第19話・ゲームセット
八回表を五、六番に打たれ七八九を抑える。
九回表を三者凡退にしてゲームセット。
結局この試合、神木との対決は七回表の一打席のみに収まることとなった。
挨拶を済ませ、グラウンド整備を終え、霧城の撤収を手伝い、帰りを見送る。
時間は既に18時を過ぎていた。
「よう」
後ろから声をかけられる。
振り向くと、俺よりやや背の高い神木が立っていた。
「あ、どうも」
「随分他人行儀じゃないか。あんだけ遠慮なく吠えてたくせによ」
何か、顔のわりにフレンドリーな奴だな。
「真っ直ぐしか投げないって聞いてたんだがな」
「お前クラスの怪物相手じゃ、それ一本で抑えられないって分かってたしな。それに、俺は大した投手じゃない。一つの武器で戦える程、ふてぇ野郎じゃねぇよ」
「随分謙虚なんだな」
「ビビりなんだよ」
「自分で言うかよ」
「最初は、全く興味なかった」
「だろうな」
「エースを打った時点で、このチームの程度を知った気になった」
「言うじゃねぇか」
「だが、お前がいた」
「俺?」
「お前、弱小校出身らしいな。そんな奴が、霧城の打線を相手に堂々と投げて、しかも無失点だ」
「何が言いたいんだ?」
「楽しみになったんだよ。こんな奴とこれから三年間、甲子園出場を巡ってやりあうって思ったらよ」
神木が初めて見せた微笑み。
あんまり表情に出てないけど、うっすら笑っている。
「今日は一回しか戦えなかったが、公式戦では必ずテメェの真っ直ぐをスタンドにぶち込んでやる」
「公式戦ってか、今日もっかいやれば絶対負けてたんですけど」
「ごちゃごちゃ言うな。とにかく、ウチと当たるまで、負けんじゃねぇぞって話だ」
神木が振り返り、バスに向かって歩く。
「あぁ、そうだ。名前、と連絡先教えてくれ」
「は?」
「情報交換だよ。せっかく同級生なんだし、仲良くしようや」
高校生活、五人目に手に入れた連絡先は、他校の怪物打者のものでした。
見送りが終わった後、全員集合が三原監督よりかけられた。
「皆、今日はご苦労だった。急な試合だったが、よく戦ってくれた」
言いながら監督から配布された紙には、様々なことが綴られていた。
「各自、課題や強みが少しでも見えてきたはずだ。公式戦まで決して長い時間とは言えないが、まだ日がある」
一人一人に目線を向けながら言葉を紡ぐ。
「私は、甲子園を目指す。このチームで。その為には、私立の連中と同じ事をしていても勝てない。分かるな?」
皆、無言で聞く。
「全体のレベルアップ、個人の強化、チーム内の熾烈なレギュラー争い、練習の為に用意されたカリキュラムと設備。強豪でできることは山ほどある。だがウチはどうだ。普通校として勉学に励まなければならないし、練習時間も決まっている。設備も今からの拡張、導入は難しい。更にチームの粒の不足ときた」
「今日の試合だって、あのエースが登板してたらそもそも点がとれていたかすら分からない」
「今日は、勝たせてもらったと、華を持たされたと考えている」
そう、強豪に比べて、あらゆるものが足りないのだ。
普通の公立と、強豪私立。
その差は、意識せずともハッキリと目に見えて表れる。
「ならばどうするか。決まっている。考えるんだ!」
実戦。
「ありとあらゆる予測を立て、常に考え、それに見合ったプレーをする!」
「ダメなら反省し、改善!」
「良ければ更に磨く!」
「練習、試合、座学、何でも良い!」
「思考と動作を常に共鳴させる!」
「一つ一つの行動を活かす!」
「選手一人一人が己の個性を、武器を磨き!」
「並々ならぬ強豪に、恐れず立ち向かう!」
「我々が勝つにはそれしかない!」
それは、強豪もやっていることだ。
だが、環境も、時間も、最初のスタートラインすら差があるなら。
それぞれ人に与えられた思考と個性で勝負するしかない。
そして、この監督は、チームは、何度も考え、予測し、あらゆるパターンを試し、躓き、それでもまた立ち上がろうとしてきた。
結果、何度悔しい思いをしても、そのプレーに後悔は決して残らなかった。
そう、彼らは。
このチームは。
「お前らはどうだ?」
「勝つ気はあるか、甲子園の土を、優勝旗を、掴む気はあるか!」
「ならば、考えろ! そして練習だ!」
「「応ッ!!」」
常に全力なんだ。
今までは、届かなかった夢かもしれない。
監督の言ってることは、チームの選手次第の結果になる。
だから、完璧とは、正しいチームの方針とは言えないだろう。
でも、本当に、それくらいでなければ。
あの強豪たちには、夢の舞台には届かない。
弱小の俺らしくない。
この熱にあてられて。
俺も、本気で甲子園に立ちたいと。
このチームで勝ちたいと思った。
今は、課題を。
多くの練習、実戦で、己の武器を磨く。
そしてこのチームで勝つ。
甲子園に行く。
その決意を、新たなものとした。
・霧城エースside
「どうだったよ。面白い奴はいたか?」
バスの中で、隣に座った神木に尋ねる。
皆、珍しく熱くなって疲れたのか、監督含め眠りについている。
今起きているのは、バスでサボってたワシと途中出場だったという神木。
そして恐らく恋人とメールしている一部の連中だけだ。
一応気を遣って小声で会話する。
「ええ、まぁ。楽しみにはなりましたね」
「ほう。お前が珍しいな。てっきり全国レベルの強豪にしか興味なかったのかと思ってたが」
「当たってますよ。ですが将来、甲子園を競うだろうライバルはいました。まだ粗削りではありますが、ありゃ化けますよ」
「そこまで言うかよ」
「近ければ今年、もしくは来年か。アンタを越えるエースになるかもしれませんよ」
「ほう?」
本当に珍しい。
この男は中学からの後輩だが、如何せん全国出場の経験がありすぎるあまり、同地区にライバルはいないと思っていた。
酷いときにはその辺の石ころの方が関心を寄せられることもあった。
それを、まぁ期待させるような投手がいたと。
しかも、自分を越えるような投手になるだろうと聞いて、黙っちゃいられなかった。
「そいつの名は?」
「菅原迅一。面白いピッチャーですよ。速くは無いですが、とんでもない回転の真っ直ぐだ。あのツーシームにも、度肝抜かれて思わず三振しました」
「へぇ、良いねぇ。しばらく張り合いのあるピッチャーに会ってなかったなぁ……!」
ここしばらくこの地区は、良い投手はいても、強い投手はいなかった。
投球に関してはワシが最強。
自他共に認めるところだった。
だが、この神木が認めたのだ。
化けるとまで、甲子園を競うとまで言わさせた。
このプロ顔負けの怪物に。
「今年はぁ、期待できそうだなぁ……!!」
「顔怖いですよ、富樫さん。あと若干素が出てきてます」
菅原迅一ィ……!!
勝ち上がってこいやァ……!!
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