第59話 自信がなくってさ

 まだ太陽は昇ってこない。約束のカフェ。

 ちょっと寒いテラスの席について、紫からオレンジに変わる地平線を見ている。


 死ぬとか、殺すとか。普通のことだと思っていたはずだけど。

 ついさっきまで、姐さんが何も言わずに横に居てくれたお陰でだいぶ落ち着いた。

 アタマではわかっていても、多少覚悟が足りなかった。

 

 前回はランパスに“やらされた”。と、いう言いわけのせいで誤魔化せた。

 でも、トリガーは今回、自分の意思のみで引いた。

 その部分は結構大きかった、というのがやっと実感できてきた。



 オレンジに染まる街中、店の従業員とほぼ同時に着いた俺はホットコーヒーのカップを手に座っている。

 ――香り、ね。

 なにがどう美味いのか、やはり良くわからない飲み物だな。


 でも、確かに苦いけれどもそれはそれ。そこまできらいじゃない。

 昨日はアイスでミルクや砂糖が入っていたけれど。

 今日のこれはブラックのホット。カップの表面は濃い茶色に揺れている。


 でもさ。砂糖やミルクを入れても良い、なんて。

 豆の種類やら焙煎の拘りやら、ドコに行っちゃうんだよ、と言う話では?

 しかも話を聞く人みんな、違うことを語り始めるし。


 ――私に、紅茶以外のことを聞くのがそもそもの間違いだな。


 まぁ要するに、知らん。と言いきるあたり。

 出がけに少しだけ話を聞いた司令が一番、信用出来るな。

 表情はいつもとおなじ。顔に出ない人だから、どれだけ怒りが収まったかわかんないけど。



「ジョンにしては早かったな。まだ時間前だよ?」

「キサラギ……。お前、その服」


 いつのまにかテーブルの向かい、彼にしては珍しく、疲れきった顔のジョンが立っている。

 服、と言うか目に付いたのは、【RB’z】のマークの入った赤と黒の腕章だろうな。

 新共和の軍服は昨日と同じだもの。




「自警団が一晩中、血眼で探したのに見つからず。それでいて、ここにはこうして平然と現れる。色々気回し、なんて。キミには不要だったかもね。――両手を組んで頭の上に。……とは言わないけれど、せめてポケットからは手、出してくれる?」



 彼の後ろには、赤い服に赤いベレー帽。胸に少佐の階級章をつけ、黒いカバーに包まれた左手を黒いベルトで吊った、まだ少女の匂いを残す面差しの。ルビィズの女性高級士官。

 姐さんが、いつのまにかほぼ隙間を空けずに立っていた。


「迂闊に振り向かないでね。その辺は言われなくてもレディに対する礼儀でしょ? それに、キサラギクンの親友だと聞いている。つい条件反射で撃っちゃったら、大変だからさ」

「な……! 赤の軍服! ルビィズ、だと……。いつの間に」


「知っててくれたのは説明が省けて助かる。私は特務隊ルビィズの特務少佐、クレセントね。よろしく。……コーヒーと、あとホットドッグくらいおごってあげる。夜中中逃げ回ってお腹、すいているでしょう?」


「少佐。あんた、何をしに来た……?」

「私は昨日の夜、機動強襲艦ナミブのブリッジに居たの。何をしに、はともかく、なんで。はこれだけでわかってもらえると思うけど」


「俺は表の仕事以外、一切関わってねぇぞ! それにキサラギなんか1ミリも関係ねぇ! ある意味、被害者だろうが!」



「うん、両方知ってる。でも前者は、ジャンク専業の人達も関係者全員、拘束されてるみたいだよ? ――座りなさい、ジョン・ドゥ。お勉強はともかく、キミは切れものだと聞く。でも、だからこそ。私が真後ろに居る今、拒否が出来る局面かどうか。考えるまでも無くわかる。と、私は判断するのだけれど、……どう?」


 ――ちっ。舌打ちと共にジョンが俺の向かいに、どかっと座る。

 但し、座らせた本人はいつも通りに飄々としていて。


「おねーさん! キリマンジャロを二つ、ホットで。それとあいたばかりだけれど、ホットドッグはすぐ出来る? ……じゃあ、それも一つぅ!」


 カウンターに声量を上げてそう言いながら、多少大回りをしつつ、俺とジョンのはす向かいに座ると。


 ――ゴト。


 あえて音がするようにわざとらしく、座る前に腰のホルスターから抜いた拳銃をテーブルの真ん中に置く。


「おい、……少佐。いったい何の真似だ?」

「もちろん弾は入ってるよ。――敵対する意思は無い、とわかりやすく示しておきたい。君が無害である、と申し立てるキサラギクンへの信頼、と言う事もある。なにより……」


 店のお姉さんが持ってきたコーヒーを受け取り。

「あー、現金かぁ」

 聞いた事のあるような台詞を口にしながら、腕のカバーをひとしきりごそごそしつつ。


「今もキミの後頭部を“スコープで誰かが見ている・・・・”。キミなら既にその可能性に気が付いていて、否定はしないと考える。……だから、たぶん。それを手に取ることはしない。でしょ?」



 言い終わる頃にはホットドックも来る。

 出てくるの早いな! この店。さっきあいたばかりで、しかも六時前だぞ、まだ。



「ホットドッグも来たね。……なにも仕込んでいないからどうぞ? なんなら、キミの千切った部分を食べようか?」


 姐さんは、――ふぅ。一つため息を吐いてから帽子を脱ぎ、自分のカップに口を付ける。


「いいさ、俺程度が色々考えようが時間の無駄。って、こったろ」

 ジョンは無造作に、作業であるかの様にホットドッグに噛みつくと、熱いコーヒーで口に入れた分を流し込む。


 ジョンがホットドッグを片付ける間、姐さんは黙ってコーヒーを啜っていた。



「ね、ところでここのコーヒーって、美味しいよね? 私、ずっと宇宙そらだったからね。“ホンモノ”って飲んだこと無くて、自信がなくってさ」


「こんな店でも、店長は結構な目利きだよ。ドリップは機械だけど、ロースターは他のヤツには触らせねぇんだ。……あえてキリマン選んでおいて、わかんねぇとか。よく言うぜ」


 姐さんは口でなんと言ってようと、なんとなく。でもジョンもそう言うの、わかるのか。

 なんかさらに一歩、置いていかれた気分だよ。

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