第52話 私にはできるんだな

「どうであろうと、相手は軍隊。軍同士以外で負けるなんてあり得ないんだよ。俺にはバカに預けるような命の持ち合わせは、無い」

 ……間違いようも無く、この物言いはジョンだな。

「そんで、……どうするってんだよ」


「この店、朝は六時前から開いてる。明日の朝、六時にここに来い。また,昔みたいにさ。……二人で旅をしようぜ」

「旅? ウォータークラウンには帰るのか?」


「しばらくあそこには帰れねぇさ。とりあえずここは出て、まずは東かな。……俺はもちろんだが。お前もさ、イヤだろうけど本名はもう使えねぇ。名前変えて市民証取らないといけないんだが……。でも大丈夫だ、二人一緒ならなんでも出来る。昔も今も、俺とお前なら、大概のことは楽勝だ」

 それだけ言うと、ジョンは席を立つ。


「襲撃時間は日付の変わる12時てっぺん前後、街の反対側から来るはずだ。お前は10時までには船を抜け出せ。良いな?」

 そう話しながら、ジョンは立ち上がる。


「自警団が本気で捜査を始める前に。まずはこの街から逃げる」

 ――二人でさ、逃げようぜ。ごく自然にジョンは人混みの中に消えていく。




「司令には怒られるかもだけど。でも、ね。今のキミには選択肢がある。クレセント特佐はまだトイレから帰ってきてない。ここにはマニィしか。……居ないから」

 後ろから女性の声がかかる。今の話は聞いていたようだ。


「キミのことだから制服は脱いでいくだろうけど。でも、必要ならマントとバイクぐらいは用意してあげる。免許はともかく、乗れるでしょ? ……気温0度で灯りも無い深夜の砂漠を一〇キロ以上、なんて」


 アタマも手際も良い人だから、そう言う人はだいたいイヤミなタイプになる。と言うのは考えるまでもないんだけど。


 でも、今背中から声をかけてくる女性の声は、さ。

 務めて明るく話をしてるフリ、をしている。と言う雰囲気をありありと感じる。

 なんでも出来て、逆恨みされるくらいに器用なくせに。


 なんでそういうところは不器用な人なんだろう……。

 こう言う部分がちょっとだけ上のセンパイ。と言う感じで憎めない。


「約束は六時。歩きなら、いかにラギ君が砂漠になれていても、さすがに六時間以上はかかる」 


 ジョンと一緒に逃がしてくれる?

 そんなことしたって、彼女にはなにも得はないはずのに……。

 でも、声をかけられる前から。もうどうするかは決めてあった。

 確かにダメだと言われたら、今。この場で逃げるつもりだったけど。


「夜の内に各方面に話をしておかなきゃだし、司令も誤魔化さなくちゃいけないから、――でも、その辺。私にはできるんだな。できちゃうんだ。……時間的に。お別れだけは出来ないだろうけど」



 ホントは死んだ命を、拾ってもらったんだ。

 さらに食事と部屋を用意してもらって、免許と制服ももらった。

 その恩人を裏切るわけには行かない。 


 ジョンは、アイツは一人で生きていける。

 俺が居たって足を引っ張ることしか出来ない。


 既に先を見て、アイツ自身が罪に問われないように手を打った。とも聞いたが計画自体は知っていた。

 名前を変えるとも言っていたが、それで誤魔化せるほど自警団は甘くない。



 自警団に関しては、近くで見るようになって俺の認識が変わった。というのもある。

 もともと、マシンガンをぶら下げて、何もしないでエラそうにしているイメージしか無かった。砂漠でフラフラしてるときは“敵”だったわけだし。


 でも。犯罪者に対しては結構マジメに対処しているし、近隣の自警団同士の連携も思うよりスムーズだ。

 荒々しく、凶暴に見えたのは、俺が敵の側・・・に立っていたから。


 但し、犯罪者にはもちろん。情け容赦なんか無い。

 新共和正規軍に手を出そうとしたバカ者の末路がどうなるか、なんて子供でもわかる。

 

 新共和軍の重要作戦を、しかも特務隊ルビィズの関わった案件を邪魔したのだ。

 それに関わった疑いのあるものが逃げたとすれば。

 自警団や自治政庁が全力を挙げるのはもちろん、他の自治区の自警団も連携して血眼で探すはず。


 新共和のアフリカ領にはもう居られない、としても。

 連邦領やヨーロッパに脱出するなんて。それこそ組織の関与も無しに、簡単にできることじゃない。

 ジョン個人の器量なんか、もはや関係無い。



 でも。新共和防衛本局所属空の上のエライ人である姐さんや、新共和のアフリカとユーロ、双方に顔が利く司令に裏から手を回してもらえれば、あるいは……。



「バイクよりは司令への連絡手段が欲しいです、姐さん。――あと駐屯地の大尉にも、姐さんから話をしてもらわないといけないし……」




 ウォータークラウンに転がり込むまで数ヶ月、ジョンと二人で砂漠を旅した。

 毎日々々、命がけだったけど楽しかった。

 アイツがいなかったら旅をするどころか、行き倒れてハゲタカのエサになった。それは間違い無い


 だけど、ジョンの背中に頼らなくて良いくらいには、俺だってオトナになったはず。

 それにアイツだって恩人なのだ。

 今の俺なら、今度はジョンを守る側にだって成れるかも知れない。



 俺の選択は、1ミリだって間違ってない。そう言い切れる。




「……それと」

「ストップ。……了解。わかったわ、それ以上言わなくて良い。悪いようには絶対しない。後は全部私に任せて? ――まずは急いで自警団本部に戻りましょ」

 姐さんはそう言って眼鏡を外すと、自警団から貸してもらった通信端末を取り出して、顔に近づける。



「至急至急、ω12からβ4。――オーケイβ4、ただちにα1と回線接続を乞う。平行してES301の発進準備開始を指示する。なお……」

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