第61話 もちろん、あてはあるんだよ
「あの、さ。……
「まぁ、な。それはハナからわかってるよ……」
「……そうなの?」
「だからと言って、俺が拳銃なんか持ってもこの距離じゃな。――腕が一本動かないくらいじゃ、人を殺せる蹴りを出せる人間には敵わん」
――姐さんが格闘技が得意だ、なんて話は聞いた事が無いけど。
「立ち姿と。あとはスカートなんだ、足見りゃわかんだろ……。なんで部下のお前が把握してないんだよ」
“危機管理”のスペシャリスト、ジョンがそう言う以上は。どうやら彼女の蹴りは本気でヤバいレベルらしい。
まぁ、それはともかく。
「あの人、えーと。……特務少佐はさ。なんて言うか、見た通りの人なんだよ」
「ん? ……見た通り、とは?」
「なんでも出来るスーパーエリートで、もの凄くエラくてアタマも良いのに、可哀想なくらい、なんて言うか。不器用なんだよ。……お前だったら、わかったろ?」
「言いたいことはなんとなく。たぶんだけど、少佐は悪いヤツじゃねぇ。ってのは」
「むしろ、権力を振りかざすイヤなヤツ。と言う風にジョンに思ってもらいたかったんだろうね、あれはきっと」
俺から見たって全部わざとらしく、芝居がかって見えたからな、最初から最後まで。
一歩ひいて、知らない人。というつもりで見ても横暴な軍人、と言う風には見えなかった。
「むしろ軍人嫌いの俺の中で、高感度みたいなものが多少あがったんだが……」
「なんて言うか……、お前が思った様な人そのもの、なんだよ」
「なら、なんで悪ぶる必要がある。軍も自分もイメージアップ出来て、良いことづくめじゃねぇか」
「ジョンに嫌って欲しかったんだと思う。……たぶん」
「……お前のこと、か。俺から親友のキサラギを引き離す悪いヤツ、ってこと?」
「うん、そう。ついでに俺に気を使ってるとこもあると思う」
「行きたきゃ俺と一緒に行け、……ってか?」
「さっきのは、俺からしたってそうとしか思えない、どこからどう考えても」
「真面目に聞く。……お前。あの少佐に、無理やり従わせられてる、ってんじゃないんだな?」
「この服を着てるのは俺の意思だ。――お前ももちろんそうなんだけど。……あの人は俺の命の恩人なんだ」
ジョンは姿勢を崩して座り直すと、コーヒーの残りを啜りつつこちらを見る。
「お前はすぐに、そうやってほだされるから……」
「あの人がいなきゃ、ウォータークラウンで死んでた。間違い無く」
「それで新共和軍に“就職”した、と?」
「ウォータークラウンで襲われたとき、望んだわけじゃないけれど、偶然。機密ってヤツに触っちゃったんだ。だから銃殺にならないように、カタチだけバイトで雇ったことにしてくれて、……ミサイルからも、銃殺刑からも。あの人が守ってくれた」
甲板でぶっ倒れるまで。
上半身ブラにオーバースカートを巻いただけ。そんな姿で司令に食って掛かっていたのは、今でも覚えてる。
「お宝の中身は知ってた、ってことか」
「ノーコメント。俺が知ってるかも含めて、何も聞かない方が良い」
「なら聞かねぇ。……バイト、っつったな? 抜けられんのか?」
「あぁ、今すぐって訳には行かないけれど、そうしてくれると約束してくれた。でも、それは言葉よりはよほど大変で、いくらあの人がエラかろうと、簡単じゃ無いんだ。だから、この服を着ている内は。あの人に恩を返したい」
俺の扱いで何か間違いがあったら、マニィさんであってもクビが飛びかねない。
今ここで、俺が姿を消したとしたら。それは相当にまずいはず。
それでも『自由にして良し!』。要するに、
――逃げるなら9時前には街を出ろ。
なんて、言い放っちゃう人だから。
司令だっておなじリスクを抱えてるが、全てが彼女のせいになるように色々調整してる。と言うのは横で見てて、なんとなくわかる。
「お前はそう言うヤツだよな、確かに。でもさ」
――そうならなおのこと。ジョンは空になったカップをテーブルに戻す。
「ウォータークラウン、帰らなくても良いんじゃねぇのか? メシも食えてるようだし、士官サマなんだろ? バイトから普通に雇ってもらったら……」
「軍はデカい組織だよ。お前みたいに器用ならともかく、俺には向かない。だろ? ……そう言うお前はどうすんだよ」
「はっ、お前が不器用だって……? ――俺は、いったん東に行くって言ったろ? 別に当てずっぽうで言ってたわけじゃない。もちろん、あてはあるんだよ」
そう言うとジョンはカウンターに手をあげる。
「お姉さん……・ハンバーガー、テイクアウトですぐ出せる? なら、普通のとチーズ、一つづつ。あとコーラのデカいヤツも一つ。あと水を一本」
そう言うとジョンはカップを傾け、残ったコーヒーを飲み干す。
「お前、東は良いけど。その後はどうするんだ」
「もともとは、どさくさに紛れてユーロにでも逃げようか、なんて思ってたんだけど……」
ただのガキが海峡を渡るなんてもともと一筋縄じゃ行かない。
だからといって連邦との国境はもっと無理。
どこにも逃げ場なんか無い様にも見えるが、あえてそのスキマを狙おう。
というのがジョンの作戦だったんだろう。
彼としてはさっきの姐さんの話は、ドコに行くとしても渡りに船。
ここまで強烈に手配が回るなんて、想定外だったはずだから。
「でも、どうやら逃げる必要は無くなった。――これさ。二ヶ月分って言ってたけど、結構入ってんだろ?」
ジョンは、さっき姐さんの投げたカードを指で挟んで持ち上げる。
「結構一緒に居るけどさ。金銭感覚だけはあの人達と、馴染まないな」
「かなり入ってんだな? 金額は聞いたか?」
「以前の俺の生活で良いなら、だけど。バイトしないでも三食食って、通信費とハイスクールの学費もキチンと払って。それでも卒業まで楽勝でいける」
「いや、さすがに倉庫に住んで噴水の水飲むのはイヤだが」
「だから、水も買えるんだってば」
「たまにはコーヒーも飲みてぇよ。んー、普通にしてても一年は暮らせるか。……なら、真面目にエンジニアになる勉強しようか」
ジョンは、そう言いながら立ち上がってカウンターへと歩いて行く。
「え? これも払ってある? ……少佐、手回し良過ぎだろ」
カウンターで支払いをしようとしたジョンが多少、驚いたように言う。
「ルビィズのクレセント少佐、覚えておくか。俺だって恩義に感じれば、多少は何かを返してぇからな」
紙袋を抱えたジョンは、テーブルには戻らず。そのまま道路の方へと向かう。
「でも、まぁ」
「ん?」
こちらに顔を向けたジョンと目があう。
「ジョン・ドゥの名前を無くさなくて良いならさ。ほとぼりが冷めたら、ウォータークラウンに。帰れるんだよな。……ハイジもサリドゥも居ないけど、それでも。始めて出来た俺の
「俺だってそうだよ。ウォータークラウンの二番市街、通称噴水町。例え倉庫だろうと、俺の家はそこだ」
「なら、お互い。近いうちにウォータークラウンであおうぜ。……じゃあな」
前を向いた彼は、またな。とも、サヨナラ。とも言わずに、やる気なさげに後ろ手に手を振りながら、道路へと出て行った。
朝日が昇り、景色が一気に色を取り戻した。
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