第18話・七回表

 六回表を七番内野ゴロ、八番に打たれ、九番三振の一番外野フライに抑え、裏を無得点で迎えた七回表。


 先頭打者、二番。

 恐ろしい程のバットコントロールを身に付けている。

 バットに当てられたらまずヒットはほぼ確実なので、この人だけは絶対に止めなくてはならない。

 さて。

 ここまで真っ直ぐだけで何とか勝負してきたものの、さっき一番打者に見られて、ある程度分析はされているはずだ。

 後は、森本の読みと、俺次第。

 初球から、常に、全力で!

 野球は、気持ちで勝てるほど甘いもんじゃない。

 ただ、勝ってる奴のプレーにはいつも気持ちが入ってる!

 初球、二球目、共にファウル。

 三球目から五球目。

 コースを意識しすぎてスリーボール。

 フルカウント。

 さて、ここまで全て自分発祥の武器。

 つまり、超回転の暴れるストレート。

 そしてここから。

 緩急。

 全く同じ握りで、同じ振りで。

 握力を、抜く!

 フワッ。

 これぞ、監督考案の必殺、超スローボール!

 そのボールは弧を描き。

 ポスッという表現しかできない音で。

 森本のミットに収まった。

「ストライク、バッターアウト!」

 静寂の中に、審判のコールだけが響いた。


「ブッ、ハハハ!!」

 後ろで烏丸さんと嶋さんが腹を抱えて笑っている。

 ベンチでも三原監督がヒャーッヒャッヒャッとイカれた笑い声をあげている。

 投げた側としては決まるかどうかという緊張感にいたのでたまったものではないが。

 相手の二番打者が、やってくれたなという表情でこちらを見ながらベンチに帰る。

「いいねいいね、ナイスボール!」

「さぁさぁノッてきた!」

「勝負つけようぜ!」

 バックから、味方ベンチからの声援は一層大きくなった。

 相手側からも。

「面白くなってきたなぁ!」

「やるじゃねぇか一年坊!」

「こっちも打ってやろうぜ!」

 如何せんさっきよりとんでもない盛り上がりを見せている。

 何だか楽しくなってきた。


 三番打者。

 この次に控えているのは。

 ネクストバッターサークルをチラッと見る。

 そこには奴が待っていた。

 こっちにはまるで興味なさそうだが。

 俺の何倍もレベルの高い国光さんから打った同世代との勝負。

 このチームに磨かれた今の自分がアイツにどこまで通用するか。

 試してみたい。

 さて、この三番打者。

 右打者であり、左キラーなので、左腕の俺との勝負にはめっぽう強いはずだ。

 それなら基本的に勝負を避ける。

 具体的には敬遠か、あるいはコースを突くふりしてボールカウントを稼ぐか。

 あるいは被安打覚悟で普通に投げて、打たせて守るか。

 しかし次の怪物を考えると、ランナー出すのは好ましくない。

 そうなりゃ、もう答えは決まっている。

(真っ向勝負ただひとつ!)

 俺と森本は今頃同じ表情をしていることだろう。

 ファウル多めに、初球から七球目まででカウントツーツー。

 動いたのは八球目。

 低めをずっと意識させ続けて。

 やっと来ましたこのコース。

 思いっきり高めの真っ直ぐ。

 これには流石に驚いたのか、詰まった当たり。

 外野フライ。

 詰まってこれかよ。

 読まれて打たれたら普通にフェンス越えてたな……。


 さて、問題の四番、神木。

 森本がタイムをとってマウンドに向かってくる。

「国光さんが打たれた相手だ。生半可なボールじゃ打たれるだろうな」

「何だ、この期に及んでビビってんのか?」

「まさか。むしろ楽しみだぜ、相棒の球がどれだけ通用するのか」

 本当に、考えていることは同じらしい。

「とはいえ、ここまでピッチングは見られている。さっきは通じたが、スローボールも未完成の今では簡単に持っていかれる。そこで」

「ツーシームとそのパターンツー、か」

「そういうことだ。ここで出すぞ。覚悟は良いな?」

「あたぼうよ」

 森本が頷き、定位置に戻る。

 その背中に思わず声をかけた。

「森本」

 ん? という顔で振り返る森本。

「俺はお前のリードを信じる。どんな時もな」

「何だよいきなり」

「……頼むぜ、相棒京平

 俺の中の感情。

 勝負への期待。

 楽しみ。

 緊張。

 恐怖。

 そして、相棒への信用が全て。

 この言葉に込めて発した。

 それを感じたのか、森本は笑っていた。


 神木に視線を向ける。

 吸い込まれそうな程の無表情。

 ゾクゾクするぜ。

 ドMじゃないぞ。

 武者震いだぞ。

 本当に何を考えているか分からない。

 コイツはきっと、もっと先を見ているのだろう。

 その世界は、俺にはまだ見えないけど。

 コイツに勝ったら、見えるのだろうか。


 初球、インコース高め。

 いきなりと思うだろう。

 これは、宣告だ。

 俺達はお前との勝負から逃げないという意思表示。

 ストライク。

 神木の表情が動く。

 二球目。

 外へ。

 これはボール。

 三球目。

 またインハイへ。

 指の感触が良かった。

 この球は、バットに吸い込まれ。

 それは大きな金属音と共に放物線を描いて飛んでいった。

 ライト方向にきれていってファウル。


 あっ、あっ、危ねぇ!!

 何だありゃ!

 かなり良いコースに良い球行ったのに!

 つか詰まってたろ!

 それであれかよ!

 本当に怪物打者、というか怪物打線だな!


 切り換えて四球目。

 インコースボール。

 五球目。

 低めにボール。

 六球目。

 ファースト横にファウル。

 七球目。

 低めでライトにファウル。

 八球目。

 外からサードへファウル。


 森本のサインを見る。

 そのサインは、今までとは違うもの。

 ツーシームパターンワン。

 低めに。

 九球目。

 インローに!

 ミットにめがけて放られた球は。

 ミットに届くことなく。

 豪快な金属音と共に外野へ飛んでいく。

 レフト方向。

 ファウルになるか、グローブが届くか。

 飛び込んだが、届かずにファウル。


 しかし、打たれたか。

 分かっちゃいたが、やっぱり通用しない。

 パターンワンに関しては標準のツーシーム。

 そしてそれは、監督に言われた。

 お前に合ってない、と。

 なのでもう一つ。

 パターンツーを本命として磨いたのだ。

 厳密にはツーシームとは違うもの。

 ただ、俺が投げたとき。

 ほぼストレートと混ざってツーシームっぽい軌道になったのだ。

 パターンワンを投げたのは実践で改善の余地があるかを見るためだ。

 改善の余地はまだありそうだが、今ではないだろう。

 それじゃあ本命パターンツー。

 十球目。

 ミットへ向かってツーシームパターンツー。

 パターンワンはそれっぽい軌道でただ沈むだけだった。

 パターンツーはギリギリまで真っ直ぐ。

 そして手元で大きく曲がり、ゾーンの外からゾーンに一気に切り込む。

 これぞ、俺の新たな武器、ツーシームパターンツー。

 別名、普通の高速シンカーである。

 流石に神木の度肝を抜いたのか、豪快な空振りで三振となった。


 スリーアウト、チェンジ。

 俺と森本は思わず雄叫びをあげていた。

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