第125話 理解は出来ているつもりだ

「彼はウィルソン・ネモ、と言うのだろう? 名前の怪しさとすればジョン・ドゥとそこまで変わりがない様にも思うが」


 去っていくウィルの背中を眺めていると、声がかかる。

 ありがちな偽名みたいな名前、と言うならさ。

 ある意味ジョンよりも怪しい。とは俺も思うが。


 立っているのに飽きたのか、ローラがいつの間にか隣に来ている。

 今のセリフからすると、話は聞いてたんだろうな。


「言いたいことはわかるけどね。……ジョンと違うところは、それを自分で名乗ったわけじゃないってことだな」


 彼にはお母さんがいて、名前はお母さんが付けてくれたはず。

 名前の時点で、いろいろ誤魔化そうというジョンとはそもそもが違う。


「人としての成り立ちはともかく、名前は私の方がまともだ」

「まともの定義をどう説明する気だ?」

「具体的に説明せよ、というなら今ここでやってもいいが?」

「本気でやりそうだから遠慮しておく。知っての通り、俺は頭が悪いんだ」

 

「悪くは無いだろう? それはおいても。……お前と彼の言う学校、というのがいまひとつピンとこなかった。概念として理解しているつもりだが、ならばこそ。そこまで行きたいものだろうか」


 イヤミとかではなく、ローラには多分、先生も学校も要らなかっただろうとは思う。

 初めから地頭がよく”作って“ある以上、見聞きしたら理解できるんだから。

 便利でうらやましい、とも思う反面。よく考えると、それはそれで大変なことな気もする。


「教材だけで書いてあること、聞いたことを理解できる人はほぼいない。と言うだけの話だ。内容の理解を進めるためには、先生に教えてもらわにゃいかんだろうし、理解度をチェックするための試験だって必要だ。ってことだな」

「ボクはむしろ人間関係がそれにあたるのだろうな。お前やメカチーフがいないと、人とコミュニケーションさえおぼつかん」


「チーフと俺を同列に並べるな。……そしてあの人をロールモデルにするのは止めろ」

「艦長からボクまで、気さくに話をしてくれる。という点でモデルとするには最高の人財だと思うが?」

「あくまで話し方、に留めてくれ……」


 確かにものすごくコミュ力の高い人ではあるんだけどさ。

 実は行間や言葉の裏側が真っ黒な人だからなぁ。

 同じロールモデルにするなら、ブリッジのソニアさんとかで良いじゃん。



「ところで、デザートピーク自警団に救護された女性達はどうなったのだ? 聞くのを忘れたのだが、報告書からは抜け落ちているようでその後がわからん。何故ナミブに搬送されなかった?」

「デザートピークと周辺の施設に収容されてる。“身体”もそうだが、精神的に立て直すのに時間がかかるだろ、……それなりに」


「少し前のボクなら腑に落ちないところだ。身体の傷さえ治れば良いでは無いか、などとな」

「いや、お前。……傷って言ってもさ」


「けれど、今のボクには理解ができる。傷を負うほど強制的に性交をされたとすれば、精神的にどれほどの傷を負うものか。具体的で無いが多少の理解は出来ているつもりだ」


 こちらを見ていたローラの目が少し外れる。


「セックス自体に対しての興味、憧れ、畏れ、などと。……別に性行為自体を蔑視や神聖視しようとも思わないが、それがただのケガでは無いと言うのは。今のボクならばわかる。ナミブに来て、たくさんの人々と色々な話をする間に、アウローラ・ハーベイ特尉ではなく、ただの小娘。ローラとしてのボク自身。と言うものが出来上がってきたのだと思う。そのボクがデザートピークに隔離されたもの達の運命を嘆いて、怒るのだ」


 そこまで言うと再度ローラと目が合う。

 耳まで真っ赤になってるな……。

 何かこっちまで恥ずかしいよ。


「……その女性達自身には、なにひとつとて瑕疵が無いのに。このケースだと、もとのコミュニティに元通りに全員戻れる訳では無い、と聞いた。非道い話だ」


「むしろ周りはなにも言わないだろうけどね、本人はな、多分ツラいだろ」

「だから、今のボクにはそれが理解できる。と言う話だ。さすがにボクに置き換えて考えてもそれはツラいことだ。……とは言え何も出来ることは無し」


 ――す。ローラは俺に目線を送りながら、目の前を歩いて行く。


「とりたてて現状、ボクに出来るのは機械の操縦くらいのものだ。……聞かれたら倉庫を手伝いに行った。とセンパイには言ってくれ」 

「わかった。――上は良いのかよ?」

「ボクが居る必要は無い、することが無いからセンパイの隣に立っていただけだ」


 そのままローラはナミブ舷側のドアへと歩いて行った。



《マスター、視覚調整装置がないので音声のみで失礼します》

「むしろむやみにアバターすがたを現すな。俺が対応できねぇ。……なんだ?」


 俺との会話を聞かれる恐れは無い、と言うことなんだろうな。

 エライ人の並んでる台の裏側、確かに誰も来ないか。


《ナミブ風に申告します。危機的状態はあくまで一時的に、ではありますが去りました。なので警戒フェーズを0に修正します》

「なにがそんなに気になった? お前の勘に障ったのはなんだ?」


《直近の敵武装組織に連邦系の武器を横流ししていたのは、連邦情報軍所属のワカバ大尉であると思われます。彼女は適格者で、かつ、先日まであのドーム付近に滞在していました。また昨日以降、完全に検知が出来なくなりました。危機管理の……》


「ラギくーん? ……あぁ、そこに居たのね。――ローラがどっか行っちゃったから、ちょっとだけ。手伝ってくれる?」

「力仕事なら」


 以降、ランパスがなにかを言うことは無かった。

 何でランパスと姐さんが話すタイミングが毎回被るんだろ。

 “適格者”、ね。なんとなくわかる気はするけどさ。ちゃんと説明しろっての。


 報告はしたけど俺に説明はしたくない。ってことかも知れないな……。




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予告 


ローラと慣熟飛行の最中、トラブルに見舞われる。

おい! 都合が良い、ってのはどう言うことだよ!?

さらに無政府地帯の街で俺達が出合ったのは……。


次回 第六章 ローラの任務とお嬢様

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本編の投稿は次章に向け、ちょっとおやすみいたします。

ただお休み、と言うのも忘れられそうなので

来週はSSV! ではもはやお馴染み、第五章設定の予定です。

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