第49話 勝手に殺すな。

「ちょっとだけ、荷物見ててね」

 ごく無造作に姐さんが立ち上がる。

「どっか行くの? なら、俺も手伝って……」


「手伝って欲しい気はするけれど、ラギ君にはちょっと頼み辛いかなぁ」

「別に遠慮は……」

「私でもさすがにするよ、遠慮。……お手洗いに、行ってくる」



「その、……いってらっしゃい」

 シャワーとトイレは手伝いを要請されたことがない。当たり前か。

 お手伝いをすることは全くやぶさかで無いのだが、まぁおいといて。

 

 マジメな話をすれば、きっとシャワーよりもトイレの方が大変なんじゃないか。とは思う。

 毎回、トイレに行くたびに結構な時間、かかってるものな。

 けど相手が俺じゃなくても手伝いは。頼みたくないだろうなぁ、とも思う。


 自分に置き換えてみてもそれはちょっと抵抗がある。

 身体が動かないとしても、頼むなら出来れば姐さん以外。それも女子じゃ無い方が良いよな。





「ん~。……コーヒー、ねぇ」

 琥珀色の液体と氷の入ったグラスを手に持って回してみる。

 コロコロン、と柔らかい音でグラスがなる。


 月の半分は公園の噴水から汲んできた水を飲んでいた。

 氷の入ったアイスコーヒーを飲む。そんなこと、考えた事すらなかったな。

 

 さっき姐さんは、――地球のコーヒー香りが違う。と言ってたけれど。

 俺はコーヒーの味すら良く知らなかった。

 そうか。コーヒーって、こんな味なんだ。……苦いな。




「もしかして、キサラギ? ……やっぱりそうだ! なんだよ、そのカッコ! わかんなかったぜ!!」

 は? ……ウォータークラウン以外の街で俺を知ってる人?

 顔を上げると。


「……ジョンっ! お前こそ生きてたのか! 遺体もないって言われて、俺は……」

「勝手に殺すな。……まぁ、お互い無事で良かったぜ」




 ジョン・ドゥは、俺が行くところも無く、砂漠でフラフラしてるときに出合った。

 もう二年以上前になる。

 もっとも、ジョンだって死にかけてフラフラしてたが。

 そして二人でフラフラしながら生き延びて、ウォータークラウンに潜り込んだ。



 俺達二人の市民権をどうやって取ったのか、一応聞いたが、ほぼ詐欺の手口だ。

 と言うところまでしか理解できなかった。


 コイツがいなければ俺はたぶん二年前に、砂漠で干からびて死んでいた。

 と言うことだけが、俺に理解できる事実だった。

 俺でさえ、偽名感が拭えない彼の名前だが、ウォータークラウン市は【John Doe(※)】という名前で市民証を発給した。



 その後、色々と手を尽くして。なんとかハイスクールへの入学も出来たのだけれど。

 彼は週に二,三回しか来ないので、せっかく入学出来たのに勿体ないと思っていた。


 もっとも彼の考えとしては、卒業証明さえ取れればそれで良いのであり。

 それが実現できる様に出席日数を計算して学校に来ていたし、試験に困らない程度には頭が良い。


 ウォータークラウン襲撃の二週間ほど前から見かけなかったので、巻き込まれたんじゃないかと思って心配をしてたのだが。

 とりあえず生きて居たらしい。


「せめて連絡くらいしろよ、その様子だとウォータークラウンの件。わかってたんだろ?」

「あぁ、知ってた。……実験都市がほぼ全滅って聞いて、俺ももう、キサラギには会えないと思ってた。探してくれてたのか」



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※John Doe

 英語での“名無しの権兵”とか“山田太郎”みたいな意味を持つ名前。

 ジョンをジェーンに変えた女性形でも同じく“花子さん”的な文脈で

 使われます。

 また、英語圏では死体をさす隠語でもある様です。


 さすがに如月でも名乗られたときに、――お前、偽名だろ、それ。

 と思う程度には怪しい名前だ。と言うことです。

 但し彼の友人である「ジョン」は、そのまま押し切って

 “本名”にしてしまったようですが。

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