第60話 ひねくれ者だからね
「おー。私もそこそこ、コーヒーを語っても良い感じ?」
「うるせぇよ。――そんで? あんたが俺に朝飯をおごってくれつつコーヒー談義をしに来た。なんて素直には思えないんだよ。どう聞いているか知らんが、ひねくれ者なんでね」
「そうだね、お互い暇なわけでも無し。用事を済ましちゃおう。――まずはジョン・ドゥ、あなたにクレセント個人として礼を言わせてもらう」
「あ……? あぁ、秘密兵器のことか。具体的になんだかわからんねぇ、あやふやな話だ。手間が増えただけで、さして変わりゃあしなかったんじゃねぇのか?」
姐さんはここでの話を聞いたあと、ウォータークラウンの時と同じく伏兵としてBAを使う、と仮定して手空きの索敵班とオペレーターを総動員した。
“びっくり箱1”ことセブンスの一機目を見つけたのが2109、午後九時過ぎ。
その時点で既に、相手の布陣がほぼ整っていた。結構ギリギリだったわけだ。
2機目のセブンスは結局、出現まで見つけることが出来なかったけど。BAは出現するものとして準備はされていた。
最後の最後まで。シライ少尉は位置の特定にリソースを割り振っていたし、BA1小隊と俺の配置や装備は、始めから完全に対BA戦の想定だったわけで。
それはジョンの情報のお陰、と言える。
「ハナから素直に聞いてもらえるとは思っていない、でも。ありがとう。……キチンと口にしておかないと、人として大事なものがすり減る気がするんだよ。こんな仕事していてなんだけれど。ま、私もそこそこ。ひねくれ者だからね」
姐さんはそう言って、――にっと笑う。
「少佐、あんた……」
「お互い、時間もないことだし。ここから本題」
姐さんは笑顔から、――すっ。と真面目な顔になって。
「昨日の晩、新共和防衛局、並びに法務局検察本部はウォータークラウン市民、ジョン・ドゥ。この少年が、今回のナミブ襲撃には関わっていないことを確認した」
「は? なにを言って……」
昨日の夕方、通信長が、――特佐、いい加減帯域の確保が……。と涙目になるくらい、もの凄い勢いでいろんなところに連絡していたのはこれか。
ユーロやアフリカの方面軍はもちろん、
ほんの少し前まで基本料金だけ。自分からかけるなんてとんでもない。
それでも状況によっては食事が減る。
そんな生活だったことを考えると、もう。まるで次元が違う。
たぶん、当時の俺の200年分を超える通信量を、二時間ちょっとで使い切ってるだろうな。
そんな話はさておき。
ジョンのこれまでやらを加味すれば、しかも
逆に犯罪者だと断じるならこれは五分で済むだろうけど。
ジョンが驚いてるのはそこだろうな。……でも。
――私にはできるんだな。
……自分で言ってましたね、確かに。
この人が本気になると、黒いものだって白くなる。
ただでさえ軍人としてもの凄くエラい上に、政治力もあるからなぁ。
「なお本件に対する協力姿勢を鑑み。アフリカ方面軍憲兵本部は、情報提供者保護プログラムの適用を決定。それに伴いアフリカ大陸全自治領行政府に対し、当該少年の立場を担保し、身柄の安全を図るよう昨日2352に全行政長官宛てに要請を通達した。また。報奨金を規定額の72%と査定し即日、交付する事を合わせて決定した」
話しながら姐さんがテーブルを滑らせたカードを、ジョンが姐さんを睨んだまま見もしないで人差し指で自分の目の前に止める。
「使い方のレクチャーはいらない、でしょ?
「少佐、あんたは……」
「それともう一つ、これは私からのお礼」
いくら座っているとは言え。距離を全く考えないスピードで、何かをジョンの顔に投げつけ、ジョンも全く微動だにせずに姐さんを睨み付けたまま、――パシっ! っと受け取る。
……無駄に絵になってるな、二人共。
映画かなんかみたいだ。
なんか二つ、対になってるけど。車のキィか何か?
「要らねぇよ。別に、足なんか……」
「既に今日の始発から長距離バスは運休、商用の移動も今日は禁止。聞くまでもなく車の運転は出来るだろうけど、外部への街道は三時半には全て封鎖され、四時半から検問が敷かれた。キミに限らず今現在、ラクダだろうと徒歩だろうと、街からは誰も出れないわよ?」
姐さんはそう言いながらカップを持ち上げる。
「もらっても使えねぇじゃねぇか!」
「そこでそのメモリなんだな。ホロのスイッチ、押してみてくれる?」
ジョンが、投げつけられたキィのようなもの。リングでつながれた内の一つのスイッチを押すと。
何も無かった空間に、左上にジョンの写真、その下に【ジョン・ドゥ】の文字が入った何かの証明書が浮かび上がる。
右下にはルビィズのマークと手書きで、
――関係各位には、上記のものの行動の自由と身体の保全を図るよう要請する。
――防衛軍総司令部 特別任務遂行隊 作戦運用課 課長
――防衛戦略総監部付き 特務少佐 エマニュエル・クレセント
の文字。
「今日から三日間しか使えないけど、自警団に見せれば大渋滞を無視して検問もスルーで街の外へ。なくしたって言ってこれ見せたら、免許の変わりにもなる。ね? 必要でしょ? ……無免許だし」
「……ちっ」
「その証明書に文句言う無能自警団が居るなら、そこのIDにその場で連絡して。ルビィズの責任においてソイツ。物理的にも社会的に潰して再起不能にするから」
姐さんは、カップに残ったコーヒーをくっと飲み干す。
……コーヒー通の飲み方じゃないよね。
「当面必要そうなものも、それなりに揃えて車に放り込んである。車の場所はそのメモリの中に。所有者は今のところはレンタル屋。明日の昼にはキミになるんだけど、落ち着いたら出来る限り早めに、非正規ルートで処分してね」
言いながら空のカップを置くと、椅子から立上りテーブルの上の拳銃を掴んでホルスターにしまい。帽子を被り直すと、姿勢良く俺に向き直る。
「特士。復唱も敬礼も目立つから要らない、話だけ聞きなさい。あとで頼みたいことがあるので、
オーバースカートを翻し。反転して道路へと歩いて行くと、ピッタリのタイミングで赤と青の点滅灯を光らせた自警団の四躯が、姐さんの目の前に止まる。
天井にはパトランプだけ。バカでかいスピーカーも機銃座も付いていない。
いつもの砂色ではなく、前のドアに自警団のエンブレムがデカデカと書かれた、白と赤のパトカーが止まる。
「特士、私の用は済んだ。……
振り返った姐さんが、そう言い放ち。
迷彩服に開けてもらった後席に乗り込んで、ドアを閉めた人が助手席に収まった瞬間。甲高いサイレンを鳴らしてパトカーは走り去った。
まだ、俺がジョンと一緒に行く選択肢を残してあるんだ。
――何も無ければ。なんて、ね。
「――ふぅ、…………なんだったんだ、アイツは!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます