第114話 全部が足りない

「や、少年。災難だったな」


 主計科の人の持っていたとりあえずの飲み物と食料が入った袋を受け取って、背後に居る少年に声をかける。

 ランパスは、元の鉄の塊みたいな色に戻っている。


「ウィルソン・ネモ、ウィルでいい。それと十二だ、子供扱いすんな!」

 ウィルは袋をひったくるようにとって、俺を睨み付けてくる。

 ご機嫌、斜めだなぁ。

「悪かったよ、そういうつもりは無かった。俺は如月キサラギ・ロスマンズだ」


「キサラギさん、無礼な物言いは許してやってください。……この子はつい昨日、母親を亡くして……」


 隣に居た女の人が真っ青になって、俺とウィルの間に入ろうとする。

 俺って結構エラい人なんだよ、制服だけ見ると。

 しかも。たった今に関して言うと、彼らは言葉一つで射殺されても文句が言えない。


 そして悪いことには昨日から、俺の制服のベルトには拳銃が吊ってある。

 ホルダーから取り出したら、それで人が殺せる。使ったことがあるかどうかなんて関係ない。

 ウィルをかばう彼女は、だからそれを命がけでやってる。ということになる。


 でも、ウィルはそれを無理やり押しとどめる。

「おばさんは黙ってろよ! 関係ねぇんだよ!!」

 彼の眼には、俺の腰のホルダーなんか見えていないだろうな。


 結果的に相手が俺だから問題が起こらないけど。

 そんなことでは自分だけでなく。回りを巻き込んで早死にするぞ?



「関係無くないでしょ! ――本当にすいません、母親が逃げる時に怪我をしてね……、せっかく逃げ延びたのに一昨日、亡くなってしまって」


 ついさっきも、ケガを負っている人の数字が予定よりも三割以上多くて、――早く応急処置でいいからやらせろ! とモニターを見てる軍医さんせんせいから要請が来てる。

 一週間前後、限られた水と食料だけでここまで来たはずで、当然。届かなかった人だっているだろう。

 ウィルのお母さんもその一人だった。


「それで、その、……お母さんのご遺体は、どうされたんですか?」

「その場に埋めるしか無かったの。もう彼女もこの子も、不憫で……」

「余計な事言うな、っつってんだろ!」


 別に俺が首を突っ込む必要もないんだけどさ。

 なんかイラっと来るな、コイツ。


「ウィル、って言ったよな? 余計な事じゃあ無いんだよ。……俺もここに来るまではそうだったんだけど、お前も砂漠の民で。いいんだよな?」

「当たり前だ! なんなんだよ、上から……」


 ローラの言動を見ていて少し学んだ。

 上からモノを言うならそれだけの材料は必ず必要なのだ。

 そして年齢、経験、立場、制服、拳銃。今の俺にはウィルに上からモノを言える材料はそろってる。

 ――俺はお前に上からモノを言っていいんだよ。


「さっき自分でガキじゃねぇって言ったよな? ならここは黙って聞けよ。――水でも同情でも、なんでも。もらえるモノは全部もらえ。返せと言われないなら尚更。間違い無く根こそぎもらっておけ」

「俺は別に乞食じゃ……」


「プライドで腹が膨れる。ってんなら、俺は止めないからそうしろ。……砂漠はさ、水だけじゃぁない。街から離れた時点で、人が生きて行くには全部が足りないんだよ。それこそ“ガキじゃ無い”んだ、知ってるよな?」


「そりゃ、そうだろうけど。でも」

「そして、もう一つ。自分では結局何もできずに途中まではお母さん、そして一昨日からは、このおねえさん・・・・・にここまで連れてきてもらった。そうだろ?」


「あらやだ、お姉さんなんて。うふふ……」

 あれ? 変なとこに刺さった。

「そう、だけど、でも……」

 お陰でウィルが噛みつくタイミングは失ったようだけど。


「認めろ、ウィル。それはお前の考えと経験値が足りないからだ。ガキかどうかは関係ない。自分一人では、コロニーから逃げ切れず、ここには到底たどり着けなかった。連れてきてもらえなかったら、砂漠で日干しになって野垂れ死んでた。……違うか?」


 あの日。

 水の入ったタンクを積んだ、何処かからかっぱらってきたバイク。

 それにまたがったジョン・ドゥを名乗る少年に、もしも会わなかったら。

 そしたら、俺は。


「それは、だってっ!」

「だから、そこまでは前提として認めろ。って話だ。お前はこのおねえさんのお陰で生き延びたし、だからこうやって俺から水とパンももらえた」


 ウィルのお母さんには悪いけど。

 まずは死ななかったことを喜ぶ。良いも悪いも無い、この状況はそうなんだよ。

 逆に子供なんて、そこに一喜一憂できなきゃ簡単に死ぬ生き物なんだから。


 とは言え。頭ではわかってても、目の前で肉親が死んだら。

 平静ではいられない、かな。


「ウィル。この状況はこの先、お前が何をしたいオトナになるのか、決める時間をもらったってことだ。街までだって一週間くらいある。……ガキじゃないなら考えろ」


 ナミブはいまだ修理中で、一日で40キロ走れない状況ではある。

 街まで200キロ以上あるようだし、ならば多少頭をリセットする時間はある。


 ウィルから目を外して、元の場所に戻ろうとすると、おねえさん・・・・・が小さく礼をする。

 それを見てもう一度ウィルに向き直る。


「それとウィル、まわりの大人に癇癪かんしゃく起こして噛みつくのは。それはさすがにガキっぽくてみっともないから禁止だ。なんか文句があるなら、ITSのキサラギ、って言って直接俺を呼び出せ。時間があえば聞いてやる、……じゃあな」

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