第62話 特務少佐になら多少は

 声は腹から出す。

 そして階級章はエラいのだから、むしろ遠慮はしない。

 相手は何も言わなくても俺に敬意を払う。グダグダするのはかえって失礼なのだ。

 俺より頭二つデカい迷彩服を、下から見上げるようにして敬礼する。


「特技専、独立戦術航空隊のロスマンズ特務士長ですっ!」

「話は伺っております特士殿! わざわざのご足労、恐縮であります! 自分はご案内を仰せつかりました装備係車両班長、マレガ曹長でありますっ!」


 二倍デカい声で返された。

 やっぱり限度ってあるよね。俺には無理みたいだな、こういうの。



 ジョンと別れ、そのままハンバーガーとコーヒーで朝食をとった俺は、自警団の団長室へと向かった。

 ちなみに俺の朝食分はきっちりと自分で払わされた。……まぁ良いけど。

 で。行ってみれば、――用事がある。と言った本人は居なかったが、団長の大尉さんから。


「特佐から伝言を預かっています。まさか特士がいらっしゃるとは。その、申し分け無いのですが、車庫の方へ回って頂けますか」

「車庫、ですか? 特佐は俺に何を……」




 で、ここからはあとで聞いた話。

 話はナミブから支援を蹴られた上に、自警団に“武装組織”の照会要請が来たあたりまで遡る。


 状況を聞いて行政長官が激怒。

 即座に戒厳令と外出禁止令を出し、自警団の他、行政府、市庁の全職員に緊急招集をかけた。

 新共和の駐留部隊十数人を含めた、動ける人間をフル動員し、ほんの数時間で検問の設置と街道封鎖を終えた。


 そして検問の維持と犯罪組織の一斉摘発を自警団に引き継ぐと、今度は市長が街中の生鮮食料品と水を、ありったけ全て集めるように指示を出した。

 特技専に対するお詫びの気持ち、と言う事らしい。

 但し、ナミブへ連絡をするのは到着直前で、伝える相手は艦長。


 俺が自警団本部に向かっているあたりで、既にトラックの群れはナミブに殺到していた。

 砂漠で水と生鮮食料がどれだけ貴重か、と言うのは住んでる人間は良く知っている。

 司令が受け取ってくれなくても、艦長ならば。いう腹だ。

 事実、艦長はトラックが到着する寸前に市長から連絡を受け、渋々受け取ることにしたらしい。


 一方の自警団はなにもお詫びの品として差し出すものは無い。

 型遅れなうえ威力を弱めた武装や、民生品を改造した機器なんかもらっても困るだろう。と言うわけで、あとでメカチーフに聞いたところその通りらしかった。

 そこで無理やりひねり出したモノがこの車庫にある、二年ぶりに買った新車のパトカー、と言う次第。



「特士殿。車体が少々大きいですが、車両の運転は大丈夫でありますか?」

 免許の有無は聞いて来ないんだな。

「大丈夫、普通に運転できます」

 腕章のルビィズのマークがあらゆる免許の代わり。

 俺が運転出来る。と言えば、それは運転して良いのだ。


「は。さしでがましい口を挟み、失礼を致しました!」

「いえ、心配してもらってどうもです。新車だって団長さんから聞きました」

「はい。まだ納車直後で各部調整が必要ですが、走るだけならば砂丘以外なら問題無いと思われます!」



 ベース車両は不整地装甲車では無く、民生用では最大級の高級SUV。

 見た目があからさまにガキなんだから、――運転できるか? と聞きたくなるのは当然だな。

 

 別に迷彩でも、市街パトロール用の白と赤でもない。自警団のマークもない。

 ホントに買ったばっかりだったんだな、これ……。


 赤青のルーフのパトランプバーや回転灯、フロントグリル、リアゲートの点滅灯。

 ウィンドウには金網がハマり、さらに防弾板を取り付ける金具。ボディの下には対地雷防護板。

 屋根の上にはパトランプの他、サーチライト、機銃座の付いたゴツいキャリア。

 リアゲートには屋根に上るはしごや、装備を取り付けるためのフックやキャリア。


 俺が運転席に乗り込みセレクターをオンにする。

 運転に問題があるとすれば、車庫を出るまでが一番ヤバそうだ……。


 その後、他の車の走っていない一番太い街道を通って、待ちの出口の検問へ。

 俺が通過する前には、邪魔にならないように、クルマや機材は綺麗に片付けられ、検問に居た全員が敬礼した。


 ……どうしたら良いんだろ、こう言うの。クラクションとかで答えたら莫迦にしてる、みたいに思われるんだろうか。



「自動運転装置のイニシャライズもしてないのか。……ナビは使えないけど、迷うわけ無いよな。街からでも見えてたしね、ナミブ」

 元から砂漠の一本道、迷うわけがない。

 

 ちょっとだけ道を外れて車を停める。


「ナミブのヤツとはちょっと違うな、周波数はオッケー。……send 、で良いのかな? ――こちら独立戦術飛行隊CP612。ナミブコントロール、取れてますか? こちらCP612」

『こちらコントロール。CP612、感度良好。おみやげ・・・・はもらってきたんだな?』

「えぇ。それで今、街を出たところです。あと一〇分くらいで到着予定」


『それがちょっと、資材受け入れが渋滞しててな』

 そう言う軍隊用語だと思って聞いていたんだけど。

 本当にハッチの前でトラックが渋滞してる、なんてことは、この時点でわかるわけがない。


『は。イエッサー、伝えます。――結局完徹だったんだろ? 艦長も一時間くらい昼寝してて良いってさ。こっちの準備が整ったら起こしてやるから、安心して寝てると良い。コントロールからは以上だ』


「なら、お言葉に甘えてゴロゴロしてます、CP612、おわり」

 窓を開けて車のメインスイッチを切る。無線のディスプレイだけが待機を湿す表示を出している。

 


 と、無線機のディスプレイにもう一度灯りが付く。

 【from : Namib】

 の文字は出ているけど、これはおかしい。さっきだって

【from <R.N.G.DF> Namib 1st bridge】

 の表示は出ていた。誰かに通信を乗っ取られた……?

 俺一人でこれはマズい。と思ったところで、スピーカー以外から声が聞こえた。


「マスター、警戒しなくても大丈夫です。ランパスです」

 ハンドルの上に座る“身長30cm”の新共和の制服、肩に飾り紐を吊った女の子と目が、あう。

「なんだよ、その格好。それに夜にはログが残るとかなんとか……」


「この車両には音声も映像も、ログを記録する装置がありません。無線の機構自体はナミブのモノですが、系統の違うプロトコルを使っているので、通信量は通常の1/10、ナミブ側への余計な負担はありませんしログも残りません」

 そう言う問題か?


「それとこの姿に関してですが。恐らくマスターが話しやすいのではないか。と考えて被服データを作ったのですが、声だけの方がよろしいでしょうか?」


「それはお気遣いどうも。どうやってんだよ、それ」

「網膜認証装置を逆回転させて網膜に立体映像を直接投影しています」

 人の網膜、なんだと思ってんだよ。昨日から。


「それで? 何しに出て来た」

「私が自由に動いていることは、当面誰にも話さないように願います」


「わかってるよ」

「特務少佐になら多少は、などと思っていないですか?」

「もちろん姐さんもダメ、わかってるよ。釘を刺しに来た。ってか?」

「マスターも私も、研究所に幽閉されて研究材料になる。と言うのはお互いあまり良い未来とは思えません」



 姐さんも司令も、それは採算危惧している。

 だからどうしてランパスが起動したのかは公式の文書では不明。


 既に初期調査で操作系を把握していた姐さんが、何故かランパスが起動し、その時点で左腕をケガしていたので、俺に指示を出して動かした。

 これが“公式設定”。

 報告書にはそう書いてあるし、上層部にもその報告書は承認されている。



「そりゃあな」

「私だけならともかく、マスターがそんな非道い事になるとすれば、多少、責任を感じざるを得ないところです」


 イスタンブールまでランパスとセットでナミブにいる。

 と言うのも逆に言えば、あの二人が工作のための時間を稼いでいる。と言う事でもある。

 ランパスと俺を切り離したいんだ、あの二人は。

 そしてランパスでさえ、基本的にはそれを望んでいる、と?


「お前だけなら良いのか? バラバラにされるぞ?」

「運命、と言う事もあるでしょう。今となっては機体の機密保持はそこまで重要なことではありませんが、一応、自衛手段もあります」


 研究所の中枢に運び込まれたのを確認してから、研究所ごと自爆。

 それくらいは普通にやりそうだな、コイツ。


「それだけ言いに出て来たのか?」

「それともう一つ。ナミブ管制が届く範囲はもちろん、通信の届く圏内であればマスターの動向はモニターできるようになりました。御用のさいは呼び出して下さい」


「無いと思うけどな、御用」

「この場では、それに越したことは無い。と申し上げておきます。……ではまた」


 ハンドルの上から女の子の姿が消え、無線は待機状態に戻った。



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予告 


本格的に調子の悪くなったナミブ、その修理機材が宇宙から落ちて来て、

ついでに他のものも落ちて来た。そして612は魔改造され慣熟飛行。

で、なんで俺がそんなことをしなくちゃいけないんだよ……。


次回 第四話 宇宙からの増援と諜報活動


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本編の投稿はしばらくおやすみとなります。

来週は第三話設定集の予定です。

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