第3話・笑わせんな
「やっぱ、さっきまで中学生だった奴と高校野球の選手、しかもエースじゃあこうなるよな」
「お前程でもそういう反応なのか」
「そりゃそうさ。中学で打てる奴が高校で打てるわけじゃない」
ヘルメットを被って立ち上がる森本。
「でも、ただ負けてるだけじゃあ面白くない。これから上を目指すってんなら、多少は足掻かないとな」
敵だったときは恐ろしかったが、いざ味方になると、本当に頼もしい背中だった。
そして、森本が打席に立つ。
・森本京平side
「よろしくお願いします」
礼をして右打席に立つ。
マキが一塁に見える。俺の仕事はマキを進塁させ、次の菅原に繋げることだ。
「お前、随分評価されてるらしいな」
ミットを構える先輩が声をかけてきた。
「一応、その分、努力してきましたから」
「なるほどな。なら、期待させてもらおうか」
国光さんが球を放る。
いきなりインハイ高速シュート。
「これで持ち球は見せたぜ」
「流石」
スローカーブ、フォーク、高速シュート。充分トップレベルの投手だ。
だが、既に手は決めている。余計な思考に囚われるな。自分の打つべき球を見るだけだ。
二球目、フォークを見せる。ボール。
三球目、再び高速シュート。これもボール。
四球目、スローカーブ。これはギリギリ入ってストライク。
「バットを振らなきゃ打てんぞ?」
「振れる球が来れば振りますよ」
「へぇ?」
そして五球目、真っ直ぐ、アウトロー。
ここでバットを振る。
一塁線切れてファール。
「振れる球ってのは真っ直ぐだったか。これでもう決まりだな」
六球目。ボールは途中でガクッと落ちていく。フォークボール。
待ってたぜ、この球を!
俺はバットを振り抜いた。
・菅原迅一side
バットの快音が響く。
ボールは左中間を抜けた。
「マジ?」
思わず声に出てしまった。
郷田は三塁へ、森本は二塁へ。
今打ったのはおそらくフォーク。真っ直ぐの後のフォークを待っていたのだ。
どういう意図で狙ったかは分からないが、それを実行するとはとんでもない打撃スキルだ。
そしていよいよ俺の打席。1打席勝負なのだが、打てば進塁できるというルールは初めてだ。だがありがたい。目の前にアイツらがいると分かれば多少だが緊張は解れる。
ここまでやってもらって、弱小なりにも足掻かないわけにはいかんよな。
「頼むぜ、迅一よ!」
「打ったれや!」
ランナーからの声は、凄く響いた。
左打席に立ち、一球目フォーク、ストライク。
二球目、ストレート、真っ直ぐ。ボール。
三球目高速シュート、ボール。
四球目、真っ直ぐ、アウトロー。
打てる。
ふと頭をよぎった感覚。
思い切り踏み込み、バットを振る。
ボールが当たった感触。
硬球の威力がバットを伝ってくる。
ボールの行方は見えていない。
一体何処へ。
ガシャン。外野後方のフェンスから音がした。
どうやら当たったらしい。
俺は一塁へ。そして郷田がホームベースを踏み、俺たち1年は、先輩たちから点を取ることができた。
打撃勝負、終了。
ベンチへ戻ると森本が笑って待っていた。
俺も思わず笑みを浮かべて、
「打てたよ」
「あぁ、やるじゃないか」
自然とハイタッチをしていた。
「弱小だって? 笑わせんな。お前が俺たちの中で一番凄い選手なんだよ」
森本の誰に向けたわけでもないつぶやきは、誰の耳にも届くことなく消えていった。
そしていよいよ、投手としてマウンドに立つ。
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