第29話・対火山高校、その弐

 ・後日、とある記事にて


 火山高校、平業高校、共に六回まで無失点。

 笠木鈴はここまでパーフェクトピッチ。

 国光は時折ランナーを出し、ピンチを迎えるも、内外野のファインプレーに助けられつつ、森本のリード通りに投げることでしっかりと打ち取り、火山打線を封じ込めることに成功。

 ここまで、森本の存在感が存分に発揮される展開となった。

 そしていよいよ、ここから両チームが動き出す。



 ・森本京平side


 三回表。

 ベンチに帰って来た迅一が、鈴のスライダーの分析を話してくれた。

「左打者のインコースに投げない理由?」

「ああ。あんだけ変化大きいんだ。デッドボールを避けるために、右打者のインコースに投げないのは分かる。でも、外から入ってくる左打者にまで、アウトコースにしか投げないのはなんでだろうなってよ」

「そりゃ、お前……」

 ……あれ、何でだ?

「確かに距離感狂わされるくらい大きく曲がったし、実際前に飛ばせるかと聞かれたら無理だ。でも、それだけ凄いスライダーなら、別に内に投げても良いんじゃないか?」

 スライダーは鈴の得意球の一つ。

 そんな球にもし、弱点があるのだとしたら?

「そういえば、ビデオでもスライダーはずっと外にしか投げてなかったね。他のチームでもそれを分析してただろうけど、実際打ててないし、だからこその得意球なのかもしれないけどね」

 尾河さんの言葉に考える。

 実際に打席でインコースへのスライダーを見たわけじゃないから判断できないが。

「……あのスライダーは、アウトコースに投げることでしか完成できてないのか?」

 そんなことあるか?

 しかし、これまでの試合全てで、それ以外の手札の使い方を見せてこないということは、シンプルに、笠木鈴のとは、そういうものとして習得されているのだろうか。

「……アウトコースを狙いましょう。ヒットじゃなくて良い。とにかく見て、引っかけるんです。スライダーは必ず外にしか投げてこない。それが笠木鈴にとってのスライダーなんです。恐らく、キャッチャーがインコースで構えるとき、スライダーは投げさせない。この試合、他の球種はスプリットと真っ直ぐのみ。どこかで必ず、その2つが増えます。あのキャッチャーはプライド高いだろうし、球種を増やすことは無いでしょう。となればそこを突けば、可能性はある。ウチのチームは大好物ですよね、速い変化球投げる奴って」

 俺は思わず笑いながら言う。

 後ろの先輩たちは目の色変えてもっと笑っていた。

「え、何これ、怖い」

 迅一はちょっと引いていた。


 三回表、三者凡退。

 三回裏、ランナーを二人出すものの、フライとゴロで何とか五人で抑えて無失点で切り抜ける。

 今日の国光さんは球も走ってるし、本人の気力もかなり満ち足りている。

 霧城との試合のように足が浮き上がっている様子もないし、この気迫をぶつけるようなリードをすればまず火山との真っ向勝負は成立するだろう。

 さて、打線でどうやって援護するかな。



 ・桃崎三和side


「烏丸! バット振っていこうぜ!」

 打者一巡して、平業ベンチからの声も一際大きくなる。

 菅原が当ててからというものの、後ろの二人も当ててきたな。

 スライダー、やはり見え始めているな。

 鈴、二巡目だし、真っ直ぐとスプリット、増やしていくぞ。

 大丈夫だ。この打線なら、球種3つもあれば抑えられる。

 まずは初球、スライダーから。

 烏丸は右打者、外角低めに。

 見逃しストライク。

 二球目、インハイに真っ直ぐ。

 これは外してボール。

 三球目、ボール。

 四球目、スライダー。

 ファーストゴロ。

 また……。

 流石に目が慣れてきたのか?

 それとも、誰か気付いたのか、スライダーの弱点に……。


 不安を抱えたまま、しかし六回まで鈴はパーフェクトピッチングに抑えるのだった。



 ・森本京平side


 六回裏。

 ここまで両チーム無得点。

 流石に向こうに苛立ちが見え始めた頃。

 そりゃそうだな。

 格下に見てた相手に点取れないで、しかも勝ちます宣言されてんだから。

 それにしても坂本さん、ずっと人のものとは思えない顔してたな。

 怒りで滅茶苦茶力んでたし、ここまでノーヒットだもんな。まぁ、俺もだけど。

 しっかし本当に、ランナー出ると肝が冷えるぜ。

 バックに助けられて、何とかここまで回してたけど、ツーアウトとはいえ、そろそろ球数も増えてきたし、より慎重にならねぇとな。

 コースを突けば抑えられる可能性は高い。

 気持ちが乗った、ベストなインコースへの球があったからこそ、ここまで勝負できたわけし、それで火山打線を封じ込められた。

 だがそれは、国光さんのベストコンディションがあってこそのもの。

 ここからは気持ちと身体の感覚が徐々に離れていく。

 そのタイミングを掴めなかったから、俺のリードミスで、霧城高校に打たれた。

 監督もそろそろ継投を考えているし、気持ちの良い締めで、次の回に繋げたい。

 さて、七番打者。

 今日は真っ直ぐが最高だし、ここでも真っ直ぐを貫かせるか、それとも変化球か。

 下位打線だけど、全員に一発がありえるチームだ。

 ここで一つ下手こけば、国光さんの集中力を切らしてしまう。

 ならば。

 インコースにミットを構える。

 甘く入るくらいなら、いっそぶつけるくらいの気持ちで。

 思い切り相手を仰け反らせるような球を!

 高速シュート、解禁。

 鋭く決まって、相手が仰け反る。

 注文通りワンストライク。

 もう一球。

 仰け反りはしなかったが手が出ずにツーストライク。

 そしてラスト。

 アウトローに真っ直ぐを!

 空振り三振。

 国光さんの今日一のストレート。

 最高の締めだった。


 今日はここまでかな。

 さーて、そろそろ出番だぜ、相棒!



 ・井田監督side


「ここまで無失点か。これほどの実力だとは私も予想外だったな」

「監督、すいません。次の回こそ必ず……」

「気負わんでいい。そろそろ次の投手を出してくるはずだ。その立ち上がりを叩けば良いだろう。それより、今は鈴だな。桃崎、向こうはスライダーを見ようとしているな?」

「はい。恐らく一部の選手にはもうスライダーの弱点がバレてると思います。ここまで三球種で来ましたけど、疲れも出ますし、スライダーが抜けるかもしれません」

「初回、今までに無いほどのスライダーの力を発揮したことが、かえってリードの幅を狭めてしまっているな。桃崎、お前のプライドもあるだろうが、この回で球種増やしても良い頃じゃないか?」

「監督……? しかし……っ!」

「お前たちも分かっただろう。最早、今年の平業は舐めてかかれる程のチームじゃない。このまま手加減し続ければ、食われるのはこっちの方だ。崩される前に、全員でこちらが崩す、良いな? 」

「「はい!」」


 しかしあのキャッチャーめ。

 こちらの打線が一点も取れないとは。

 エース国光の力をここまで引き出すとは。

 一年生とは思えぬ、天才リードぶりだな。



 ・烏丸御門からすまみかどside


「国光さん、ナイスピッチです!」

「国光も森本もすげぇよ! よくここまで抑えられたな!」

 チームメイトがバッテリーを祝福する。

 試合前、この結果を予想できていただろうか。

 四強の内の一校と互角。

 今年の平業は、間違いなく力を付けているのだ。

 その鍵となっているのは森本京平。

 そして、何より、その森本を呼び寄せた、菅原迅一。

 菅原、コイツは恐らく、天才。

 本人も自覚していない。

 入部からこの短期間で、爆発的に成長している。

 それは頼もしくもあり、しかし危うさも感じるが。

 今はその成長を素直に喜ぼう。

「国光、今日はここまでだ。ご苦労様。後はゆっくり休んでおいてくれ」

「分かりました」

「菅原、次の回から行くぞ! 準備はできてるな?」

「はい!」

「烏丸、向こうも疲れが出てくる! 甘い球絶対に逃すなよ!」

 了解ですっと。

 しっかしまぁここまでずっと捕手の注文通りに投げるなあのピッチャー。

 国光さんがあれだけの大仕事したんだ。

 その後に菅原がマウンド上がるって言うんなら、先輩として、そろそろ仕事しとかないとな。


 打席に立つ。

 初球、外にスライダー。

 二球目、同じく外に真っ直ぐ。

 あーあ、変な癖みーっけ。

 三球目。

 多分スライダーじゃない。

 頑張って矯正したみたいだけど、疲れたことでまた顔出したな。

 リリース前、肘がちょっと浮いてるぜ、期待のエースさんよ!

 バットを迷いなく振り抜く。

 ジャストミート!!

 ボールは右中間へ。

(やっべぇ! バックのあの面食らった顔、最高に気持ちいい!)

 この試合、平業高校、初のツーベースヒット。

 お膳立ては完了。

 さーて、舐めたリードしてくれやがって。

 格下の意地見せてやろうや。



 ・森本京平side


 藤山さんが送りバントで烏丸さんが三塁へ進む。

 そして俺の三打席目。

 ここまでノーヒットだしな。

 もうちょっとカッコつけたい場面だよな。

 ここまで、ずっとスライダーにこだわって来たんだ。

 格下だと思ってた相手にやられて、リード変えるなんて今更恥ずかしいよな。

 分かる分かる。

 でもな、捕手がそんなんじゃ、投手の首絞めるだけだぜ、先輩?

 せっかくの良いスライダーも、三打席見りゃ当たるのよって!

 初球打ち、左中間へ引っ張った当たり。

 烏丸さんホーム生還。

 俺、一塁でストップ。

 これで先制。

 さーて、こっちの流れだ。



 ・菅原迅一side


 四番の郷田がライト前ヒット。

 五番の鷹山さんがセンターフライのタッチアップでランナーは一、三塁。

 六番の山岸さんがフォアボールで出塁。


 これでツーアウト満塁。

 とんでもない場面で回ってきた。

 えー。

 どうしよう、チャンス潰しとか一番立ち直れないんだけど。

 つか登板前にとんでもねぇプレッシャーかけられてる?

 ふぅ。とはいえ、ここで打たなきゃ、男じゃねぇよな。


 フォアボールが出たことで、確信に変わったよ。

 打たれたことで、冷静さを失ってるな。

 笠木鈴も、捕手の桃崎も。

 恐らく、意識がバッテリー間でズレてきている。

 桃崎は自分のリードに固執し、鈴は本気を出してでも勝つことに固執している。

 桃崎は鈴のスライダーに酔狂してしまっているんだ。

 だが鈴は他の球を要求した。

 この試合、投げなかったことで凝り固まってる他の球種。

 そりゃ外れるさ。

 こっちもマジで試合に挑んでるんでね。

 その隙、しっかり叩かせてもらうぜ。

 初球、スライダー。

 二球目、真っ直ぐ。

 三球目、真っ直ぐ。

 四球目、スプリット。

 五球目、スライダー!

 アウトコース、もらった!

 打球は左中間へ落ちた。


 京平、郷田、共に生還。

 ボールは遠い、コーチャー回した!

 山岸さん、突っ込め!

 ホームに返球、どっちが先だ!?

「アウト!」

 山岸さん刺されてスリーアウト。

 しかし平業は七回表、ようやくヒットを打って三得点。


 火山高校に、その攻撃力を示した。

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