第17話・五回裏

 五回裏。

 先頭打者、俺。

 リリーフで出て、いきなり打席である。

 監督は無理して打たなくて良いと言っていたが。


 投手が投げる。

 アンダースローからの真っ直ぐは本当に打ちにくい。

 二球目カーブ。

 三球目真っ直ぐ。

 そして四球目。


 そういえば、俺は、このチームに入ってから気付いたことがある。

 というより、森本に言われて気付いたのだが。

 どうやら俺は、

『お前、自覚無いかもしんないけど、俺達との試合で、本気で俺らに勝つための試合してたのお前だけだったんだぜ?』

『入部試験の時も、勝つ必要はないって俺が言ったら目の色変えて嫌そうな顔になってたもんな』

 負けても良い、ってプレーが本当に大嫌いらしい。


 サウスポーのシンカーは左打者に向かって曲がる。

 そのコースは膝元インコースいっぱい。

 そしてそこは、俺の最も得意なゾーンに入る!

 硬球がバットに当たったときの感触。

 その威力は軟球の比ではなく。

 決して慣れたとは言えぬその痺れを。

 外野に向かって打ち飛ばした。

 打球の方向は分からない。

 本当に夢中で打ち返した。

 そして、ある一言で俺の意識は鮮明になる。

「走れぇ!」

 打球は左中間に落ち、、フェンスに向かって転がる。

 それを認識したが最後、一塁を踏んで二塁へ走る。

 平業の選手として、初登板、そして初打席。

 ツーベースヒットである。


 ・森本京平side

「アイツマジかよ。打ちやがった!」

 興奮が抑えられなかった。

 迅一は中学時代、言葉は悪いが、本当にチームに恵まれず、その才能を、努力を、活かすことができなかった。

 自覚は無いだろうが、アイツは本当に勝つためのプレーを、努力をしていた。

 周囲との無意識の中での、レベルや温度差があった。


 同時に、その才に見惚れ、同じチームで、一緒に甲子園を目指して戦いたいと思った。

 その時、ここまでやると思っていたか。

 ベンチに入ったのも、試合中の登板も、何もかもが本当に急である。

 普通の一年なら、萎縮したプレーをすることだろう。

 だが、菅原迅一という男はどうか。

 相手投手の決め球、しかも今日一くらいの走りだったシンカーを打ち返したのだ、しかも初見で。

 さっきのピッチングだってそうだ。

 何の迷いもなく、真っ直ぐを投げ抜いた。

 様々なプレッシャーを背負って、組んだばかりのバッテリーのサインを信じて、強豪打線を相手に、それもきっちり抑えた。


 正直、自分の期待以上だった。

 見たい。

 もっとこの男のプレーを見たい。

 公式戦で、甲子園で、世界で。

 エースナンバーを背負ったこの男のプレーを。

 ならば、その為に自分は何をする?

 決まっている。


 菅原迅一を、勝たせる。

 野手として、捕手として。

 このチームの、スタメンマスクをいただく。

 この試合、本気で勝ちに行く決意を、新たなものとした。


 ・菅原迅一side

 一番、烏丸さん。

 ここまで二安打の活躍。

 流石に投手に打たれるとは思ってなかったのか、相手に動揺が見られる。

 そして、甘く入るボール。

 そんなもの、この人が見逃す筈がなく。

 レフト前に打ち返した。

 三塁へ進む。

 無死一、三塁。


 二番、藤山さん。

 バントの構え。

 これには流石に内野に苛立ちが見える。

 思い切り前に出る内野陣。

 ダブル、あわよくばトリプルプレーを狙おうとしているのだろう。

 ところで。

 冷静になってみれば。

 こんなところで態々予告してまでバントを狙う理由などあるだろうか。

 否である。

 相手にわざとバントさせてゲッツーを狙うならば、そんなに凝った球は投げないだろう。

 その球は非常に打ち頃だ。

 バントを解き、バッティングのスタンスに。

 これぞ、藤山さんの得意打法。

 バスターである。


 二遊間を抜け、センター前。

 俺はホームへ、烏丸さんは二塁へ、藤山さんは一塁へ。

 無死一、二塁、タイムリーヒット。

 5対3。


 この後、三番の郷田が初ヒットで走者一掃のタイムリーツーベースを放ち、同点。

 そして四番、五番、六番と三連続外野フライでスリーアウト。

 そしていよいよ、怪物打者との邂逅が近付いてくる。

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