第48話 何も無いからね

 ――街の中。俺が住んでいたウォータークラウンの実験都市はもとより、本市と比べてももかなり大きな街。デザート・ピーク。

 自警団だけで無く、結構な数の新共和の制服も見える駐屯地を徒歩で出て。

 目抜き通りのど真ん中。俺と姐さんはいかにもなオープンテラスのカフェの椅子に座った。


 

 さすがにルビィズの制服は目立つ。

 姐さんは上着を脱いで、貸してもらったフライトジャケット。

 袖の自警団の部隊マークの付く部分と、胸の階級章の部分はマジックテープだけ。


 スカートは真っ赤なヤツが手持ちになくて、もともと女性用のダークレッドのものを履いている。上着と一緒に真っ赤なオーバースカートも外したから、普通のスカートに見えなくもない。


 黒い腕のカバーも目立つので、腕を吊るのは普通の白い三角巾。

 全周につばが回る迷彩の帽子にも自警団のマークは付いていない。

 伊達眼鏡もあいまって、駐屯地で働いてる事務の人、みたいな感じになった。



 俺はただ、ルビィズの腕章と左胸の准尉の階級章の下、

【 African Area Army / Technology Dept. 】

 と書かれた所属章を外すだけ。

【 Rothmans ・K 】と書かれた右胸の名札もそのまま。


 腕章を外すと左の袖には、実は防衛局防衛士官学校のワッペンが着いている。

 ちょっと若いけど、実地研修に来た防衛学校の准尉殿。って感じに見えるよ。

 と、ブリッジのお姉さん達には言われたが……。ほんとかな?



「コーヒーの味は変わんないな、けど香りが全然違って、……おぉ! チーズタルトがおいしい! これは材料だなぁ、さすが地球!」

「そんなに違うもんなの?」


宇宙そらでは基本的に、口に入るものの殆どは合成モノなの。ホンモノの牛や豚を全員が食べる分飼うことは出来ないから、たんぱくや野菜の生産工場だってある。宇宙そらでは資源のリサイクルは基本。燃やして熱エネルギーとして回収なんて論外、燃やすのだってロスが大きい。――材料の話になったら、ちょっと口に入れるのをためらわれるものだってあるし」


「言えないようなもの、ってこと……?」

「ノーコメント、後で自分で調べて。……でも食事は必要だし。衛生面はもちろん、見た目も栄養価も味も。もちろんドコにも問題はない。栄養価なんて天然物より高いくらい。農業コロニーだってあるから、たまにはホンモノも食べられる」


 ――そう言う意味では文句ないんだけど。そう言って残ったタルトを一気に口に放り込む。


「ほむ、……ひあわせ。……ん。とにかく、食べ物全部がおいしい! この一点においてこの任務がわたしで良かった!」


宇宙ウチに帰りたいとかは、思わない?」

「ホームは宇宙そら、と言う意識はあるけれど。でも部屋に帰ったところでナミブのふねの士官執務室へやと変わんない、何も無いからね」


 ……親兄弟が居るで無し、ってことか。なんでもできるけど、仕事してるの以外見たこと無い無趣味な人だし。

 何も無い、という意味において。姐さんの部屋おウチと無くなってしまった俺の住んでた倉庫。実はそんなに変わんないのかも知れない。


「正直、食べ物なんて身体を成長させて、状況を維持出来ればそれで良いと思ってたし、事実それで問題はなかった。グルメに拘るなんて、あらゆる意味でリソースの無駄だと思ってたの。これまでは」

「……過去形なのは?」


「おいしいものを食べる幸せを知ってしまった。……ナミブの食堂の食事でもおいしいの。これは本当に!」

「このまま、地上勤務になっちゃう?」


「ルビィズに地上勤は無いんだよ。立場は防衛局直轄部隊だからさ。……聞いたことないけど、死亡以外で辞めれるのかな? ルビィズ」


 当人としては何も思っていないだろうけど、普段の会話が既に物騒だよな。

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