第115話 センシティブ

 ――バサっ

 オーバースカートを翻して、今度こそウィルたちのところから離れる。

 入れ違いに陸戦隊の人たちとすれ違う。


「再度検査をします、女性の方も改めて上着を脱いでいただきますのでこちらへ。なお……」

「身分証の無い方、12歳以下のお子さんがご一緒の保護者の方は自分の……」



 陸戦隊の人たちの一番後ろ。

 左手を吊って赤い制服を着た女性がゆっくりと歩いてくると、目が合う。

「ね、ラギ君。……珍しく、怒ってたりする?」

 ……さっきまでめっちゃ怒ってた人に言われてもな。

 j自分でも結構怒ってた気がするけど、さめちゃった。


「なんで?」

「さっきのやりとり、カッコイイ先輩からの助言、というにはだいぶ感情的に聞こえたから」

「カッコいいかどうかは置いといて、野良子供の先輩ではあるけどね」


 姐さんにちょっと肩をすくめて見せる。

 年齢と経験値、上に立ってると言ったって結局はこの程度だもんな。

 感情的にモノ言っちゃ、結局誰も聞いてくれない。

 ちょっと反省。


「いつものラギ君ならなだめにかかるんじゃないかな、って思ってさ。ちょっと意外だった」


 普段の俺ならそうかもしれないな。

 年齢以外で、ほかの人たちとウィルとの決定的な違い、か。

 わかってるんだけど、あんまり口に出したくないな。


「……外から見ててわかるほど怒ってた?」


「気が付いたのは私だけじゃないかな」

「センパイ、それはボクも思った」

 自分が拘束した男性を憲兵隊に引き渡したローラが、拳銃をホルスターに収めつつ歩いてくる。


「キサラギはある意味、普段はボクより数段リアリストなのは間違いない。なのにさっきの”お説教“はかなりセンシティブに聞こえた。会話の方向性として、そういう技術があるなら聞いておきたいと考えたんだが」


繊細センシティブ、ね」

「いきなり言うことを聞くようになった、しかも相手は子供。だから、どんなテクニックを使ったのかと思って気になっていた」

「つい感情的になっただけだ。テクニックなんかねぇよ……」


 周りの大人たちに助けられてるのに。それに気が付かない、いや気が付かないフリをしているウィルを見てたら、やたらにムカついただけだ。


 でも俺が制服とか拳銃をカサに着て上からモノを言うとかさ。

 それこそ自分が何者なのか忘れたのか? って話で。

 それに彼だって、お母さんをなくした直後なんだからそこは汲むべきだったかもしれない。 


「センシティブは言い過ぎかもだけれど、わりと本気で怒ってたよね?」

「たぶん、ジョンに会う前の俺ってあんな感じだったんじゃないかな。って思ったら話してる間にどんどんムカついちゃって」


 ウィルじゃなくて昔の自分に怒ってた気がしてきた。

 それはお説教じゃ無くてヤツあたりじゃん。

 ……最低だな俺。


「ジョン・ドゥ。キサラギの恩人だという男か。一度会ってみたいものだが」


 どうしたことなのか、ローラはジョンに興味を持った。

 まぁ彼女の近所には居ないタイプだとは思うけど。

 でも俺は、ジョンのことを聞かれても積極的には話していない。

 なので彼女の中のジョンのイメージは、報告書と、実際に話をした姐さんの印象で作り上げられているはずだが。



「たぶんお前とはそりが合わないと思うぞ」

「そんなものだろうか」


 なんか、こいつとジョンが会ったとしても。

 罵り合って、つかみ合いのけんかしてる未来しか見えない。

 実は真逆すぎて気が合うのかもしれないけど。

 どの道、この二人が会うことなんか無いわけで。考えるだけ無駄なんだけど。



「……でもまぁ、ラギ君が何を見聞きしても怒らない、神様みたいなヤツじゃなくてむしろ良かったというか」

「……なに、それ」


「普通の人間の方がいいんじゃない? って言う話。個人的にはそっちの方が好きかな……」



「特佐。打ち合わせの所、失礼致します!」

 -MP-の腕章をつけたガタイの良い人が敬礼する。

「こちらは気にしないでいいです。……どうしました?」


「もちろん正規の取り調べとはいきませんでしたが。拘束した数名から話を聞いたところ、事前の特佐のお話の通り、ミドルティーンより上の女性10数名が逃げられずに、奪われた居住地コロニーに監禁されているとの情報が複数から上がりましたので、ご報告です」


「ありがとう軍曹、この件は以上で結構。……以降、憲兵隊の通常業務に戻って貰って良いです」

「イエス・マム!」



 ――ふぅむ。姐さんがアゴに手を当て考え込む。


「人身売買のルートまでを持っているなら、確かに今後規模が指数関数的に大きくなるのかも、だけど。……果たしてそこに命を奪うまでの蓋然性が、あるのかないのか。これは自分の目で見ないと決められないな。理由がランパスに言われたから、なんて。それはあんまりだよねぇ」


 斜め上を見上げて独り言を呟いていた姐さんと、目が合う。



「ラギ君、ローラも。明後日、ランパスからもらった宿題を片付けに行く。付き合ってね? ――艦長。デザートピーク市に頼みごとがあるのですが、名前をお借りしてよろしいでしょうか?」


「……聞いても教えてくれん顔をしているが。悪い噂が立つような話じゃないんだろうな?」

「もちろん、名声が上がる方向に決まっています。ついでに器材の貸与もお願いしたく……」

「もう良い。悪い話で無いなら勝手にしてくれ……」

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