第54話 返事はしないで下さい

『……繰り返す、敵勢力にはBAバトルアーマーが出現する。各員、留意して対応にあたれ。クレセントからは以上、アウト』


 あえてルビィズを名乗ったのは、BAが出てくる。と言うのを改めてみんなに意識させるため。


 軍隊以外では戦闘機も戦車も、ましてBAなんか使えるわけが無い。とみんな何処かで思っているから。

 だから、あえてルビィズの名前を出してあおったのは、――絶対出てくるから気を抜くな。と言うを暗に言いたかった、ということだ。



 自分達しんきょうわぐんをバカにし、超エリ-トにして最強部隊、ルビィズさえ軽く見るような手合いを。自由にしておいて良いことなど、何も無い。

 今は戦争、そして自治領は新共和軍の管理。領内に自分にケンカを売るような人間を置いておく。

 そんな理由はドコにも無いし、そもそも余裕もない。



 もともと、新共和政府が扱いに困って管理を軍に丸投げ、自治領扱いにしているだけなのだ。

 どうしようも無いなら土地ごと吹き飛ばす。それを選択肢に入れる。となっても誰も躊躇なんかしない。


 さっきの艦長の台詞に、通信長が全力で抵抗したのはそう言うことだ。普通に有り得る、冗談事じゃ済まない話だから。

 自警団の駐屯地だけだというなら、文字通りに“洒落にならない”から、だ。本当の話になりかねない。


 ユーロとアフリカの両方面軍から認められた司令、そしてアフリカ方面軍の中でも指折りの指揮官で、結構発言力があるらしい艦長。その両方が相当に頭に来ている。

 その上、二人の横には。最近知ったのけれど、ルビィズでも5本の指に入る程地位の高い姐さんまで居る。

 ナミブのブリッジ最上段の三人だけで、自治領殲滅の決断が出来てしまう可能性さえある。



 だから。数日前にその可能性に気がついたジョンは、即座に逃げる選択をした。

 そもそも、勝てないケンカは絶対しないのがジョンだ。

 のちのちにまで引き摺るような、そんな面倒な相手を怒らせる。

 彼の言い方なら、それはバカのやることなのであって、もちろん彼はバカでは無い。


 生きるためならなんでもやる彼だからこそ、組織からも土地からも。

 全力で逃げに入った。

 話を聞いたときはピンとこなかったけど、ジョンが逃げて当たり前だった。



 いきなり、全ての無線を流していたヘルメットのスピーカーがオフになる。

 ――なんだ?


《マスター、返事はしないで下さい。ランパスです。システム掌握と言語解析に時間がかかり、申しわけありませんでした》


 今、なんつった? ……ランパス!?

 もっと機械クサい喋り方じゃ無かったか?

 ……喋り方も声も、やたら人間くさくなってる気がする。


《現在、鼓膜に振動を直接送っているのでわたしの声は大丈夫ですが。マスターは音声ログが残りますので、返事が必要ならイエスは左手親指を、ノーなら人差し指をあげて下さい。こちらでモニターしています。機内の様子もビデオでログが残ります、欺瞞情報は左手の一部にしか有効でありません。お気をつけを》


 とりあえず親指をあげ、――イエス。と答えておく。

 


《わたしの稼働状況は他の方に知られない方が、マスターの利益にも繋がると判断しましたので、こう言った対応になっている。と言うことをまずはご理解下さい》


 ランパスだけで無く俺にも利益になる?

 この状態がバレたら、ランパスとセットで宇宙そらの研究所送り確定、か。

 俺もそうだが、ランパスも。それは望んでないのね。


 スティックにかけられた左手の親指を、あげる。

 それは俺も、――イエス。だ。


 やっぱりシステムの相当深いところまで入り込んでる。

 既に艦の外に居る CP612このきたい のラジオむせんやスピーカー、機内カメラまで好き勝手に使ってるし。



《メインフレームへの全流入データを、突き合わせ再計算した結果、“仮称びっくり箱Jack-in-the-box2”の位置を特定。数分後にCIC、シライ少尉の提示すると思われる予想より、約二〇m左にズレています》


 真っ暗なコクピットの壁に、敵の予想出現位置だけが表示されているが。それが二重になる。


《直接網膜に像を送っています。これについては他のデータ、並びに現実の像と混同しないよう、わざと画像処理をしています》


 もう何でもあり、だな。

 とは言え、確かに見え方が違う。情報が二つあるなら別々に考える事が必要だ。

 特に器用だ、と言うことでも無いので助かる。



 でも、シライさんと結果が一致しないのはなんでだ? ――左手人差し指を左右に振る。こっちの意図、わかるかな?


《特技専で想定したより数段強い、ジャマーと音声欺瞞システムの反応があります。CICでも気がつくでしょうが、各部隊へは速報値で通達すると思われ、ならば修整までタイムラグがあると推測します。攻撃開始まで、エンジン音に気がつけない可能性もありえますので、先んじて提示しました》



 CICの情報班よりも、先に解析が終了したのか。

 艦のメインフレームそのものを支配してる状態だから、観測データだけで無く、過去のデータも無線のやりとりも、必要な時点でタイムラグ無しに使い放題。

 そしてランパス自身が持つ経験値は、艦長だってきっと敵わない。

 十分有り得る話ではある。


 しかも。存在自体が演算器そのものなんだから、結論に予断の入る余地が無い。

 たぶんランパスが下した決断は、艦長よりも姐さんよりも正しいはず。



《恐らく、三秒以内に即応できるのは現状の配置からマスターのCP612一機のみ。マスターが対応しなかった場合、陸上強襲航空母艦ナミブに物理被害が出る確率94%、被害が確定した場合、人的被害の出る確率100%。さらにこれに伴う二次被害を想定》


 ――良くわからん。具体的にどうなるって言いたいんだ!?


 親指を左右に振ってみる。

 伝わるか?


《被害想定は、右舷コーティング層、自然再生層、反射層、積層装甲三層全て、並びに内部構造体まで完全破壊、貫通。対空砲1番、2番が基底部にダメージ、使用不可。格納庫内の機材の一部が破損、使用不可。また格納庫内の整備員が重軽傷最小17、うち7名死亡、また機材に引火して二次被害のは》



 ランパスの話が止まるのと同時。

【Limited reception : bridge [from Platoon leader "RB037"]】

ランパスが“話し始めた”時から消えてしまっていた通信モニターに再度、灯が入り。見たことのあるコールサインが表示される。

 さっきは音声だけだったけど。インカムを付けた、姐さんの上半身が画面に映る


『ブリッジのRB037よりCP612』

「612です。037、どうぞ」

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