第28話・対火山高校、その壱

 ・火山高校、桃崎三和side


「鈴。向こうは鈴の変化球を見れていない。自信もって投げれば、圧勝は決まりだ」

「ああ。パーフェクトゲームにしてやるさ」

 笠木鈴。

 恐らく僕が知るなかで最高の投手。

 鈴がリズムにノッた時、負けたことがない。

 自在に操るその七色の変化球は、プロでも捉えることは難しいだろう。

 もはや、火山の選手の誰よりも別の次元を見ている男だ。

 平業は怖いもの知らずでウチと試合を組んだようだが、勝負している世界のステージが違うことを、教えてやる。


 二回表、先頭打者は四番。

 一年生か。

 随分打力で信頼されてるみたいだね。

 さっきの三番も一年生だし、平業はよっぽど選手層が薄いらしい。

 とはいえ、四番で、しかも左打者だし、スライダーは甘く入れば危険。

 早いうちに、ここで別の球も温めておこうかな。

 来い、スプリット!

「ストライク!」

 鈴、今日は本当に調子上がってる。

 インハイへの真っ直ぐのサイン。

 鈴が投げた球はまた僕のミットに収まる。

 ツーストライク。

 さぁ三球目、テンポ良く。

 外から一気にゾーンに、スライダー!

 空振り三振。

 ワンアウト。


 五番、六番も三球三振。

 出来すぎな位、気合いが入ってる。

 さて、今度はバットで援護する場面ですよ、先輩方。



 ・森本京平side

「マキ、初球スプリットだったな?」

「あぁ。良いコースに決まっとる。スピードも乗ってるし、直前までほぼストレートやった。二球目で気付いて、驚いたわ」

 尾河さんの分析通り。

 変化球、種類は少ないが、真っ直ぐで調子を見ない辺り、今日の笠木鈴の立ち上がりはかなり良い。

 そしてスライダーしか投げてないなら、今日の烏丸さんとの初球で投げたスライダーは、最も調子の良い時のものだったはず。

 ここまでほとんどスライダーで三球三振とってるなら、恐らく打者一巡、スライダーで打ち取る気になっているはずだ。

 マキへのスプリットと真っ直ぐは保険。

 スライダーを見極められたら、手札を変えてくる。

 だから四番のマキで試したんだ。

 打たれない、いや当てられない自信があったからこそ。

 それくらい、今日の調子が良いのだ。

「迅一、見てたな! 恐らく向こうは一巡目はほぼスライダーだ。次の打席、打てとは言わない! バットを当てろ、多分今日のは、一番良いスライダーだ。当てさえすれば、絶対にスライダーの頻度は減る!」

「お前らが当てられないのに無茶苦茶言うんじゃねぇ!」


「国光! 落ち着いて投げろ!」

「さっきの回思い出して!」

「初球大事に!」

 国光さん、四番の坂本さんからです。

 甘い球は運ばれます。

 外れても良い。

 どんな球でも逸らしはしません!

 思いっきり、投げてください!


 ストレートのサイン。

 変化球主体の組み立ては、調子に左右されやすい。

 常に基本となるのは真っ直ぐ。

 ストレートが良ければ、変化球が乱れても、ゾーンで遠慮なく勝負できる!

 相手は火山の四番。

 変化球投手がエースのチームに、甘い変化球は通用しない。

 鋭く、来い!


 初球、インコース。

 打者はバットを振ってくる。

 ファウル。

 ボールは走っていた。

 当てられはしたが、詰まらせることができた。

 欲しいのは、粘りの三振より、無駄の無いアウト。

 二球目、同じコースへ。

 これもファウル。

「……分からねぇもんだな」

 打席の坂本さんが呟いた。

「こんなこと言いたくはないが、格の違いはお前らも分かってるはずだろ。そんな相手に初球インコース。続けて同じコースに全く同じ球。一年生でどうしてこんな肝の座ったリードができるんだ? お前らベストメンバーじゃない辺り、勝つつもりも無いだろ?」

 そんなの決まってる。

「打たれるかもしれない、格の違い、そんなのこっちの方がよく分かってますよ」

 俺はミットを叩いて構える。

 分かってんだよそんなこと。

 でもな。

「そっちがどう思ってるかなんざ、知ったこっちゃねぇ。アンタらにとって勝つことなんか当たり前だから、そもそもアンタらは勝たなきゃとも思ってないだろう」

 三球目。

 高めに。

 インハイへの真っ直ぐ。

 坂本さんはバットを振らない。

 振れない。

 何故なら、三球全て、インハイへの真っ直ぐだから。

 来るとは思ってなかったから。

「アンタらがウチを舐めるのは勝手だよ。でもな、相手チームに対して、舐めてますと堂々と宣言するような態度とるようなチームに、当然のような圧勝なんてやらせない。接戦も接戦、アンタらのプライド全部に泥塗るくらいの不細工な試合にしてやる。お高く止まってんじゃねぇぞ。俺は最初っから本気でアンタらと向き合って試合やってんだよ」

 そして、ちょっと腹立ったから思いっきり言ってやった。

「それにしても、所詮、火山の主砲って言ったってこの程度か~~。無名校の投手程度の球に、手抜きしといて、しかも三球三振しちゃうなんて、随分とまぁ、ダセェなぁ……」

 カッチーン。

 音として聞こえてきた、恐らく坂本さんがキレたのであろう。

 言っとくけど、先に挑発してきたの、そっちだからな。


「坂本、修羅みたいな顔して帰ってきてたけど、何言ったんだよ?」

「いや挑発されたんで、ダサい三振させて煽ったら勝手にキレただけです」

「ハハハ。確かにダサいな、あれは」

 五番、笠木久実。

 鈴とかつて兄弟バッテリーを組んでいた元キャッチャー。

 鈴に比べると、タッパがある。

「……俺だったら、今の君みたいなリードはできないだろうな」

 初球真っ直ぐ。

 見逃しストライク。

「他の皆は鈴も含め、平業を舐めてる。恥ずかしながら、俺もさっきまではね。でも、初回の三者三振、そして坂本の三球三振。なんで、俺だけでも撤回させてもらうよ。平業高校。全身全霊で、君達を、潰す」

 二球目の外角への真っ直ぐ。

 バットの先端。

 ライト線へ、ポールの外に切れてファウルになる。

 ひゅ~~、危ねぇ!

 な、何だこりゃ。

 ほぼボール球に当ててあそこまで飛ばすのかよ!

 背が高いし、手足も長いから、多少のボール球でも振れば捉えられるのか!

「今年はウチも本気で海王を倒して甲子園に行くつもりなんでね。敵は少ない方が良い。ライバルになりそうなチームの心は、ここで折らせてもらうよ」

 この人、マジでヤバいな。

 さっきの坂本なんか足元にも及ばないぞ。

(さて、どうしようか)

 とりあえず、カウントはこっち有利なんだ。

 またゾーンで勝負?

 それとも一球外して様子見る?

 いや、ここで外すのは、逃げのリードとして国光さんが受け取ってしまうかもしれない。

 この強打者に、インハイ。

 かなりしんどい賭けになりそうだが、もしこの人を抑えれば、鈴の勢いも削げるんじゃないか?

 サインを出す。

 横に振れば、アウトロー。

 縦に振れば、命懸けの博打、インハイ。

 国光さんが縦に首を振る。

 心なしか、少し笑っているようも見える。

 マジかよこの人、喜んでやんの。

 強打者との対戦。

 投手の本能が刺激されまくって、アドレナリンが出まくってるのだろう。

 へへへ。

 そうだよな。

 自分で言ったんじゃねぇか。

 リスクなんざ百も承知。

 勝つために必要なのは、勝負する姿勢での勝利。

 投げれるもんなら、投げてみせてくださいよ。

 国光さんの、最高のインハイへのストレート!

「笠木主将。ではこちらも、前言撤回させてもらいます」

 国光さんが放る。

 勢いのあるストレート。

 久実さんがバットを振る。

 バットに掠った音がする。

 ボールはそのままミットに突き進み。

 俺の手が、確かにその感触を得た。

「本気で戦うだけではなく、勝ちます。徹底的に、容赦なく、アンタらの王者への挑戦権、根こそぎいただきます」

 俺は、火山高校主将にそう宣言した。



 ・菅原迅一side


 六番打者をセカンドゴロに打ち取り、スリーアウトチェンジ。

「二回裏まで終わって両先発、三振5以上。滅多に見れない数字だね」

「本当に肝の座ったリードするな。真っ向勝負かよ。しかも勝つし」

「投手のメンタルと力を信じてのリードだからな。今日の国光さんなら、煽り耐性バッチリよ。凄い調子の良い真っ直ぐ投げるし」

「ほれ迅一。お前の打席やろ。達者でな」

「何かこの後くたばるみたいな送り出し止めてくれない?」


 打席に立つ。

 って言ったってなぁ。

 俺、選球眼はまだ練習中なんだよなぁ。

 そういや、鈴のスライダーって内か外かの違いはあるけど、右打左打関係なくアウトコースだったな。

 えーっと、烏丸さんに教わったこと、できるとこまで見てみよう。

 笠木鈴。

 投球フォームはサイドスロー寄りのスリークォーター。

 リリースポイントはかなり前気味で、球持ちが良いのだろう。

 軌道は外側に投げて、スピードが乗っており、ある一点を境にキレよく曲がりながら沈んでアウトローにズバッと刺さる。

 うん、分からん。

 もう一球アウトローにスライダー。

 これはボールカウント。

 え、外した?

 いや、外れたのか?

 しっかし、確かにこっちの距離感は狂わされるな。

 変化量ヤバすぎる。

 スライダーしか見れないのがな……。

 せめて、もう一つ球種見せてくれないかな。

 タイミングは分かった。

 ベンチでカウントしててよかった。

 打席で確信に変わったぜ。

 鈴が投げる。

 タイミングは、ひぃ、ふっ、みー!

 バットを振る。

 引っ掛かった感触。

 ファーストの横に切れてファウル。

 うわっ危ねぇ!

 ダイビングキャッチの届きそうな距離だったな!

 つか、ヤベェな。

 退屈そうにしてたバックが目を覚ましちゃった。



 ・火山高校、桃崎三和side


 当て、られた?

 ちょっと待て。

 見えたのか、あのスライダーが?

 菅原迅一。

 中学時代は弱小すぎて、選手データが取れなかったので、大したことは無いだろうと思っていたら何だこれ。

 そんなわけない。

 まぐれだ。

 もう一回スライダーで……っ。

 ファウル。

 また、当たった。

 やはりこの男、ちょっとずつスライダーが見え始めてる。

 だが、コースは良いはずだ。

 前に飛ばせてない。

 しかし、ここまでか。

 打者一巡スライダーで決めたかったけど。

 スプリット、いや、真っ直ぐだ。

 インコースに。

 アウトコースからいきなりインコースに。

 鉄板だけど、分かってても簡単には打てないから重宝されるパターンなのだ。

 僕のミットに向かって、投げてこい、鈴!

 鈴が投げる。

 その白球が、

「あっ、真っ直ぐじゃん」

 金属音と、審判のものではない声と共に視界から消えた。

 ボールの行く先はセカンドのグラブの中。

 結果としてセカンドフライ。

 だが、スライダーを続けて見せておいて、そこからの真っ直ぐに初見で反応された。

「うーん、詰まったか」

 呟きながらベンチに帰る背中。

 菅原迅一、彼は一体何者だ……?

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