第41話 上官イジメをしてるようで

 ブリッジでは受けられない、関係者以外に見聞きされたくない命令。

 つまりは単純に面倒くさい指示が、上層部うえから。特に司令の場合、学者としても有名なので、それが宇宙そらから降りてきたりした場合。

 ブリッジのすぐ裏にある自分の部屋に籠もることになる。


 俺かマニィさん絡みだろうなぁ、多分。……ホント、ごめんなさい。

 但し、原因候補のもう一人は全く意に介してない風で。


「私だけを悪者にするの、辞めてもらえますか?」

 てんで涼しい顔してるんだけどね、この人……。



「それでは私が上官イジメをしてるようではないか。――おう、そうそう。キミにも色々苦労をかけている様だな、如月キサラギ・ロスマンズ准尉相当」


 紳士、と言う感じの司令とはイメージは真逆。ムキムキマッチョというわけでは無いが、いかにも軍人。

 鍛えられた体、四角い顔に無精ヒゲでニっと笑う艦長、マッカーシー少佐である。

 ぐいぐい来る系のおじさんは、ちょっと苦手だ。

 


「特に何かを言われるほどでは」



 毎週ハイスクールに学費を納めるために食費さえ切り詰め。

 その為にバイトを入れすぎて学校に行けなくなったり。

 なんて、良くわからない状況だったわけで。


 むしろ毎日三食間違い無く食べられて、その上パイロット候補生として機械工学や操縦技術だけでなく、歴史や旧標準語、機械言語なんかまで教えて貰える。

 ある意味、救われたのだ。とも言える状況なんだよな、今って。



「具体的になにかを返す、と言う訳には現状ではいかないが」

「三食食べれるだけで満足です」



 これはもう掛け値無しにそう。


 普段でも三日でパン二本なら上々。拾ってきたソファに寝て、つっかい棒を立てた足の一本足りないテーブル。料金不足で月に半分は電気も水も止まるプレバブ倉庫。

 学費と食費、そしてハイスクールとアルバイトの連絡のため、削るわけには行かない通信費。倉庫とは言え家賃だってかかる。支払いに追い回される生活。

 数年後、もらえるのは卒業資格のみ。他の資格試験は受験資格がもらえても、受ける金なんか無いのだ。


 一方。


 栄養のバランスまで考慮された食事と、一応デスクに使える簡易テーブル付きベッド。椅子を置く隙間さえ無いけれど完全空調の部屋。

 基礎教養の講座まで収められた、艦内通信兼用の専用端末。館内のジムでは効率よく身体が鍛えられるように、暇な人がトレーナー役で付いてくれる。

 そして、無いと困るだろう? 別に盗聴の機能は付いていないぞ。と言われて司令からもらった携帯用通信端末。

 ここまで全部無料。


 さらには姐さんの名前と立場を利用して既に現在、機械操作系の免許を三つ、資格なら七つもらった。パイロットの仮免許まである。


 どっちが良いか。なんて、考えるまでも無い。



「そう言ってもらえるとこちらも助かる。――で、だ。特佐。司令が戻る前に書類にサインをくれ。それと頼みがある」



「断るわけにも行かないのでしょうけど。……なんですか?」

 艦長の前に、仮想書類が数枚立ち上がる。


「まずは“定期便”の書類だ。特佐のあと、最終的に司令にサインをさせないと方面軍に返せない。アフリカはともかく、ユーロの分は今回ちょっと急ぎたい。できれば来週頭には返したいんで今、サインして欲しいんだが」


 艦長が目の前に表示された書類を、――ついっ。と指で滑らすと、そのまま姐さんの前に流れてくる。

 その操作を複数回。姐さんの目の前には、高さも位置もバラバラに結構な数の書類が並ぶ。


「アフリカ方面軍の分も、回してもらって良いですよ。……内容はいつも通りでしょうけど、一応目を通す時間は下さい」

 そう言いつつ、指で二回ほど何かのサインを作ると、書類が目の前に整列する。


「どうにも仮想システムには慣れないよ、さすがワカモノは使いこなしてるな」

 書類が姐さんの目の前にバラバラに来たのは。

 イヤミとかじゃ無く、本当に使い方に馴染んでいないらしい。


「そこまで特殊、と言う訳でも無いかと思いますが。全軍導入から1年以上経ってるはずですよね?」

「やりづらいものはやりづらいさ」


「私が配属された時から本局では全てこれでしたが」

「世代だな、おっさんは対応できんのだよ」


 姐さんは。腕を吊ってあるカバーからペンを取り出す。

 なんか、それはそれで便利に使ってるよね……。

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