第53話 躊躇しないで撃ちなさい。
コクピット全体を囲むモニターは真っ暗。
キチンと隙無く着込んだパイロットスーツ。
シートベルトがキチンと締まったシート。
シート正面のデータ画面の一番上には
【BA09-Rb / e2D -Mode BA Ready-】
【All weapons locked, waiting for approval】
【NRVRS connecting on 09%】
と小さい文字で表示され、その下。
めまぐるしく文字が流れて数本のグラフや、極端に簡略化された記号が、リアルタイムでどんどん更新され、次々違う図形やグラフを表示していく。
読み方を知らなければ、何の意味があるのか全くわからないとこだ。
一番下の段には
【 Now Condition 《Phase 2》 】
の表示。
通常状態のフェーズゼロでは無い、と言うことだ。
やや右にオフセットした通信モニターには
【STATION : Ind. Tactical Air Corps / Crescent Training platoon "CP612"】
の表示だけが出ている。
ヘルメットの中には船中の通信が流れている。……まぁこれはあえて切らないで、全通信を聞いているんだけれど。
『索敵1からCIC、敵性集団外縁部との相対距離、変わらず』
『111から艦載機管制。CP612含めた小隊全機、初期配置完了』
『ブリッジからCIC、敵性集団の配置と数、行動予測の更新乞う』
『管制から111、了解。現状維持で待機せよ』
『コンディションフェーズ2ですが、非戦闘員は待避を開始して下さい』
『索敵3からCIC、敵性集団の車両13を目視で確認』
『121より管制、全機出撃体勢完了、待機に入る』
『灯火管制継続中、現在窓の遮蔽は行っていない。各員留意し行動せよ』
『121、管制了解。小隊全機、現状待機継続されたい』
『管制に151、装脚戦車隊、全車出撃体勢完了』
『151、管制了解。全車両は待機継続されたい』
『機関長よりブリッジ、二番がグズってる。フルパワーは居るか?』
『操舵から機関長、走行には使わない。止めて良いんじゃないスか?』
『機関長、変わって艦長だ。全体出力65%を維持出来るなら、二番は落とせ』
『装備2よりブリッジ。対空砲の射角リミッタカット、設定変更作終了』
『ブリッジより対空砲術管制、対空速射砲の仰角設定変更完了、動作確認乞う』
『こちら対空管制、全対空砲塔、射角、マイナス方向に24°の増加を確認』
『ブリッジ了解、射撃時には構造体、自軍に十分配慮されたい』
『発射管よりブリッジ、全ミサイル発射管装填完了を目視で確認』
『ミサイル管制から捕捉。一番から四番まで照明弾、その他は多弾頭榴弾』
『索敵2から緊急、分離した敵性部隊の一部が本艦に向け変針開始、分隊規模』
『艦長から211。歩兵隊の状況知らせ』
『211より艦長、全隊展開を完了し臨戦態勢で待機中』
『艦長了解。歩兵隊は支持あるまで待機継続』
『通信2から艦長、司令に自警団混成中隊長から入電です』
『作戦行動中だ。……艦長?』
『司令が出るわけあるか! 誰のせいでこうなってると思ってやがる!』
『協調して作戦にあたりたいとの要請だと思われますが』
『私がなにかを言うところでは無い』
『で、では艦長に回線を回しますのでその旨……』
『俺が出る必要が何処にある? おかしな動きをするなら終わったあとで一八〇°回頭、ナミブで直接、駐屯地ごと踏み潰すからそう思え。と伝えろっ!』
『ノ-サー、命令は
『たった今、クビになっても俺は一向に構わんぞ?』
『艦長、身内にあたっても仕方ない。――通信長、勝手に動くな。とだけ返せ』
『い、イエッサー。えーと、司令の要請が無い限り待機するよう、要請します』
『現場の中隊長になにを言ってもな。……貸した分はあとで自警団にキッチリ払わせる。今は貸しておく。――それで良いな? 艦長』
『いや、まぁ。その。司令が良いならそれで』
うわぁ……。
さっき会ったときは結構普通に見えたけど。マッカーシー艦長、想像以上にブチ切れてる。
そして意外にも、あの紳士なスペンサー司令まで。艦長がヒクくらい本気で怒ってるっぽい。
メインブリッジ最上段。
真ん中の一番高い席でブチ切れる艦長と、その左隣。無表情で帽子を目深に被ってモニターを見る司令。
……怖っ。ブリッジに居なくて良かった。
『自警団ε1、こちらはGAC002ナミブ、通信管制です』
『至急、至急。索敵1よりCIC』
『機関長より整備。4番の燃料供給量が増えない、またポンプが焼きついてんぞ!』
『対空管制から各砲座、右舷5番以降は仮称b1を照準、左舷は現状待機』
『こちらCIC、索敵1。どうぞ』
『索敵1より報告、左舷11:42距離300、小隊規模の部隊が8時方向に毎時三キロ前後で離脱。動向追跡続行中』
『主砲弾種は徹甲弾、フルバースト射撃、準備完了』
『RB037からCP612、……ロスマンズ特士』
ヘルメットに流れていた無線に突然俺を呼ぶ声がかかる。
コールサインの持ち主は
でも、アールブに乗ってないのにコールサインを名乗る?
クレセント教導隊の隊長としてのコール、なのかな?
その辺、軍隊のお約束が良くわからない。
「こちらCP612、RB037感度良好、問題なし。……なんですか?」
『こう言う形で突然実戦に出すのは、多少なりとも気がひけるのだけれど。大丈夫?』
「何も見えないのがストレスですけど、他はなんとも」
『変わってブリッジ、艦長だ。遮蔽が急ごしらえで視界が悪いのは我慢してくれ。最終的に突っ立って機体をみせるだけで良いんだ,無理はするなよ?』
いきなり怒鳴られるかと思ったが、多少アタマが冷えたみたいだ。
誰に聞いてもお世辞無しで、指揮官としては優秀だ。って言うもんな、艦長。
「無理もなにも、実機が始めてなんですが!」
『むしろそれで良い、作戦開始後は112に全面的に頼れ。良いな』
「は、その。イエッサ……」
『612、再度037。でも、もしもの時になったら。その時は
「躊躇、……ですか?」
『キミが今、乗ってるのはアールブⅡ、
「まぁ、わかりま……」
『特士! 命令の復唱、どうしたか!?』
『こ、コピー。躊躇しませんっ!」
『よろしい。言葉通りに行動せよ。……具体的には敵機に対して致命傷を避けよう、なんて絶対しないこと。いいわね? いったんアウト。――ブリッジのクレセントからCIC、情報班長』
『情報班シライ少尉です、特佐』
『シライさん、発見後の“びっくり箱”。その後の状況は?』
『索敵1並びに4が位置を掌握、監視継続中。BA第二小隊も位置を目視で捕捉、対空砲1番から3番、主砲、ミサイル2機が照準中。データ送ってるけど、リアルタイムで見えてる?』
ジョンが言っていた秘密兵器は既に看破、捕捉され、たった今、打撃を与える事の出来る状況になっていた。
『“びっくり箱”は左舷前方、距離約250で確定、ね。何か動きは?』
『各センサーの精度を上げた結果、地上マイナス5.8に、BA-07地上型搭載と同系ジェネレータの稼働音を確認しています』
砂嵐と磁気嵐を使っての待ち伏せ。ぼんくら部隊に見えようとおなじ手は二度と通用しない。
いや、特技専がぼんくら部隊に見える程に。普段は実働部隊は仕事がないし、軍艦なのに乗組員の二割が研究開発チーム。
だからこそ。特技専に奇手を打つなら、二度目は無い。
こないだも、磁気嵐の中オストリッチがつけてきているのに気がついたけれど。
あれは別に偶然じゃ無い、ということだ。
艦長以下の実働部隊の人達は、戦闘そのものだけで無く戦術に対しても造詣が深い。
そんな人達が、嵐が戦術の要素として有効なのに気がついた、だから全力でそれを使用する戦術を開発した。
ナミブにいるRDの研究者達は、基本的にどうかしている。と意って良い程優秀な人ばかり。それが50人前後も居る。
そんな人達が、普段の仕事を全部放りだして。これまではみんな、そんなもんだとぶん投げていた磁気嵐、そのパターンやメカニズムを全力で解析して、逆に利用できるようにさえした。
俺からの情報なんか無くたって、待ち伏せされること前提で、始めから用意はしてあったのだ。
『シライさん、索敵3は今、手空きのはずよね?』
『現在、索敵2の支援に入ってるけど、抜いても大丈夫。……マニィ、急にどうしたの?』
『こんなわけないんだ。いくら戦術が素人とは言え、まだ穴が開いてる、数が足りてないの。――少尉。索敵を指示する。位置は右舷前方、一二時から二時、最大距離400。目標は“びっくり箱”と同等の反応が予想される』
『“びっくり箱”がもう一つ、って……? いえ、イエス・マム。ただちに索敵3が”仮称びっくり箱2”の探索に回るよう、指示します』
『了解。ちなみにシライさん。そっち、“眼”が増えたら対処しきれる?』
『あとユニット三つ程度なら増えても平気。……何かあてがあるの?』
『上手く行けば、生の観測データを
『あぁ、例の件ね。それも了解。……一応、準備はしてあるよ』
そして、戦術論となれば今。ナミブには戦術どころか戦略までも含めての大天才がいる。
コールサインRB037、その赤い機体の主。エースしか居ないルビィズの中でもウルトラエース。エマニュエル・クレセント特佐、姐さんだ。
ルビィズが強いのは、もちろんテクニックが異次元なのだけれど、理由はもう一つ。敵の戦術を読み切って、その裏をかいて動くから敵が動けなくなる。
姐さんはどうやら、敵の配置をみて、戦術的に違和感を感じているらしい。
彼女の指示はさらに続く。
『RB037からハンガー、メカチーフは出られる?』
『……の左だ、バカ野郎! ……あぁ、すまんね。どうした? お嬢。
『チーフ、飛ばなくて良い。301に今から誰か乗せてセンサー、フルで回せる?』
昼に乗ってたES301は、武装を外して索敵用に改造された特別仕様機。
それがナーバスと合わさると、戦艦クラスのセンサーに勝ってしまうことがある。
姐さんとメカチーフが、その使い方の話を前にしていたのを思い出す。
『アレ、やるのかよ……。まだ実験プラン、どころか機能検証自体が終わってねぇんだぜ?』
『使えそうならなんでも使う。もちろんダメ元です。……それに、先に実証実験出来てれば、あとは不都合ヶ所の検討、ダメ潰しで良いから楽じゃないです?』
『ものは言い様だな。……まともなパイロットはいねぇぞ。ナーバス5%で良いなら、メカの誰かを乗せて5分で動かす。何するかは今聞いてた、右舷前方だな?』
『センサーが回せればそれで良い、CICのシライさんに話はしてあるから。データは直接、生で流せば向こうで見てくれる』
『イエス・マム! あとはCICと直接やる。……大至急301の起動準備だ! 推進器は回さねぇがセンサーは全部起こせ、ジェネレーターの起動と、メインフレームとのデータリンク確立を最優先! ――CIC,こちら格納庫、整備班長だ、至急シライを出せ!』
姐さんがあそこまで拘るんだ。
たぶん二つ目の“びっくり箱”は間違い無くある。
そして、そこまで拘る中身とするなら。
もう、一つしかない。
『ルビィズ、クレセント特務少佐より全部署各員。“びっくり箱”の中身について通達する。敵は盗賊団崩れだが、
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