第16話・五回表、その弐

「ちょっ、どういうことですか!」

「どうも何も、お前を指名したんだ。肩は作らせていただろう?」

「堂本さんも作ってたでしょ!」

「今この状況では、堂本は奥の手だ。三人しかいない投手で、堂本をここで使ってノックアウトされたら敵わん」

 ぐうの音も出ない。

 こちらには決定権が無いので、従う他は無い。

 のだが、如何せん心の準備が出来ていない。

 重い足でえんやこらとマウンドに走る。

 その途中、監督からの一言。

「とにかく、投げることを怖がるな。投げさえすれば、打たれようが、お前には守備がついている」


 マウンドでは、森本が下を向いた国光さんと待っていた。

「悪いな。いきなり交代させちまって」

「仕方ないですよ。相手は凄い打者でしたから」

「凄い打者か」

 国光さんは顔を上げ、こちらを見る。

「今の俺では、チームを勝利に導く投手にはなれない」

「そんなことは」

「だから、もう一度立ち上がる。俺は、絶対にエースを譲らない。だが、今は、この場をどうか頼む」

 エースナンバーへの執着。

 投手が少なかった弱小の中学時代は、エースナンバーの重みに気付くことはなかった。

 だが、高校野球は違う。

 それぞれの野球で、頂点を目指す投手が、喉から手が出る程欲しいものだ。

 チームの看板。

 それこそがエース。

 自分も将来それを背負う可能性があるということ。

 誰よりも渇望した男が新入りに頭を下げてでも、マウンドを託したこと。

 そのことを自覚したとき、今までに無いほどの緊張感が全身を駆け巡る。

「……分かりました。自分のベストを、尽くします」

 ボールを受け取る。

 硬球の物理的な重み。

 込められた魂の重み。

 マウンドに上がる者達の意志の重み。

 チームの皆からの期待の重み。

 色んな重みを感じながら、ベンチに戻る国光さんの背を見送る。


 森本は深く深呼吸をしてこちらに向く。

「託された以上は、簡単には負けらんねぇよな。迅一」

「ああ。期待に応えないわけにゃいかねぇ」

「よし。まずはこっから下位打線。上位に比べりゃパワープレーは少ないが、小回りが利く奴等が集まってる。基本はコースを狙いながら、打って取らせる。カウントが稼げたら、試すぞ」

「ツーシームパターンツー、か」

「おうよ。あれなら、制球が乱れても必ず抑えられる」

 そう言って森本は定位置に戻る。


 覚悟は決まった。

 余計なことは考えない。

 失うものは、何もない。

 全力で、あのミット目掛けて、投げるのみ!


 渾身のストレート。

 二球連続でストライク。

 そして三球目、高めへ。

 今までに無いくらいの、全体重の乗ったストレート。

 五番打者のバットに引っ掛かり、打ち上がる。

 森本がしっかりと捕る。

 キャッチャーフライ。

 ツーアウト。


 六番打者。

 初球からの真っ直ぐで振ってきたが、セカンドゴロに抑える。


 数か月前まで弱小だった自分。

 最高の捕手、多くの仲間に助けられて、強豪の打者をここで抑えたことは、自分の中で大きな自信となる。


 これが、チームを背負って投げた初めてのマウンドだった。

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