第15話・五回表、その壱

 試合は平業2点リードのまま。

 特に動きのないまま五回表、霧城の攻撃。

 八番からの打順。

 森本の読みが当たっているのか、国光さんの調子が良いのか。

 霧城はランナーが出ても、得点にまで結びつけることができない。

 このまま順調に行けば、勝てるかもしれない。

 そう思った矢先、試合は動く。

 人はこれをフラグという。


 八番、セーフティバント成功。

 バント技術ももちろん、足が速いのだ。

 九番、送りバント成功でワンアウト。

 一番にまわって、国光さんの制球が乱れる。

 甘く抜けた落ちないフォークを捉えられ、タイムリーツーベースに。

 一点を返され二番打者。

 向こうの狙ったコースだったか、打たれ、シングルヒット。

 そして三番、仕返しと言わんばかりのホームランを決める。

 逆転。


 国光さん、基本優秀なのだが、スタミナにやや難ありらしく。

 好調な時でも五回前後を峠に制球が乱れるらしい。

 霧城は名のあるチームだ。

 当然そこは分析されている。

 この機を待っていた、と言わんばかりの火力をここで見せつけてきた。

 そして、主砲の四番。

 なのだが。


「主審、選手交代!」

 向こうの監督が宣言する。

 四番に代打。

 異例も異例だ。

 無いことは無いが、強豪では珍しかろう。

「代打、神木!」

 背が高めの男。

 バットを肩に担いで、ゆっくりと出てきた。

 神木咲来かみきさくら、噂に聞く怪物一年。

 右投げ左打ち、一塁手。


 国光さんも森本も、動揺してるのが目に見える。

 主砲の代打、それも一年。

 いくら打力があるとはいえ、強豪の打線でそれを予想するのは無理があった。

 平業クラスの選手層であれば、無いことは無いが、霧城のレベルでは考えにくい。

 森本は様子見のサインを出したのだろう。

 それは、捕手として正しい流れだ。

 だが、それは、この相手には悪手である。


 初打席、初勝負。

 完璧に捉えられ、ホームラン。


 5対2。

 国光さんの集中力が途切れた。

 最早膝に力が入っていない。

 今にも崩れ落ちそうな国光さんを目に、三原監督は声を上げる。


「ピッチャー交代!」

 恐らく堂本さんだろう。

 しかし、堂本さんはこちらを見て微笑むだけ。

 ……まさか。

「国光に代わって、菅原!」


 俺である。

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