第42話 豪華クルージングにご招待しよう

「右手で書いて、上は私のサインだ。って納得してるんですかね?」

 このところ、右手一本でなんでもやってるから忘れがちだけど。

 実は両利きだった、などと言うわけでも無く。

 姐さんは器用なだけで、普通に左利きなんだよな。そう言えば。


「もう右手のサインを登録したんじゃないのか?」

「サインがもう一つ定まらない上に、本局の総務課に申請の連絡するのが面倒くさくて、まだ。――私、書類上の所属は防衛局そらの防衛戦略総監部ですし……」


「わざわざルビィズに文句を言う事務屋なんか、居るもんかよ。……この際、サインなんか辞めりゃ良いのにな」


「証拠が欲しいのはドコも一緒なんでは? ――使ったペンのIDと位置も見てますからね。それに、指紋はもちろん、掌紋も網膜も意外と簡単に偽造が。……ん? やっと来ましたか、これ」


 姐さんの、サインをする右手が止まる。

 流れ作業でサインしてるように見えて、中身はちゃんとみてるんだな。


「うむ。最後のそれは防衛軍を飛ばして、防衛局きょくから直接落ちて来たヤツ。だな。任期延長の命令書だ」

「そりゃ、そうでしょうね。……ところでランパスが“掘り出さ”れて以来、ずっと要請してる応援の話はどうなってるんでしょう……?」


「俺が知るか。こっちが要請してる応援部隊の話も、うやむやだ。アフリカはナイロビが落ち着かんし、どうやらドイツ辺りでも結構デカい衝突が起きてるらしくてな。ユーロからの増援も望み薄、と来た」



「いったんドイツ全体、とは言いませんがベルリン辺りは諦めちゃった方が、後々優位に立てるのでは? 全土を完全制圧できてるわけでもなし。現状、ハノーバー辺りまで下がっても問題はない気がしますが」


「同感だな。連邦はワルシャワ辺りに、モスクワの陸戦部隊を展開した様でな。数も質も揃ってる。戦争はアールブだけでやるわけじゃ無い。ユーロも北は、はそもそも地盤がアフリカ以上に脆弱だ。オストリッチの量産も本格化したようだし、数には勝てんよ……」


「北アフリカだって、維持出来てる。とは言い難いですものね」

「アフリカ方面軍の高級士官として、はなはだお恥ずかしい限りであります。――ってな具合だな……」


「言っちゃなんですけどあの戦力で、アフリカタワー近隣と紅海までをキッチリ押さえ切ってるって、結構凄いことだと思ってますよ。“上”もこれ以上なにか言いたいならアールブを五〇機以上、地球(した)に下ろしてから言えって、感じじゃ無いですか?」


「さすがに、そこまでは俺は言えないな。アフリカ方面軍はそれでも優遇されてる方だよ」


 

 発掘した荷物はイスタンブールまで運んだ上で。

 シャトルで宇宙そらに打ち上げるのだとは聞いてはいるけど。

 もともと、自動車より遅い上に不調。

 このペースだと何日かかるんだろう……。


 そして“ルビィズのクレセント特務少佐”は“荷物”の監視役として空から降りてきたのだ。

 ……つまり。




「……特務隊クレセント特務少佐。都合命令書9枚13件拝領、全件了解いたしました。っと」

 姐さんが何かのサインを二つ三つ、右手で作ると。書類には触っていないのに一枚を除いて、艦長の前に書類が移動する。


「うむ。……艦長として改めて。瞬間最大時速50キロ、夜間休止六時間。この史上最速を誇る最新鋭超豪華陸上強襲要撃艦ナミブによる、イスタンブールまでの豪華クルージングにご招待しよう。――アールブを使用したアクティビティ付きの豪華プランだ」


 姐さんが、目の前に残った書類を見てうんざりした顔になる。


「機材が持ち込みになってますけど、それは……」

「マイ・アールブの方が良いだろう? 私も若い時分はサーフィンをやったものだが、ボードはレンタルよりも使い慣れたものが良い。BAは乗らないが多分同じじゃないか? ……なんとカタパルトの使用料は無料だ!」


 ――はぁ。姐さんは、諦めたように空中にペンを走らせる。


「何処の世界に、スクランブルの度にお金取られるパイロットがいるんですか……」

「安心しろ、帰投時のキャッチャ使用料は回数券がある」

「要りません。帰投時は後甲板のヘリ着陸床に降ります」


 ――はっはっは。ひげ面のおっさんは楽しそうに笑う。

 艦載機ギャグ。……って、どう反応して良いかわかんねぇ。

 最後にサインした書類も艦長の前に移動し。彼が手を触れると、消える。



「次はお前さん。ラギの分だ」

 え? おれ? 

 艦長の前に書類が新たに立上り、俺の目の前に飛んでくる。

「それも司令の承認が下りましたか」


「サインしておいてくれ、司令がせっかく上と掛け合って、条件だけで無く“設定ごと作って”くれたんだからな」

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