第124話 これが精一杯です
「部隊司令閣下はいらっしゃいますか?」
スーツにネクタイの男性が何人かの人達と共にやってくる。
「失礼ながら、どなたでありますか?」
司令の斜め後ろに立っていたサレさんが、ごく自然にスーツの人と司令の前に割って入る。
物腰柔らかく、いつも通りの優しい話し方ではあるけれど。
アサルトライフルは銃口が向いていないだけ。
両手で保持して即座に撃てる態勢だ。
「この自治区の区長です。直接に司令閣下へ御礼を申しあげたくまいりました」
「私が司令のスペンサー中佐です。別に閣下は要りませんよ? 区長。――先任曹長、問題無い。下がって良ろしい」
「はっ! ――失礼を致しました!」
ライフルから手を離したサレさんが、姿勢を正して区長さんに敬礼すると、もとの位置に戻る。
威嚇とまでは言わないが、交渉ごとの前にアレを見せることに意味があるんだ。とは艦長から聞いたことがある。
軍隊ってめんどくさい。
「それに御礼というならこちらがする立場でしょう」
「いえいえ、こちらの方こそ」
今の立場は特技専の司令、と言うよりは新共和軍のエライ人だろうからな。
いくら難民とは言え、強引に1,000人も突っ込むんだから当然御礼はしなきゃいけない。
そして区長さんが何で御礼をするかと言えば。
「まさか強盗団を潰して貰った上に、飲料水と食料をこれほど供給して貰えるとは」
そう言っている目の前を大きなタンクの付いた給水車が通り過ぎ、ナミブの中からは保冷コンテナを引いたトレーラーがゆっくりと出てくる。
生鮮食料品と、なによりそのまま飲める水。
砂漠の街にはいつでも足りないものである。
ついでに言うと、温室にあった大きめの観葉植物も数鉢出ていった。
区長さんの部屋や行政府の建物のエントランスに置いてあるらしい。
「1,000人からの人数が増えるとなればこれでも少ないくらいですが、我々も作戦行動中でしてこれが精一杯です」
要するに。
食料と水を渡す代わりに落ち着くまでの数ヶ月、難民の面倒をみてくれ。
と言う取引があった、と言うことだ。
ナミブ側がすごく損してる感じにも見えるが、実はデザートピークから貰って持て余してた分なので痛くも痒くもない。
それにナミブには三ヶ月補給無しで行動できる物資が元からあるし、遅れがちとは言え重要作戦中のナミブには定期的に補給がくる。
さらに言えば、水はたくさん欲しい所ではあるけれど絶対に軽量化が出来ない。
とは言えさすがに捨てる、という選択肢は無い。
実は一部の食材や果物は、既に乾物やドライフルーツなんかに加工されたのではあるけれど。
そこは砂漠の中を単独で渡ることを元から想定された船。キッチリそこで出た水分も還元され、飲み水に使える水としてタンクに収まっている。
大事なのではあるけれど事実上余ってる以上、感謝されるなら都合が良い。
さらには。姐さんはともかく、司令や艦長にすれば。
地元の対感情も良くなって、アフリカ方面軍にも貸し一つ。
悪い話じゃ無い。
「あの、……キサラギ特士、さん?」
いきなり背後から声をかけられた。
ふり返ると昨日まで“温室”に入り浸っていた少年、ウィルがこちらを見上げている。
一段高くなった台から。――ぽん、と降りる。
「ん? 何だウィルか。……なんだよその呼び方」
「いや、おばさんが言う通り、ホントにエラかったんだな……って」
エラいかどうか、と言う厳密な話になると少々困るのではあるけれど。
まぁ艦長や司令が立ってる場所に一緒に居るんだから,エラいのかも。
護衛に付いてるサレさんだって、陸戦隊の中では陸戦隊長の少尉さんの次くらいにはエライわけだし。
「俺がエライわけじゃ無い、エライ人のお付きってだけだ。普通に喋れ。……どうした?」
「あのさ、キサラギさんに言われたとおり学校に行け。っておばさんも」
「良い事じゃ無いか。それの何処に問題があるんだよ」
俺が説教とか。どうかしてる、とも思うけど。
何かウィルをみてると、俺みたいに半端になりそうで不安になるんだよ。
地頭良さそうだし、だったら勉強した方が良い。
「キサラギさんの居たウォータークラウン、って。ここからどれくらい遠い?」
「なんでウォータークラウンなんだ?」
この辺の自治区にハイスクールは無い。
近場のデカい自治区と言えば、デザートピークのほかならウォータークラウン。
その中でもウォータークラウンはそこそこ、教育水準が高いので有名“だった”。
『養成争奪戦』で街が襲われるまでは、だが。
おばさんが勉強するために行け、と言うならわかる気はするが、今ってどうなってるんだろう。
学校の建物が物的に潰れたのは自分の目でみたけど。
「キサラギさんは、いつまでこの
「あぁ、そういうことか。……ま、いつかは帰るつもりだけど、当面はわかんないな」
どうなるかなんて、誰もわかないないからね。
今後の俺をどうするか。を考えてるのは姐さんと司令で俺ですら無いし、
「ん~。……おまえさ、あと一、二年はこの街に居るんだよな?」
「うん、多分」
「なら、ウォータークラウンに行く事になったら、ジョン・ドゥを探して、会え」
「会いかたがわかんねぇよ!」
そうだよな、俺だってそう言うわ。
「悪ぃ、言葉が足りなかったな。――そういう名前だから仕方ない」
「本名なの!?」
「そういうこと。どうせ今は連絡が取れないし、ちょうど良い」
そもそもドコに居るかさえわかんない。
連絡の取りようなんかない。
「今すぐ連絡が取れないのは?」
「七大自治区のうち、三つから指名手配を受けて逃亡中だ」
「大丈夫なのかよ、その人」
「無実なんだよ。あと二,三ヶ月で容疑が晴れる予定だ」
予定を立てた人がすぐ後ろに居るからね。
間違い無くその予定は完了する。
当人は警戒して、帰るまで一年ぐらいは間を置くと思うけど。
あの様子なら、最終的には帰るだろう。
「なにをやらかすと、そんなことになるんだよ……」
俺も、話だけ聞いたらそう思うわ。
当事者としても逮捕も殺されもしないで、今も自由にその辺を歩いてるとか。どうなってんだよ、って思うもの、
「……ま、親友で、悪いことの師匠で、今の俺がある恩人でもある。お前のタイプなら目をかけてくれるかも、だ」
「かも、なんだ。……キサラギさんがそう言うならそうなんだろうけど」
「俺の名前を出せば、アイツなら当面の面倒はみてくれるさ」
俺とウィルは指揮台の下で、結構長い時間話し込んだのだった。
ウィルには悪いが。まだ、独り立ちするには子供だものな。
……俺でさえ心配になるくらいに。
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