第22話・バランス
走り込みを終え、グラウンドに戻ると。
学ラン軍団が野球部員を囲っていた。
「端っこで何やってんだ?」
「いや、何か、怖くて」
隅に避難していた京平に声をかけると、珍しく怯えていた。
「だから、そっちで決めてくれよ。大体、お前ら決めたところでほとんど来ないじゃねぇか」
「そうはいかない。応援とは、対象者のモチベーションを最大まで高めるために行うもの。不本意な内容では意味がない。あと、行かなかったわけじゃない。行く前にお前らが負けてるだけだ」
「応援する側の台詞じゃねぇだろ!」
「初戦から総力戦の応援をするチームがあるか!」
あるんだなこれが。
中学時代は毎年予選敗退だから、応援は初戦から全力だったんだなぁ。
ていうか、あの学ラン着てるの女子かい。
「とにかく。最低限応援曲の希望はリストアップしておいてくれよ。吹部にも出すんだからな」
「分かったよ、分かったから」
あの嶋さんが随分引け腰になっていたな。
「いや~、凄かったですね。女子応援団」
「毎年こうやって打ち合わせには来るんだが、試合には来ないんだよなぁ……」
「来る前に負けていたってのは事実だがな」
上から、京平、烏丸さん、嶋さん。
俺は、気になって聞いてみた。
「そもそも、女子応援団って何なんです?」
「元々ただの応援団だったんだ。ただ、男子が入らなくなっていつしか男子禁制の花園になっちまった」
視線が遠くなる嶋さんに続き、鼻をほじる烏丸さんが続いて答える。
「女子部活の応援には積極的なんだが、学校からは男子部活の応援をしろと言われて、仕方なく形式だけの打ち合わせをするんだよ。今となっちゃ、吹奏楽部と会う理由を作るためだけの手段になってる感じだ」
俺は思わず口から言葉をもらす。
「そんなの現実にあるのか」
「なんか、平業って色々なところで漫画臭するよな」
京平、お前は何を言っとるんだ。
しかし、まぁ、うん。
多分、恐らく。
そんな応援団に応援されても嬉しくないだろうな。
男子禁制の花園が去って数分して落ち着いた頃。
正捕手候補の京平と、これまでマスクを被ってきた濱さんと山岸さんと、投手陣の俺と堂本さんは相談をしていた。
ちなみに国光さんは遠くへ走って行って帰ってこない。
堂本さんが話し出す
「で、だ。練習試合の反省点だな」
「制球と、セットの時にボールが抜けること、ですね」
「霧城にツーシームパターンツーが見られた以上、それだけの攻略も難しくなる。だから、新たな武器の習得もあるな」
森本からのすかさずの指摘。
あのときは綺麗に決まったが、まだ確率ですっぽ抜けることがあるツーシーム。
おまけに神木に見せてしまった。
これを分析されると、厄介だ。
真っ直ぐを見られたから放ったので、事実上手札を全て明かしている状態なのだ。
森本は笑いながら言う。
「とは言え、未完成の真っ直ぐと制球を完成させれば、それだけで勝負することはできるんだけどな」
堂本さんは、
「それに、試合ごとにいちいち手札を増やしてたらきりがない。だから、まずは絶対の一を習得するんだ。それが、いざという時の切り札になったり、他の球を大きく活かすための潤滑油になったりする」
やること多いなぁ……。
濱さん。
元々は外野手で、捕手不足を補うため、捕手になった。
僕っ子。
流石外野手出身というだけあり、肩が強い。
捕手としての経験値が足りずに、十分に力を発揮させるリードができなかったと本人談。
森本曰く、キャッチングと送球のセンスは天性のものらしい。
「てことで濱さん。明日受けてください」
「僕で良ければ」
今日はノースローなので、濱さんと練習の約束をした。
トレーニングの時間。
チューブで肩のインナーマッスルのトレーニングを行う。
続けて全身のストレッチ。
筋肉量を増やし、可動域を広げ、連動性を高める。
そのため、念入りに柔軟とじっくり筋トレを続ける必要がある。
何セットか終えた後、休憩していると。
ノック上がって休憩するのか、荒巻がやってきた。
「よっ」
「おう。お前も休憩か?」
「えぇ。昨日は試合見てただけだから、ノックの量多めでね。疲れた!」
荒巻はベンチに腰かける。
練習着の上からでも分かる、しなやかな筋肉。
どれ程のトレーニングを積んだのだろうか。
「荒巻って身体柔らかい?」
「セクハラ?」
「違わい。関節とか、筋肉のことだよ。どんなトレーニングしてんのかなって」
「別に普通の筋トレよ。関節も元々柔らかかったし。それに、アタシの場合は筋力で男子に勝とうったって無理しちゃうんだから、野球の技術を磨くわよ」
「まぁ、確かにスキルは高いわな」
「うーん。でも強いて言うなら、筋バランスは意識してるかな。大胸筋と広背筋のバランスが崩れると、スイングに支障が出ることもあるし」
「バランス」
「そう。筋量を増やすなら、それに対抗する筋肉も意識しないと、身体の負荷がえらい方向に行ったりして、思わぬ怪我するわよ」
なるほど、ちょっと分かった気がする。
身につけたスキルを最大限に発揮するなら。
荒巻は、常に身体の筋バランスの比率を一定にしておくことで、絶妙な力を発揮しているのだ。
「サンキュー荒巻! ちょっと分かったぜ!」
「そりゃ良かった。頑張ってね」
「おう!」
俺は早速トレーニングを再開するのだった。
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