第27話・圧倒

火山高校、スターティングメンバー

 一番ショート西村(三年)右投、両打

 二番ライト花瀬(三年)右投、右打

 三番セカンド佐藤(三年)右投、右打

 四番サード坂本(三年)右投、右打

 五番ファースト笠木久(三年)右投、右打

 六番レフト塩田(三年)右投、左打

 七番センター柿山(二年)右投、右打

 八番キャッチャー桃崎(三年)右投、左打

 九番ピッチャー笠木鈴(二年)右投、右打


 ・火山高校、笠木鈴side


「さすが井田監督。平業高校相手にフルメンバーとは容赦の無いことで」

「海王を倒すには平業程度なんぞ圧倒しなければならないというメッセージだろう」

「今年こそ、井田監督を甲子園に。それこそが、僕達ができる最高の恩返しだからね」


 火山高校。

 今でこそ強豪の名に相応しい実力を兼ね備えてこそいる野球部だが、現メンバーのほとんどが、入部当初、もしくはそれ以前に、落ちこぼれの烙印を押された者達だった。

 それはもちろん、自分を含め。


「笠木鈴君だね? 私、火山高校野球部監督の井田と申します。ちょっとお話良いかな?」

 シニア時代。

 大会二回戦敗退の自分に声をかけてきたよく分からないおじさん。

 それこそが井田監督だった。

 火山は当時から強豪校であったが、まさかそこの監督が自分に目をつけているとは思わず最初は疑ってしまった。

 しかし彼と話すうちに、何故か惹き付けられてしまった。


 かつてバッテリーを組んでいた兄、久実。

 兄も火山高校の選手である。

 シニア時代から強打で有名だった兄に対し、無個性の自分。

 影に隠れ、他人に笑われ、野球の楽しさを忘れていた自分に、あの人は手を差し伸べてくれた。

「今、久実はファーストなんだ。知ってるかい?」

「ファースト? 兄が? あの頑なにスタメンマスクを手放さなかったあの人が?」

「そう。最初の頃は、キャッチャーに拘っていたさ。でも、勝ち進むうちに、強くなるうちに気付いた。自分は捕手の器ではないと。弟の力を引き出せる捕手は自分ではないって言い出してね」

 意外だった。

 リトルからシニアまで、弟の為に捕手になったんだと、言い張っていたあの久実が、そんなことを言うなんて。

「だからファーストになった。自分は後ろから、打撃で弟を支えるんだって、バットを振り続けてる」

 その言葉を聞いて、涙が止まらなかった。

 勝手に嫉妬して、兄を避けていた自分が情けなかった。

「鈴君。君が兄と同じチームで戦いたくないというなら、それでもいい。でも、久実とは話してやってくれないか。たった一人の兄なんだ。お互いすれ違ったままでは、野球を心から楽しむことは、できないだろう」


「弟は可能性の塊のような男です。我が弟ながら、あの才能は見過ごせません」

 それが、監督が自分を見に来た理由だった。

 久実はずっと、悔いていた。

 己に捕手としての力がもっとあれば、弟を勝たせてやれたのに、と。

 井田監督は、選手を見る目がある。

 弟を、きっと見てくれる。

 火山を再び甲子園に連れていくエースになるれる。

 だからこそ、打ち明けたのだ。


 その事実を、兄弟でやっと向き合って知ることができた。

 野球に対する引っ掛かりは、もうない。

 わだかまりが無くなったことで、二人は再び己を高めあい。

 今や、兄は主将に、弟はエースに。

 火山高校を代表する選手となった。


「鈴。君は変化球を極めるんだ。七色の変化球。スライダー、カーブ、フォーク、シュート、チェンジアップ、スプリット。そしてストレートすらも変化球として磨くんだ」

 監督の言葉をきっかけに、多くの変化球を練習した。

 ストレートに個性が無いと感じるなら、変化球の最大の力を発揮するためのボールとして磨きあげる。

 それが監督の教え。

 そしてこれを武器に。

 俺は火山のエースになった。

 あの海王打線に、打点を許さなかった。

 でも負けた。

 エースとしての信頼が、足りなかった。

 だから走った。

 ひたすら走って、課題だったスタミナを付けた。

 たくさん投げて、多くのボールに磨きをかけた。

 エースとしての自覚、自信、自負。

 俺は、監督の信頼、兄の期待、仲間の願い、全てを背負ってマウンドに立つ。

 秋は、果たせなかった夢。

 今度こそ、あの舞台に立つ。



 平業の一番打者。

 確か同級生だったはずだ。

 海王にもスカウトされた選手だと聞いている。

 だが。

 平業高校程度の環境を選んだ時点でたかが知れている。

 どれだけ実力のある打者だろうと。

 今の俺の敵ではない。

 上で戦う覚悟の無い者は。

 俺の前に立ちはだかる資格など、無い!


 全球、ストライクゾーンへのスライダー。

 バットに掠ることもできず。

 三者凡退、三球三振。


 初回。

 自分でも分かる、気持ちの入った、最高の立ち上がりだった。



 ・菅原迅一side


 圧倒的。

「おいおい何だありゃ」

 思わずそう声に出るほどだ。

 全球スライダー。

 京平どころか、烏丸さんまで当たりもしないなんて。

 烏丸さんと京平が、守備の準備をしながら話す。

「あれが噂のスライダーか。とんでもねぇキレとスピードだな」

「右投に対して俺達は右打者。スライダーは外に逃げていく様に見えますけど……」

「実際はゾーンに入れてきてるな。アウトローか。変化のタイミングも取り辛いし、距離感が狂わされる」

「でも、あれが決め球ってわけじゃないんですよねぇ……」

 あれが海王に勝てると言われる投手の力。

 それも片鱗。

 国光さん、大丈夫だろうか。



 試合前。

「監督。本当に俺で良いんですか」

「何度も言わせるな。私はお前に託したんだ」

「ですが、また霧城との試合の時のように」

「なるのか? お前が自らあの惨状を再現してくれるのか? それならそれで結構。私の見る目がなかっただけの話だ」

 三原監督と国光さんが話しているのをたまたま聞いてしまった。

 国光さんは不安なのだ。

 また自分の心が折れてしまうのではないのかと。

 それに関しては本人の問題であり、他人がどうこうできるものではない。

 てか、ボロクソに言ったの監督じゃね。

 あれ完全にトドメだったじゃん。

「国光。今の平業に、絶対的エースは存在しない。お前も、堂本も、菅原も、あるいは泉堂や樋川、菊谷だって、エースになれる可能性を秘めている。だが、その投球で、チームの雰囲気を変える力があると確信できる者は、まだ現れていない」

「チームの、雰囲気……」

「私がその片鱗を見たのは、お前と菅原だけだ」

「だったら、菅原に」

「馬鹿者。菅原は一年だ。経験も実力も足りてない。エースになるだけの心がまだ育っていない。アイツの中の、負けることへの無抵抗感は、挫折することによってしか取り除けない」

 ……負けることへの、無抵抗、感。

「だがお前はどうだ、国光。負けたくない、勝ちたい、ずっとマウンドに立っていたい、俺はエースになるというその闘志。三年間の努力という果てしなく巨大なバックボーンに裏打ちされた自信。お前にはあるだろう。だから私はお前がウチの絶対的エースに化けると思った。だから霧城との試合でも先発を任せた。私があの時怒ったのは、負けたからじゃない。その自信を放棄したからだ。エースナンバーを勝ち取るというその闘志の炎を、自ら消したからだ」

 ……闘志の、炎。

「国光。どんなに打たれても、失点しても良い。ただ、己の中の闘志を見失うな。その責任感を放棄するな。このチームのエースになりたいという思いを、決して手放すな。それさえできれば……」


 それさえできれば、必ずエースに化ける。


 監督の言葉が、ずっと頭に反響し続けた。



 そして一回裏。

 俺はライトにつく。

 国光さんの背中は、心なしか、霧城との試合の時よりも大きく、厚く見えた。


 一番打者が打席に立つ。

 寡黙な俊足打者。

 まず初球。

 インコース。

 ゾーンに決まってストライク。

 二球目アウトローストライク。

 三球目フォークを振らせて三球三振。


 ここから勢いに乗った国光さんの猛攻。

 二番打者をスローカーブで翻弄し、真っ直ぐで締める。

 三番打者は真っ直ぐでカウントを取り、再びスローカーブで振らせる。

 両チーム先発、三球三振、三者凡退。

 共に好調な立ち上がりとなった。


「良いですね国光さん!」

「お前のリードのおかげだ森本。だが、霧城の時と同じように崩れるかもしれない。そこからが俺の本番だ」

「大丈夫です。今度は俺も、ちゃんと止めて見せます!」

「あぁ、よろしく頼む!」


 国光さんと京平は、良いコンビになりそうだな。

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