第21話・翌日月曜日

「おう、朝っぱらから足取り重そうだな」

「何故かケツ周りが筋肉痛でな……」


 練習試合終わって翌日、月曜日の朝。

 本当にしんどかった。

 布団から出るとき、学校までの道のり、そして着いてからの階段。

 身体が言うこと聞かない。


 何とか席につく。

 先に着いていた京平と郷田が付いてくる。

「まぁ、昨日はご活躍だったしな。それに、大変なのはこれからだぜ?」

「な、何が?」

「昨日のこれ、ネットニュースになってるで」

 郷田のスマホの画面を見ると、スポーツ新聞の記事だった。

 内容は、昨日の練習試合。

 しかも、デカデカと掲載されている写真は俺だった。

「……どういうこと」

「霧城は名のあるチームだ。そうなると、ある程度メディアが付いて回る。今年の仕上がりとか、目標とか、売れる記事が作りやすいからな。ところが、練習試合で平業に負けちまった。しかも抑えたのは一年投手ときた。当然、今年の公式戦のダークホースとしてとりあげる価値はあるわけだ」

「いや、たまたまだろ? 負けたって言ったって、神木とか、噂のエースとか、霧城には話題の種いっぱいあるじゃんか」

「それを越えるほど、平業の、お前の勝利は強烈なんや。期待の怪物を三振に、霧城のリリーフエースからヒット。たまたまだとしても、記者の目には大きな活躍に見えたやろうな」

「え、えぇ……」


 自分が想像以上の結果を出せたのは分かる。

 しかし、記者に目をつけられる程だとは思ってなかった。

 自分の力というより、森本のおかげだと思っていたから。


「ま、これだけで意識してくるチームはいないだろうけどな。でも、平業にこういう投手がいるって情報は広まった。ここからの練習で、どれだけ昨日の結果を越えるかが、勝負の鍵だな」

「お前、今日はノースローやろ? 身体休めて、明日からまた頑張ろうや」

「おう。お気遣いどうも」

 始業の鐘がなり、俺達は授業に入る。


 放課後。

 昨日の反省会を全体ミーティングで行い、今日は各自フリーで練習。

 投手陣はノースローを命じられ、捕手陣との意見交換や、走り込みといったメニューが中心となる。


「制球や変化球の不安定さは昨日の今日で直るもんでもない。まずは下半身の強化で、フォームをしっかり安定させるところから始めよう」

 という森本の一声で、俺はまずは重い足に鞭打って、走り込みをすることとなった。


 走り込みの最中のこと。

「ん? ああ、バスケ部か。ここランニングコースなんだな」

 いっけね。

 他の部活も夏の大会に向けて練習がより激しくなっているのだった。

 練習場所が他の部活と被るのは好ましくない。

 集中力が途切れるというのもあるが、何よりお互いの邪魔にならないように配慮するというので満足に練習できなかったりするのだ。

 ロードワークのコース変えようと、来た道を戻ろうとすると。


「あれ? 記事の人じゃん」

 ゾワッ。

 何故だろう。

 記事のことを言われるとゾッとする。

 振り向くと、女子が一人いた。

「やっぱり菅原君じゃん。練習?」

「ま、まぁそんなとこです……。えっと?」

「あ、もしかして分かんない? 同じクラスの尾上です」

 クラスメイトでした。

 練習着を汗まみれにして、結んだ髪やとめた前髪はところどころ毛が乱れている。

 結構キツい練習中なのだろう。

「あ、ゴメンね。練習の邪魔しちゃって」

「あ、こっちこそ。コース変えようと思ってたんで……」

「あ、そうだ。どうせなら一緒に走ろうよ」

「え? ちょっ」

 返事を返す隙もなく、と並走することになった。


 かれこれ無言で走ること15分。

「凄いね。流石野球部だ。全然顔色も変わんないじゃん」

「いやまぁ、これくらいなら」

 うん。

 風に吹かれて少しの汗とめっちゃいい匂いが鼻をくすぐる。

 俺も男だ。

 意識するなと言う方が無理がある。

「尾上さんは、バスケ結構やってるの?」

「うん。と言っても、中学は足の怪我が祟って三年の時は公式戦出てないけどね」

「二年までは出てたんだ」

「うん。レギュラーだったし、全国にも出たんだよ。で、そこで無理して怪我したんだけどね」

 全国!

 しかも二年だ。

 つまり相当な実力ということだろう。

「あの、怪我で、辞めようとは思わなかったのか?」

「そりゃ思ったよ。でも、やっぱり好きで始めたことだから。この選手生命、試してみたくなったんだよね」

 少し前を走る尾上さん。

 その表情を伺うことはできない。


「そういえば、菅原君も野球ずっとやってるの?」

「やってる、な。でも、ずっと地区の一回戦敗退とかだよ」

「でもちゃんと続けてるんだ。しかも入学早々記事になるくらい活躍してるし、凄いじゃん! 霧城って私でも知ってるくらい強いとこだよ!?」

「注目されるのって、あんま好きじゃないんだけどなぁ……」


 その後も他愛もない話を続け、学校の入り口まで戻ってきた。

「じゃあ、俺グラウンドに戻るんで」

「うん、お疲れ様!」

「お疲れ様」

 軽く挨拶して、グラウンドに戻ろうとすると。

「ねぇ! 練習終わるのいつ!?」

「え?」

「連絡先交換しよ!」

 ということで、何故か美人の連絡先をゲットした。



 ・尾上京おがみみやこside

 昨日のこと。

 バスケ部の練習の帰り道、野球部が練習試合をしていたのを見た。

 マウンド、って言うのかな、そこに上がったのは、クラスメイトの菅原君。

 入学早々、野球部四名に連れ去られたのでよく印象に残っている。

 霧城と言えば、バスケでも名が通っているスポーツ校。

 野球部の情報もよく耳にはいる。

 無名の平業野球部が勝てるのだろうか。

 興味が湧いた。


 私が見たのは七回くらいだったかな。

 菅原君が目一杯投げるんだ。

 教室では大人しめの彼が、吠える。

 一球一球に魂を込めて投げているのを感じる。

 そして、恐らく一番強いであろうバッターに。

 菅原君が勝った。

 そして、雄叫びをあげたんだ。


 野球のルールなんて、多少見れる程度の知識しかない。

 そんな私でも、鳥肌が立つくらい興奮した。

 彼を意識する理由はそれくらいだ。

 だけど、たったそれだけだけど。

 彼に興味を持つ理由としては、十分だった。


 スマホの画面を見る。

 菅原迅一。

 メッセージアプリに、何の捻りもないフルネームの彼のアカウントが表示される。

 それを見て、少し心が温かくなった。


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