第20話・同日夜
始末が終わり、ダウンも済ませ、後は帰るのみというところで、監督に挨拶してから行こうと思って部室から出る。
室内練習場にいるって言ってたな……。
室内練習場に着くと、監督と数名がいた。
「今日のピッチング、とても褒められたものではないな」
「監督、あれは自分のリードミスです。国光さんは」
「だとしてもだ森本。今日のコイツは、チームの看板を任せられるような内容ではなかった」
監督と国光さんに、京平、嶋さん?
何やら話しているようだが。
重苦しい雰囲気が漂っていた。
「スタミナ不足は十分解消されている。だが、中盤からの狂いはとても見てられんかった」
「前半の内容は、後ろから見ていても頼もしいものでした。乱れやすい変化球も、今日はしっかりコントロールできていましたし、疲れも見られなかった」
「森本のリードはむしろ良すぎたくらいだ。どれだけの強打者相手にも、逃げることない攻めのリード。だが、甘いボールだったな?」
「国光さんは、自分のリード通りに投げていました。そりゃ、甘いところを叩かれましたが、捕手のリードを信じてくれました」
「だからこそだよ。リードを信じて投げるのは良い。だがそこで油断があったんじゃないのか?」
「監督!」
「自分の特性は分かっている筈だ。中盤で乱れるということ。だが、今日は序盤から調子が良かったな。そこで浮き足立っただろう。俺はできると。エースを背負えると。そこで段々と森本のリードに納得がいかなくなったんだろう。それでも渋々従ってたんだろう?」
「監督、流石に言い方ってもんが」
「馬鹿なことを考えたもんだな。今まで本職の捕手がいなかったから気付かなかったんだろうがな、お前は調子が上がったとき、無意識に逃げの変化球を使うんだよ。入部前からな!」
「監督、それは!」
「ところが、森本が攻めたリードをしてきたもんだからビビったんだろうな。今までのスタイルに反したものだ。そこが矛盾して力んだ結果があれだ。あんなもの逃してくれるほど、強豪は甘くない」
国光さんに、監督からの言葉が襲い掛かる。
「それに打たれた後もだ。完全に集中力を切らしただろう。それはいい。だが、そこから切り替えもせずにズルズル引きずって一年相手にノックアウトか。挙げ句の果てには菅原に投打でケツを拭いてもらって、情けない話だ」
だが、流石に言葉がキツくないだろうか。
「厳しいことを言わせてもらうが、今のお前はエースどころか、そもそもベンチに入れるかすら悩むところだ。今日の調子なら、それこそ菊谷なり樋川なりをあげた方がマシだったな」
監督は室内練習場を出ていった。
物陰から出て中に入る。
「迅一」
京平が気付く。
「お、おう。何か、聞いちまった」
「すまんな、森本、菅原。嫌なもの聞かせてしまった。嶋も悪いな」
「しかし、監督も随分言葉キツかったですね。練習試合であんなに言うなんて」
「言うことも分かるんだけどな。それだけ期待値が高かったんだろう。特に森本は捕手が本職。そこで組ませて、どれだけ通じるか期待するのも分かる」
「しかし、京平よ。お前、本当に肝が据わってんな。先輩相手に強気なリードするなんて」
「まぁ、必要だと思えばやるさ」
「森本。本当に、すまない。俺は確かにあのとき、お前のリードを受け止めていなかった」
「国光さん、そんな当然ですよ。一年のリードなんて」
国光さんはより顔を落としながら、
「いや、それも言い訳だ。どんな状況だろうと、捕手を信じるべきだった」
嶋さんは国光さんの背中に手を添える。
「急造捕手としか組んだことがなければ、当然自分で考えて投げるしかない。今まで、何もかもが自分からだったコイツは、どうしても迷ったんだろうな」
「すまん。今日は、一人にしてくれないか……」
国光さんは、おぼつかない足取りで室内練習場を後にした。
「まぁ、急には受け止められないだろう。自分でもハッキリと分かるくらい、酷かった上に、新入りにあれだけのピッチングされたらな」
「たしかに、迅一も霧城相手に、本当によく投げたぜ」
「あれも、勝たせてもらったようなもんだけどな」
「国光もこれからだ。能力は十分。後は、己の精神の問題だ」
帰り道、嶋さんと別れた後、京平と二人で歩く。
「噂で聞いたが、神木にライバル認定されたらしいな」
「誰から聞いたんだよ。郷田か。アイツ覗き見なんて趣味悪いぜ」
「バレてたのかよ。アイツも恥ずかしいな」
京平は笑った後、目の色を変える。
「どうだった。神木と直に向き合って」
「……正直、二度と戦いたくないと思わされたよ。本当に化けもんだ、ありゃ」
「俺もだ。国光さんも、集中できてなかったとはいえ、それでもコースに決まってたんだ、あのボール。あれを完璧に捉えられた」
「今日はいなかったが、あれにエースまで出てきたとしたら」
「……今のウチじゃ、手も足も出ない。それどころか、コールドゲームだってありえる」
「監督の言うとおり、勝たせてもらったってことだよなぁ」
そして、それより上がいるということも。
勝ちこそしたが、俺と京平は、改めて強豪のレベルの高さを思い知った一日だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます