第58話 その話は間違っていた

『艦長より全艦、撃ち方やめ!』

『コピー、撃ち方やめ!』

『イエッサー、撃ち方やめ!』

『コントロールから各部署、損害報告乞う』


『通信長より司令、自警団団長から至急のコールです』

『状況継続中である、待たせろ』


『211より艦長、これより残存兵の掃討を開始する! 全隊、前進! 一人も見逃がすなよ!』

『CICから211、確認出来る残存マーカーは12。データの確認乞う』

『211からCIC、目視でさらに目標を捕捉、追加総数3』


 



「殺すな、か。……誰に言われたんだっけ?」


 通信画面に、パイロットスーツにヘルメットが映し出される。

『ロスマンズ、お前がナミブを守ったようなもんだ! 本当に良くやっ……。ん? どうした、おい! ロスマンズ。ロスマンズ特士!』

 画面が2分割になって赤い制服の女性も画面に加わる。

『612、こちら037、マニィよ? ラギ君、返事して。ラギ君っ!?』




 爆発したあとに残る残火、たまに聞こえるマシンガンの音、そして爆発音。



 俺は、何故だかほんの数ヶ月前、学校の教室を思い出していた。

 ジョンとは、とても折り合いの悪い先生が教壇に立つ。

 さすがの彼も単位のことがあるから、ずっと顔を合わせない。と言う選択肢は無い。


 なんでこの光景を思い出したのか、ようやく思い当たった。



 ――今日は珍しい顔が居るな。よぉ、ジョン。久しぶりだな。

 ――最終的には成績だけでなく、出席日数も必要だものな。

 ――キサラギと二人揃ってるし、時間も余った、今日は少し倫理の話をしよう。

 ――授業料はもらってんだ、たかが五分とは言え、自習なんて俺がイヤなんでね。


 ――大丈夫だジョン、別にイヤミを言おうとか、そう言うことじゃねぇ。

 ――ハナからお前と口喧嘩で勝てるとは思ってねぇよ。

 ――ただの教職とじゃ、経験値がそもそも違う。俺の完敗は目に見えてる。

 ――負ける戦いを挑む、なんてのはいかにも愚か者のすることだ。

 ――真逆だが捻くれ者同士。その辺、お前とも見解は一致するだろ? 

 ――単純にどうして人を殺しちゃいけねえか、そう言う話をしようと思う。

 ――興味、あんだろ?


 確かこの先生、本職は倫理の学者なんだって聞いたな。

 俺もジョンも、倫理観なんて考え方の裏側にいるのだ。

 当然そんな授業は取ってない。単純にお金に綱がならいからね。


 ――で。誰かわかるものは?

 ――法律で決まってるから? 法律無くなったらどうすんだ。殺し放題か?

 ――世の中が乱れる? ほぉ? お前には今現状、調和が保たれて見えんのか。

 ――敵討ち? 殺したらそこで終わりだ。仇に安らぎを与える、優しいな。

 ――生きる権利? なら殺す権利はねえのか? 絶対ない。そう言いきれるか?


 ――真理ってのはいつでも単純なんだよ。学者が難しく言い換えるんだ。

 ――なぜってお前、もちろん。学者だって飯、食わなきゃいけねぇからな。

 ――だいたい倫理学者なんてのは金にならねぇンだよ。

 ――今もこうやって、お前らに地理を教えてるんでもわかるだろ?


 こうなると、もうこの先生は止まらない。

 そして意外にも、偏屈で有名なこの先生の授業を取ってる人が多いのもこの部分

 余談の方がためになる、と言う先生として素直に喜んで良いのかどうか。

 そんな評価なのだ、この人は。


 ――エサにするわけでも。縄張り争いでも、生殖相手の獲得でもねぇ。

 ――ただ殺してぇ、そう言う理由で、同族を殺す。

 ――そう言う生き物は、俺の知る限り人間だけだ。


 ――他の生き物は、おなじ種類同士で殺したいから殺す、なんて事にゃならん。

 ――そう考えるためには、頭が足りんからだ。


 ――だから俺の教え子たるお前達には、人を殺すな。とあえて言う。

 ――俺が教えて犬猫以下、なんてのは俺にとっては、いかにもひでぇ話だ。

 ――賢くなったから人を殺す。そんな不毛なこともねぇだろ?

 ――何の為の学校、学問だ。ってぇ、話だわな。


「お、間もなく時間も終わり。ジョンに返金要求されずに上手く誤魔化せそうだ」

 そう言って、先生はやる気が無さそうに教室を見渡す。


 ――頭が良いってんなら、なんか他のことに使え。なんなら俺のために使え。

 ――今日はここまでだ、特にジョンとキサラギ。安易に人を殺すな、良いな?

 ――はっはっは、怒るな怒るな。一番遠い人間に言うなら、それは冗談だ。

 ――俺から見てお前ら二人、意外にもそこからは一番遠く見える。って話でな。


 ――それが見てわからんバカの話など、そもそも聞く必要はねぇよ。

 ――あ? 教師だった場合? 金を払った分、黙って素直に授業だけ聞けよ。

 ――ぶん殴るとすれば、卒業したあとだ。自警団にバレねぇようにな。


 言動と違って、わりとマジメな教師だったあの人は。

 校舎と一緒に粉々になって、遺体さえ見つからなかったと聞いた。




「……人を殺すな、ね]


『ロスマンズ、撃墜マークはお前だが、トドメを刺したのは自分だ。コクピットへの直撃弾、見えていたはずだな?』

『ラギ君、やれと言ったのは私で。だから、キミが気に病むことなんか……』

「姐さん、中尉。……聞こえてます、平気です」



『艦長、舷側の2番ハッチを開けて! ――ロスマンズ特士、至急船に戻って機体から降りなさい! 私もすぐハンガーに降りるから!』


『舷側2番解放。――格納庫! 2番ハッチから612を収容する。大至急待機している2小隊の機体をどけろ!』

『格納庫了解、――612が2番ハッチから帰投する! 121を駐機位置に戻せ! 最優先! ハッチ開くぞ!』

『イエッサー!』



「殺すな、俺にそう教えた人はもう既に殺されてる。つまり、その話は間違っていた。ってだけ。……全然、大丈夫」



 相手が犬猫以下のレベルだったらどうするか。

 たぶん、先生はその部分を考慮していなかった。

 みんなが人間としてまともなレベルでないと、先生の話は筋が通らない。

 周り中、全員が先生のレベルなら戦争は起こらないだろう。


 あんな風に見えて、人間に期待していたんだろう。思うよりレベルが高い。って。

 あの人は、生まれる時代と場所を間違えたんだ。

 大崩壊前に学者をやってたら、みんなに尊敬されて長生きしただろうな。



『全然大丈夫じゃないよ、……キミはたぶん今、大丈夫じゃない。――とりあえず私も今からすぐ、ハンガーに降りるから。――112、帰投のフォロー、よろしく!』

『112,コピー。――ロスマンズ、聞こえているな? まずはナーバスを5%まで落とせ。――オーケイ、そうしたら次に……』


 ――クレセント、アウト。と言う声と、ゴトっ、と言うノイズが聞こえると。

 姐さんの映像は消えた。

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