第4話 ミツハ

 二人とも、駆け足で進んでいく。

 手には小さなライトを持って、暗い行き先を照らしてゆく。

 私は息を切らしながら、隣のミツハちゃんに問いかける。

「どうしてあの里に居続けたらいけないの? 」

 ミツハちゃんが答える前に、カケル君が割り込んでくる。

「柳と桜が引き合うからさ、場所がばれちまうと、里もアブネェからなぁ~」

「ご免なさい。ちょっとわからない……」

 カケルは後ろ向きで走りながら柳に説明する。

 あまりに言葉数が少なくて、私の頭では理解が出来なかった。

 それを気にも止めずに、カラカラと笑いながら人差し指をくるくるとこめかみ辺りで回して言う。

「双子ってさ、元はひとつなんだよ。だからびびーっと来ちゃうんじゃね?」

 以前に聞いたことがあるその単語に、私の心臓がひや、と冷める。

「あの男の人もそんなこと言ってた……」

 隣で走るミツハちゃんが軽くカケル君をにらんで、心配そうな顔で私をのぞき込む。

「柳様と桜様は、元は魂が一つの存在だったの。でも分かつことによって、あけの神の目からお隠れになった」

 次の瞬間、カケル君のまわりの空気が熱を帯びる。

「そそ。そいつがぁ、柳ん家に居たいけすかねぇやつ! ……コイツらを送り込んでくるのもそ・い・つ! 」


 カケル君の目の色が変わる。

 言葉通りに、あかく、あかく。

 胸の前で合わせた手から、

 彼の分身が生まれゆく。


 カケル君の視線の先に、翡翠色ジェイドの髪の女性が立ちはだかる。ミツハちゃんが私の前に立ち、カケルが切り込んでいく。


        炎の舞


 灼熱の剣戟けんげき

「お待ちなさい。宵の一族の若者よ」

 その女性は軽やかに避けて、静かに語りかけてくる。

「私はあなた方といくさをしに来たわけではない。柳様を渡してほしいだけなのだから」

 その言葉すら、切り捨てて。

 緑の石を受け止めて、カケルは唸る。

「はっ! どーせお前も柳を殺そうとすんだろ!? させねーっつーの! 」

 飛び上がり斜め上から切り込むが、土中どちゅうからつきだした翡翠ひすいに阻まれる。

梛木なぎ様は反省しておられる。手荒な事はなさらないだろう」

 心外だ。とでも言うような表情を見せて、軽やかなステップでカケル君の刀を避けてゆき、また一定の距離をとる。

「ジョーダン! 反省できる奴じゃねーだろ! この○○○○野郎が!○○して寝てろよ!」

 カケル君が中指を立てて、何か叫んでいるが、ミツハちゃんの手で塞がれていた私には何も聞こえなかった。

 緑の女性は目を閉じ、ため息をついて耳元につい、と手をあてた。

「熱しやすいのはカグツチの習性のせいか?それなら、仕方がない。……やりなさい」

 その直後、遥か後方で地響きがあがる。

 カケル君とミツハちゃんが青い顔でばっと振り向いた。

 私の脳裏にも多分同じ事が浮かんでいたと思う。


 遊んでいた子供達。

 畑を耕していた、おばあちゃん。

 御守りをくれた、おばあちゃん!!


「……まさか! 」

 目を見張ったカケル君が、震える声で遥か後を凝視する。

 細やかな指を、カケル君の方へ伸ばして翡翠色ジェイドの髪の女性はささやく。

「あなた方が出立した里を爆破させて頂いた。宵の一族の拠点を潰していくのも我ら鉱人こうじんの使命でもある」

 一瞬の隙をつき飛んできた翡翠ひすいを避け、たたらを踏んだカケルを、巨大な翡翠ひすいおりが地面から延びて捕らえる。

「しまっ! ……ミツハ!! 」

 カケル君が私達の方を見て叫ぶ。


 翡翠色ジェイドの女性と目が合った。

 冷静な瞳の中に、私の死が見えて、ひっ!

 と小さく息をのむ。


 私に一直線に向かってくる、緑の女性の前にミツハが、立ちはだかる。

 静かな声に、満たされていく。

「安心して。柳様。


 動揺は波の彼方かなた

 あおく、あおく、染み渡る。

 ミツハのてのひらから蒼い光が溢れ出した。



      水の揺らぎ



「……ミツハヒメ!? 」

 最後の直前まで油断していた緑の女性の胸の谷間に、ミツハの握った刀が真っ直ぐに吸い込まれる。


 その切っ先に緑の宝石ジェイド

 彼女もまた、溶けて消える。


 これを見たのは二回目だからか、

 はたまた他の事に気をとられていたからか。

 私はミツハちゃんの肩をつかんで揺さぶっていた。

「助けに行こう! 里の人達が心配だよ! 」

 ミツハちゃんが唇を噛み首を振る。

 その目にうっすら光るのは、綺麗な淡い水のヴェール。

 カケル君も苦しい表情で歯を食い縛り、立ち尽くしていた。

「戻ると危険だわ。先に進みましょう」

「でもっ……!」

 カケル君がなおも言い募る私の肩をしっかりとつかむ。

「長ならきっと早く進めと言うだろうからさ。ここも崩れたらヤバイ」

 カケル君の笑顔が歪んで見えて、私は一気に恥ずかしくなった。


 カケル君達の方が、

 きっと、ずっと、辛いのに。


 うつむいて、消え入りそうな声で、私は二人に謝った。

「ごめんなさい。私のわがままで……本当にごめんなさい」


 私はどんくさいから。

 いつも桜に言われていたのに。

 自分で自分を呪いたくなる。


 そんな私の肩を優しく撫でるミツハちゃん。

 私はそれにうながされて、微笑んでいるミツハちゃんの目を見つめた。

「そんなこと無いわよ。心配してくれてありがとう……びっくりさせてごめんね、柳様」

 刀を掌に納めて、ミツハが答える。

「彼女達は鉱人こうじんと呼ばれる千引ちびき岩の末裔で、大地から産まれた人種なの。昔から人と共存してきて、私達宵の一族とも仲がよかったのだけど、人種の産みの親のあけの神には逆らえない。だから今は争いながらも前に進むしかないの」

 震える私の肩を抱きながら、落ち着いた声で続ける。


 深々と。

 染み渡るように。

 私の心に言葉が降る。


「宵の一族はね、神様に支える人達なの。だからいつでも神様の為に死ぬ覚悟をもって生きている。だから里の人達は、きっと後悔なんてしてないわ。それとね、私やカケル兄さんは、遠い昔にあなたから産まれた神様なのよ」

 思わず、私はポカンと口を開けた。

 この世界にはまだ私の知らないことばかり。

 だってミツハちゃんの目は、少しも嘘を言っていなかったから。

 清々しいまでの笑顔で彼女は言う。


「柳様と桜様は、神代七代のイザナミ様の生まれ変わりなの。つまりね、私達の“お母さん”なの」

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