第23話・合宿と郷田

 5月も終盤。

 夏の大会に向けて、練習はより密度の高い物に変わってゆく。

 食事で身体を作り。

 ウエイトからナチュラルトレーニングに移っていく。

 技術面では、バッティングにノック、ベーラン、投手陣は投げ込み。

 ミーティングで敵チームのビデオやその日の練習模様、ノートを確認し、日々のレベルアップに繋げる。

 強豪に勝つには、セオリーや一般的な型に拘ってはいけない。

 己を持つ。

 監督の指導方針に乗っ取り、独自のスタイルを磨く。

 それが、嶋さんや烏丸さんが強い理由。

 このチームの選手層が厚くなり、勝つためのチームとして進化しているのを日々感じる。


 ところで俺はというと。

 最近は森本とあまり組んでいない。

 しばらくずっと濱さん、たまに山岸さん。

 そして今日は濱さん。

「昨日は低めだったし、今日は高めに投げてみよう」

「分かりました」

「高めは強力な武器だけど、強打者相手に高めが甘く入れば命取り。しっかりコースを意識して突いていこう」

 濱さんがミットを構える。

 真っ直ぐ、ツーシンカー(パターンツーまで言うと長いので、濱さんが命名)、超スローボール。

 超スローは基本ボール球、もしくは外の低めとして使うので、アップなどでついでに練習する。

 右打者想定。

 真っ直ぐでインハイ、ツーシンカーでアウトロー、もしくはその逆。

 これが現在もっとも勝率の高い組み合わせ。

 右打者に対し、インハイいっぱいの後、外に流れていくツーシンカーを見せると遠く感じるという。

 外を見せれば、インハイを近く感じるらしい。

 ゾーンを広く使えば使うほど、打者の目に錯覚させることができる。

 それが目標地点。


「6月の第2日曜日から1週間、合宿やるぞ!」

 監督の一声で、夏大会前、合宿が決まる。


 ここで、平業の周辺施設を説明しよう。

 平業は商業街からやや離れた場所にあり、裏から走っていくと河川敷グラウンドが近い。

 車で15分のところにプロ選手が来るという噂の宿があり、そこにもグラウンドがある。

 監督が言う合宿とは、そこの宿に泊まり込み、いつもより遅い時間まで練習するというものだ。

 何でも、宿のスタッフに知り合いがいるらしい。

 ちなみに、平業にも、合宿用の部屋がある部室棟が設けられているが、女バスや男子禁制の花園、吹奏楽といった結果を残す女子部活のみが宿泊、ならびに施設利用を許可されている。

 男子部活は軒並み敗戦しているため、不遇だ。

 だが、大会に出る以上、合宿という機会は必要であるということで、野球部の現状を見かねた宿の人が受け入れてくれたらしい。


「郷田、どう思う」

「良いんやないか。やるからには徹底的にってことやろ。ただでさえ練習時間足りてないんや。ここいらで、足りないもん補っとかないとな」

 俺は郷田とキャッチボールをしていた。

 力みを無くして投げるという癖付けを意識して投げろとの命令だ。

 後、チームメイトとのコミュニケーション時間でもあるらしい。

「そういえば郷田って、八代中だよな。秦野中との試合出てたっけ?」

 俺が郷田を知ったのは、全国大会結果の新聞。

 実は対戦歴はない。

「出とらん。俺は準決勝までベンチにおった。そこからはスタメンやけど」

「何だ、秦野中は舐められてたか? 戦力温存か? そうされてもおかしくない実力だったのは認めるけど」

「それもあるが、俺は別の理由だ。故障中だったんだよ。怪我さえなけりゃ、本当はエースだったんやけどな」

「え、お前投手だったのか!?」

「せやで。強豪からもスカウトされとった。せやけど……」

 郷田は下を向き、歯を食い縛る。

「俺が肩壊して投手が無理やと分かったら最後、スカウト取り下げよった。その時分かったんや。必要とされてたのは俺という選手やない。豪速球投手のいるチームって肩書きが欲しかったんやってな」

「せやから、二年の冬から最後の夏まで必死でリハビリして、肩直して、ファーストになったんや。幸い、打撃はできた方やったから守備練習がメインや」

 郷田真紀、この男は。

 投手という立場を捨ててまで、野球を掴み続けたのだ。

 もし、この男が故障せず、投手のままだったら。

 そう考えるだけでゾッとする。

「何やその顔。お前が気にする必要はあらへん。怪我は自分の責任や。このポジションを選んだのも俺自身。それに、野手になったからここまでになれたんや。絶対他の強豪をぶっ飛ばす、ってな」

「……強いんだな」

「そんなことあらへん。せやけど、未練が無いわけやない。投手としての自信はあったからな。せやから」

 郷田は、手で構えろと合図してくる。

「お前が、連れてってくれや。マウンドに。郷田真紀という投手の魂を」

 行くで?

 と、郷田は振りかぶって投球姿勢に入る。

 そして、腕を思い切り振り抜く。

 故障していたとは思えぬ豪速球。

 140は出ていただろう。

 恐ろしい程の迫力でこちらに向かってくる。

 グローブに、ボールが収まった音。

 手の痺れが強くなる。

「ふぅ。やっぱり、万全とは言えんな。これじゃ打たれる。投手としての命は終わっている、ちゅうことか」

 郷田は笑っている。

 俺は、グローブの中のボールを見つめる。

 そして顔を上げ、郷田を見て、言う。

「郷田。受け取ったぜ、確かに」

「おう。ナイスキャッチ。あとはソイツ、頼むわ」


 俺はまた、重いものを託された。

 大切にしよう。

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