第24話・研究
「郷田のやつ、本当に怪我してたのか?」
「してたよ。もうほとんど治ってるけど。ただ、試合での投球はほぼ無理だろうな」
「めちゃくちゃ速かったぞ」
「球速だけならな。ただ、棒球なんだよ。後遺症もあるし、肩を庇うから、肘とか背中にも負担がかかる。だから、投げるだけ。投手としてはもう勝負できない」
京平は淡々と語る。
バッテリーを組んでいた仲だ。
郷田のことを誰よりも傍で見てきたはず。
今の郷田のことも、よく知っている。
「間違いなく怪物の素質はあった。そこに皆が見惚れて無理させてしまった。それをマキは、頑張って転向して、またグラウンドに戻ってきてくれた。元バッテリーとして、お前の夢、最後まで一緒に見届けると言ってくれた」
京平の声は少し弱くなる。
でも俺の耳は確かにその言葉を捉える。
「改めて頼む、迅一。俺は、必ず甲子園に行く。このチームで、強豪を倒して。俺に着いてきてくれた仲間に、報いるために。どうか、力を貸してくれ」
「……おう。俺で良ければ」
森本京平の揺るぎない意思を、その瞳に見た。
投手として行き詰まったら郷田に頼めと言われたので、早速聞きに行く。
「球速?」
「あぁ。何とか速い球を投げられないかと思ってよ。弱点はやっぱり球速なんだと」
「遅いなら遅いなりに、どうにでもなるもんだが」
「けど、変化球も投げられないんだ。真っ直ぐを武器にするには球速が必要なんだよ」
「そりゃそうやけど」
うーん、と呟いて郷田はボールを握る。
「そもそもお前、そんな球遅いんか?」
「え?」
「決して速くはないで。ただ、遅いのとは違うやろ。多分、投げる球が一定速度やから目が慣れるんやろ」
「だからチェンジアップを覚えたんだけど」
「あれはそんなにスピード落ちとらん。変化も小さいし、高さも抑えられてない。せやから、チェンジアップの効果はそんなに高くないはずや。おまけに握りがお前に合っとらん」
確かに。
投げにくいとは思っていたが、そうか。
そもそも、ベーシックな握りがあまりしっくりきてなかったのだ。
当時、握りの改善に着手する必要が無かったが、今は勝つために研究が必要になりそうだ。
「流石に棒球の、しかも外すスローボールだけで緩急自在とは言えんな。速くはできんが、真っ直ぐを速く見せるボールはやっぱりキレのある変化球で見せたい」
郷田は握ったボールを見せてくる。
「握りの試験、やってみるか?」
「良いのか?」
「こっちから重いもん勝手に託しといて、何もしないはフェアやないやろ。それに、お前の素質には、俺も惚れ込んどんのや」
これくらい手伝わせてくれや。
郷田の温かさが身に染みた。
郷田監修の元なら良いと監督から許しを得たので、握りの研究をすることになった。
「チェンジアップってのは球速が落ちりゃ何でもええ。人によって、変化の仕方が大きく変わる。例えば」
ホワイトボードに色々書いてくれる。
ちょっと雑。
「代表的なのはスクリュー気味と呼ばれるもんやな。曲がりながら沈むっちゅうか。お前のツーシンカーやっけ、あれの遅い版が近い」
続いて書き加える。
「パームというのもあるな。あれは投げた瞬間から変化するもんだが、球速が落ちるという点では良い握りやで。人によっては魔球なんて言ったりするしな」
郷田は普段のファーストミットとは違うグローブを着ける。
「とりあえず、何パターンか試して絞ろう。それを京平のとこに持っていって実践で使えるか試すんや。浅く握ったり、指外したり、鷲掴み、何でもええ。キャッチボールや」
「分かった。じゃあ最初は……」
「よし。こんくらいか」
「しっくり来たのは3つ、か」
「な? 色々試して良かったやろ」
20は試した。
その中で投げても違和感がなく、制球も乱れず、郷田から見ても良い変化をしていた3つが残った。
チェンジアップの完成に少し近付いた気がする。
「あっ、良い機会だし、もう一つ試して良いか?」
「ん、ええで」
郷田がミットを構える。
ボールを指を縫い目からずらして浅く握る。
指もかかりにくいし、力が伝わりにくくて球速が落ちる気がする。
投げてみる。
縫い目が引っかかって指に力が入る。
球速も落ちていない。
うーん、こりゃ駄目か。
そう思った瞬間。
ボールがグローブを避けて地面に向かって落ちていった。
「あ、悪い。うーん、球速落ちないな」
ハハハ、と笑っていると郷田が面喰らったような顔をしていた。
「いや、球速は落ちとらんけど、お前これ……初めて投げたんか?」
「え? あ、うん」
郷田が駆け寄ってくる。
目をかっ開いて。
「お前、これ、もしかしたらとんでもない武器になるかもしれへんで!」
「は?」
6月。
合宿前に、練習試合を組んだらしい。
しかもダブルヘッダー。
現在のレギュラー、ベンチをミックスしてチームを構成し、挑む。
スタメン表を見る。
そこには確かに俺の名があった。
ただし。
オーダー1。
一番ショート烏丸(二年)右投、右打
二番センター藤山(三年)左投、両打
三番キャッチャー森本(一年)右投、右打
四番ファースト郷田(一年)左投、左打
五番レフト鷹山(三年)右投、両打
六番サード山岸(三年)右投、左打
七番ライト菅原(一年)右投、右打
八番セカンド荒巻(一年)右投、右打
九番ピッチャー国光(三年)右投、右打
オーダー2。
一番ショート島野(一年)右投、左打
二番セカンド星影(三年)右投、左打
三番ライト石森(二年)右投、右打
四番サード嶋(三年)右投、左打
五番キャッチャー濱(二年)右投、左打
六番センター田浦(一年)右投、両打
七番レフト青山(一年)右投、右打
八番ファースト横山(三年)右投、右打
九番ピッチャー泉堂(二年)左投、左打
「外野手出場か」
「打撃も評価されてるんだろ」
「たまたま打席立ったら打てただけなんだけどな」
「チーム環境で気付かなかったんだろうけど、お前本当に能力高いからな」
「つか、右打と左打の偏り凄くない?」
「つまり、相手はそこを突いてくるよな」
「それでどう立ち向かうかを見る、ってことか」
「また、リード考えるの大変だぁ……」
俺と京平の声は、空へと消えた。
練習試合、再び。
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