第3話 許可証なしでしょ?

「特佐。人を空き巣みたいにだな……」


「ふふ……。似たようなものなのでは? ――あぁ、そこのキミ。そのリンゴは売り物かな?」

 その美人お姉さんから声がかかる。

「はい」


「久しぶりで見たな、リンゴ。一つ頂戴? ……あ~、この辺は現金かぁ。ちょっと待っててね。さっき崩したの、あったんだよ」


 ポケットから小銭をじゃらじゃら取り出すと、――えーと。いち、にい、さん……。コインを数え始める。

 ……なんか、実は要領悪い人?


「何処産のリンゴなの? これ」

「産地としたら、ウォータークラウンここ。ですよ」

 ウォータークラウンが農業都市として成立してからまだ三年。

 当然、知らんよな。この人は最近、宇宙そらから来たんだろうし。


「もう売り物になるくらいのリンゴができてるの? ……すごいね」

 そう言いながら。――パチン。左手で折り畳みナイフを取り出すと、右手の上のリンゴを何事も無く真っ二つにする。

 いやいや、あんなナイフであっさり二つに割る? 切れ味? それとも腕?



「司令はリンゴ、普通に食べてます?」

 彼女は、隣のおっさんにリンゴを半分渡しながら聞く。

「ここに来れば食堂には出るな。――少なくてもウォータークラウンの市長は特産にしようとしてると聞いたが。なにしろ私も所属はユーロだしな」


「良いなぁ。地球ものは歯ごたえが違うんですよね、……大事なのって、自然の重力?」

 ――シャリ。彼女はごく普通にリンゴをかじる。

「うん、おいしい!」

 もの喰ってる姿も可愛いって。……反則だろ、この人。


「あ、そうそう。キミさ、許可証なしでしょ? 間もなくこの辺は立ち入り禁止キープアウトになっちゃうの。憲兵に邪険にされる前に帰った方が良いよ?」

「ありがとうございます。なかなか買ってくれる人が居ないんで、今日はもう引き上げようと思ってたトコです」


「そっか。ま、今日は特にみんなピリピリしてるしね。……なら、そのカートのフルーツ。残りまるごと私が買うわ。いくら? ――あ~、現金かぁ」

 そう言いながらポケットから、今度はバラバラでクシャクシャのお札が出てくる。

 財布は持ってない、……んですね。


「え? でも……」

「良いってこと。こっちの都合で街に来て勝手に追い出すんだし。お釣りはチップね? とっといて。――司令。誰かに運ばせて下さい。あとでブリッジのみんなにもお裾分け、しますから」

「まったく、特佐を見ていると軍人のあり方を考えてしまうな……。――曹長、ちょっと来い! お前にも関係のある話だ!!」


 



「……彼女は本部(そら)のエリート様だよ」

「へぇ。制服からして全然違う感じですが」

 エラそうな人から、そうちょう。と呼ばれた人が、俺のカートから果物を新共和のロゴの入ったカートへと載せ替えていく。


「じゃあ、あの人。すごくエライ人、ってことなんすか?」

「単純にその理解で間違って無い。新共和防衛局直轄の特務隊、通称ルビィズ。あの赤とピンクの制服は、新共和防衛軍の中でもたった五〇人しか着ることの出来ない。まさにスーパーエリート様だ」


「しかも美人、って言うか可愛いし。もう言うこと、無いですね」

 肩くらいの金に輝く髪。卵形のつるんとした小さな顔に、大きく吸い込まれそうな綺麗な瞳。

 

「おぉ、あの人に目をつけるとは。ガキのくせに良い目をしてるな!」

「どうも。――それ以外には形容できないでしょ、あの人」

 それに顔だけじゃない。

 当然じっくりじろじろ見る、なんて失礼なことはしていないまでも。


 基本、スレンダーなのにさすがは軍人。キチンと筋肉は付いていて。

 その上、すごくでっかい。なんてことでは無いにしろ、軍服の下からでも胸やお尻は存在を主張していた


 うん。俺、彼女にひとめぼれ。ってやつだ。

 あるんだな、こんなこと。……俺にさえ。


「彼女、名前はなんてんすか?」


 そして人生初の俺の恋はここで終わりなのだ。

 だって彼女はあの船で来たんだし、明後日かそこらには出ると聞いた。

 もう会えないんだったら。せめて名前くらい聞いたって、良いよね。

 

 

「特務隊ルビィズ所属、エマニュエル・クレセント特務少佐。彼女はルビィズでも五本の指に入る才女なんだよ」

「エマニュエルさん、ですかぁ」

 男っぽい名前にも聞こえるが、それはそれであの人には似合ってる。

 ほんわかした感じだけど、何かしら凜とした雰囲気を持ってる不思議な人だ。


 そんなエライ人にそうそう会えるわけが無い。

 もう会えないんだったら、せめて一緒に写真。とってもらうんだったなぁ。


 もはや、彫刻とかモニュメントみたいな扱いではあるが。

 俺が館長なら彼女の容姿は、是非美術館に飾る方向で考えていきたいと思う。

 なのでそこに大きな問題はない。

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