなと思ったが、甘くはなかった。

 だが、制御には成功していた。

 ワンアウト一塁。

 切り替えろよ、迅一!


 一番打者。

 足が速いので油断ならない。

 加えて選球眼とミート力もあるんだよな。

 こういう打者ってのは苦手だ。

 初球、外へ真っ直ぐ。

 セットから迅一が放ると。

(すっぽ抜けた!?)

 しかも加えて。

(セーフティバントって今右打席じゃねぇかよ!)

 サード線に上手いこと転がされ、二塁は間に合わない。

 くそっ、足速ぇ!

 一塁、間に合え!

 急いで一塁に投げる。

「セーフ!」

 塁審が判定を告げる。


「すいません、タイムを」

「タイム!」

 俺はマウンドに駆け寄る。

 しくじったな。

 一番打者の西村はスイッチヒッター。

 左腕の迅一相手には右打席。

 しかしいくら足に自信があっても、ゲッツーもありえる場面で、しかも右打席でセーフティやってくるとは思わなかった。

「迅一、悪い。これは俺のミスだ」

「いや、俺もすっぽ抜けたし。意外と打たれて動揺してるのかもな」

「落ち着いていこう。三点あるんだ。相手の打線に無失点だったのが奇跡だったしな。一点くらい覚悟して、確実にアウト取るぞ!」

「おっけぃ」


 二番打者。

(またバントの構え……確実に点取るプレーにシフトしてきたな)

 火山の毒牙は既に迅一に噛みつこうとしてんだ。

 アウト一つくれるなら、ありがたくいただこう。

 念のため低めに、真っ直ぐ!

 迅一の投球、注文通り。

 そして宣言通り送りバント。

 二、三塁に進んでる。

 一塁に投げて問題なくアウト。

 さーてピンチだよな。

 ツーアウトとはいえ。


 三番、佐藤。

 細身だが、抜群のミート力で長打を量産する怖いバッター。

 この人も足速いんだよな。

 甘いコースなんか厳禁。

 最初から勝負の姿勢で。

 アウトローに!

 迅一の初球、ストライク。

 クサいとこは見ていくスタンスか。

 このチャンスにかなり落ち着いてんな。

 三塁の鈴は目を光らせている。

 内野ゴロでも気にせず突っ込んで来る気だろうな。

 ツーアウトだろうが、遠慮なく点取るプレーを狙う貪欲さ。

 見習わねぇとな。

 それはそうと、二球目チェンジアップ。

 さっきのは球速が落ちてやや深く沈むパターン。

 枠からは外れたが、二つ目はより厳しく攻めるタイプ。

 球速は落ちにくいが、鋭く手元で変化する、所謂なんちゃってムービングチェンジアップ!

 これは他の二つに比べてまだコントロールは難しいが、初見キラーとしての効果は最も大きい。

 後は力みさえしなければ、綺麗に決まる、はずだ!

 低めに構える。

 迅一が投げる。

 バッター振ってきた。

 ファウル。

 ちぇっ、当てたか。

 コースが良かったから何とかファウルにできたけど、これは嫌な流れだぜ。

 インコースに構えるか……?

 でももし打たれたら、ここからの迅一への影響は計り知れない。

 迅一に目線を送ってみる。

 その表情は。


(勝負させろ)


 打者に投手としての魂を刺激されたのか、目が据わっていた。

(玉砕覚悟ってか。良いぜ、来いよ)

 インコース、胸元への真っ直ぐ。

 練習試合、良い経験だ。

 ここで命懸けるのも悪くない。

 三球目、真っ直ぐ!


 思い切りバットを振る。

 それに打ち返された球は、フェンスに向かって直進。

 フェンス上部に直撃し、スリーランホームランとなった。


 やられたな。

 本当に良い経験だぜ、全く。


 3対3。

 七回裏、同点。



 ・火山高校、坂本彩人さかもといろとside


「残念だったな小僧。お前らの生意気なリードは、ウチの三番には通用しなかったな」

「本当に残念ですよ。坂本さんがヒット打ったときの手柄、少なくしてしまいました。申し訳ないです」

「テメェマジで舐め腐りやがって……!」

「散々挑発しといてノーヒット。尊敬するとこ無いでしょう、実際」


 くそったれ。

 俺も強がってはいるが、コイツのリードにしてやられているのは事実。

 さっきのインコースだって、佐藤の反応速度があってこそのもの。

 もし自分だったら、頭に血が上ってチャンス潰ししてしまっていただろう。


 入部当初から、一人だけ頭抜けてた久実に勝ちたくて、バットを振って、振り続けて。

 やっと勝ち取った、四番打者の座。

 誰にも取られたくなくて、段々プライドばかりがデカくなっていって。

 挙げ句の果てには。

「おめでとう彩人。主砲として、お前がチームを引っ張ってくれよ」

 負かしたと思っていた久実に祝福され、アイツはキャプテンとして皆からの人望を集めていて、俺は誰からも期待されない。


 だったら。

 俺は何の為にこの座に固執した?

 何の為に久実に勝ちたいと思った?

 何の為に、甲子園という世界を目指したんだ?

 何の、為に……。


 畜生。

 分かってんだよ。

 俺がアイツより劣っていることも、才能で勝てないことも、選手として未熟なことも!

 それでも、足掻いても勝てないようなアイツに、努力の数だけは負けたくなくて、血も涙も汗も、誰よりも振り絞ってきたんだろうが!

 どんだけ腹が立っても、怒っても!

 多数からウザいと言われるような努力だったとしても!

 その努力に、意味がない無駄な物だとしても!

 俺だけは、その努力を裏切るようなプレーだけは、絶対するわけにはいかねぇ!

 俺は、他の多くに、俺という存在を認められたくて、努力で勝ち続けてきたんだ!

 見ておけ久実、一年坊主、その他全員!

 俺が勝つ、その姿を!


 絶対打つ!


 来た球を、何も考えず全力で打ち抜いた。

 打球はフェンス手前で、ライトのグローブに捕まれた。

 スリーアウト、チェンジ。


 悔しさをやりきれないまま、そのままベンチに戻る。

 ネクストバッターズサークルからベンチに戻った久実が、

「ナイススイング。今日一だったな。この悔しさ、絶対忘れるなよ」

 俺の方を見ることなく、準備をして守備に向かった。

 くそっ。

 くそが。

 必ず、夏の大会では必ず……っ!

 絶対、負けねぇ!

 久実にも、海王にも、あの一年バッテリーにもだ!

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